エピローグ 悪性令嬢

 迦楼羅街事件:

 降臨祭式典に迦楼羅街を訪れた名探偵「井草の女神」が怪人の集団に襲撃された事件。

 探偵を除く都市の住民に何らかの精神操作により操られ意思を持たない人形と化すなど、怪人により引き起こされた中では稀にみる規模のものであった。

 結果、名探偵が討滅された上、直後、都市内部の第19探偵団が襲撃されるなど、甚大な被害をもたらした。

 交戦時名探偵の権能で街全域が閉鎖されたこともあり、状況等に不明な点が多く、追って調査の必要あり。





「大体はこんな所だ」

 そう言って時木野は報告を終えた。

「うん了解。上への報告は私からしておく。ご苦労様」

「・・・それで、団長の方は」

「何とか意識は回復したけど、数日分記憶に欠落があるみたい」

 

 実際には数日どころか数年分。少なくとも彼女が「憑いた」期間分の記憶を弄らせてもらった。

 彼の為にはそれが良い、正しいのだと私は考えたから。


「多分怪人に何かされたんだと思う。ケガの治療もあるから、復帰にはまだ時間がかかりそう」

 この街ではまだいろいろ混乱が続いているから、ムナについては別の街で治療を行っている。ここより立派な設備があるそうだから、まあそれでいいと思う。

 ちょうどいい厄介払いが出来たと感じているのは否定しないけど。

 あれだけ斬りあって煽りあった身内と顔を合わせるのは、相手の記憶を消していても気まずいんだよ。

「だからしばらくは私がこの探偵団の団長代行ってことで」

「・・・正直今回俺はずっと蚊帳の外だったからな。最後の襲撃以外何もわからねぇ」

「私も同じようなもんだよ」


「そうなのか? ヒフミさんは俺よりいろいろ知ってると思ったんだが」


「・・・・」

 何でこの人変な所で鋭いんだ。

「まあ、こんな状況だけどあんたはさすがだよな。何もかもあっという間に処理してしまった」

 こいつ本当は知らないふりをしてるんじゃないのか?

「・・・・悪い、また変なこと言っちまった。忘れてくれ、『団長』」

「うん。わかった」 

 時木野アキラ、やっぱり油断出来ないな。



「あ、ヒフミさん。時木野さんからの報告終わったんですかぁ?」

 時木野と別れて部屋に向かう途中、蛇宮に出会った。

「簡単なものだけどね。それで、蛇宮くん」

「はいぃ?」


「広場で私を別れてから、意識を失った状態で発見されるまでのことは本当に憶えてないの?」





 あの怪人、「タンテイクライ」とはあの後一回だけ顔を合わせた。生き残ったのは正直予想外だったけど。当然あまり詳しい事情は教えてくれなかったけど、少なくともムナがわたしに危害を加えることはないと保証した。


「どういうことです? 何でそう言い切れるんですかぁ?」

「うちの持つ『記憶を操作する』技術で彼の脳を弄った」

 とんでもないことをさらっと言われた。

 いや、本当に聞き流せないレベルのトンデモ兵器だろそれ。

「ああ、ついでに芦間ヒフミのことだけど」

「へ? ええ、広場でのゴタゴタの後行方不明だそうですが・・・何やってんですかねあの人」

 カッコつけていても、たまに情緒不安定な時があるんで心配だな・・・

 そんな風に考えていると。

「本人含め周りの記憶もいい感じに調整したから。彼女とあなたの関係はもう元通りになってるから。安心して」

 なんかすごい早口で言われた。

「え、本当ですか?」

「本当」

「だとしたら嬉しいですけど」

 ヒフミさんのことになるとこの人変に動揺してないか?


「それで、きみはこれからどうするんだ? 探偵、蛇宮ヒルメ」

 タンテイクライはそう問いかけた。


「・・・こんな厄介な技術を持ってるってことは、あなたたちはもっと深いとこに喰いこんでるってことですよねぇ?」

「まあそうなるね」


 そんな特級の機密をここでわたしに明かす理由。

 そんなのは推理するまでもない。


「意外に思うかもしれないけど、うちには細かい工作出来る人材が不足気味でね」

 細かい工作。たとえば加速して潜入出来る、とか。

「・・・またいつかきみに会いに来る。その時まで考えてくれるとありがたい」

 そう言って去っていこうとする上位怪人。


 はっきり言葉にされたわけじゃない。でも向こうが何を望んでいるかは明白だ。


 自分の心がまるで目の前の怪人に喰われたように。

 彼らの仲間になりたいという不条理な感情が抑えきれない。

 タンテイクライ、か・・・


「あ、そうだ言うまでもないけど」

 その途中で振り返り、あいつはわたしに最後の縛りをかけた。






「ええ、何も憶えていませんよぉ」

 わたしはそう嘘をついた。


 蛇宮ヒルメ。

 ムナの件含め一切他言無用という、こっちとの約束は守ってくれてる。

 義理堅い人は信頼出来るよね。探偵だろうと怪人だろうと。

「じゃあ私、これからまた書類の山を崩さないといけないから」

「大変ですね、今は団長の仕事も入ってるんでしょう」

「本当に、忙しくて気の休まる暇もないよ」



 部屋に入ってすぐ、通信機に着信があった。

 発信元は・・・病院。

「もしもし?」

「姉さん姉さん、ごめんもっと早く連絡したかったんだけど、予想より検査が長引いちゃって。この程度ヒフミ姉さんの声を聞けば速攻で痛みも引くだろうって何度言っても聞いてくれないんだよ」

「あーその、お医者さんの言うことは素直に聞いた方がいいと思う」

「うん、うん。その通りだね。姉さんに従うよ」

「わかってくれて嬉しい。あなたには早く現場に復帰してもらわないと、私だけじゃやって行けないから」

「任せて。戻ったら姉さんの為に何でもする。怪人が10体だろうと100体だろうと蹴散らすから、だから待ってってね、姉さん」

「うん・・・焦らずにね」

 芦間ムナ・・・「百眼」に性格を変える力はないはずなのに、あれ以来やけにテンション高い。それともこれが素なの?

 ちなみに蛇宮には、ムナは二度と彼女や他の探偵を裏切るような真似はしないよう手を打ったとだけ「タンテイクライ」として伝えている。

 それで納得するはずはないけど。

 今回の騒動で探偵や名探偵に不信感を持った彼女は、上手く行けばこっちに来てくれるかもしれない。相性の悪い敵は味方にするのが一番なのは常識だよね。

 うちの組織、何時だって人手は足りてないから、こういう機会はどんどん活かしていかないと。そうすれば仕事も楽になるはずだし。

 その為にも書類をさっさと片付けないと・・・ああでも、その前に。

 隠しておいた通信機の電源を入れる。


「・・・ケラ。今、話いい? 次の探偵殺しのことなんだけど」




 シイ。

 今も見てるの?


 世界を変える神の力を持つ名探偵。

 その力を受けて生まれた数多の探偵。

 そしてそれら全てを手玉に取り、自由に操ることの出来るあなた。


 誰であろうと私の邪魔はさせない。


 その為に世界のひとつふたつ、変わってしまっても。それと私の心の安息は無関係。

 罪悪感やらコミュ力不足に苦しむのは、私が人間だから。

 人間として私は生きる。

 名探偵の為だけに生み出された令嬢。

 そんな私でも幸せになってみせる。


 だってそれが悪性令嬢なのだから。


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