word10 「無くなったカップ麺 売られてる場所」②

 翌日、俺は黒いパソコンに教えてもらった場所へ移動していた。


 午前中から会社に向かうのとは逆の方向へ――。徒歩で向かった。荷物は財布とスマホだけだ。


 目的地となるのは飲み屋街にある商店。夜間に人が多くなる場所だけあって、11時開店という珍しい店だった。歩いて行けば片道40分くらいかかると思う。


 結構きつい距離である。夏という季節のことも考えると、散歩とは呼べない。


 けれど、足取りは軽かった。


 これでもかと言うほど緑に輝く街路樹と共に夏の日差しに照らされながら、一歩一歩と灼熱のアスファルトを踏みしめる。体力を消費していっているはずなのに、進む毎に力が湧いてきた。


 きっと素敵な午後に近づいているからだ。


 旅を終えて、クーラーの効いた我が家へ帰れば久しぶりに大好きなカップ麺を食べられる。そして、今日の検索もまだ残っている。


 また1つ、誰も知れないことを知ることができるのだ。


 できることなら走り出して、大声で叫びたいくらいだった。行きかう人々へ、俺は今とっても幸せだと――。


「あっつ」


「あちーな」


 赤信号に足を止められると、鮮明に聞こえてくる周囲の声。皆言っている内容は同じだった。


 懐かしく感じたし、見えた。夏の会話なんて相手が同僚だろうが家族だろうが友達だろうが恋人だろうが「暑い」から始まるのだから、会話の内容が懐かしいんじゃない。光景が懐かしかった。


 よく晴れた週末の午前中に街の中心部に立ち、私服姿で笑い合っている人達を見るのなんていつ振りなんだろう。今日もどっかでイベントがあるから、外出している人が多いのだろうか。


 それとも何もなくても週末ってのは、こんな感じなのだろうか……。


 少し前までは、俺が土曜の午前中に私用で外出するなんてあり得ないことだった。ましてや、この暑い日にカップ麺を買いになんてとんでもない。家でゲームすら疲れてやる気になれなかったのだ。


 長年愛した好物のカップ麺が無くなったって、周辺のスーパーを巡るだけで「まあいいや」で済ませていた。これ以上時間を使うのはもったいないと。


 今になって考えると、異常なことだ。仕事の時間に対して、娯楽の時間が少なすぎる。プライベートは寝て疲れを取るので精一杯になっていた。


 もっと早く黒いパソコンと出会いたかったとも思う。20代前半……いや、10代の時に出会えていたら人生違ったはずだ。20代の思い出が仕事で大変だっただけにはならなかったはずだ。


 でも今更でも気づけて良かった、本当に。結局は気の持ちようなのだと。だって消費している体力は増えているのだから。


「はあ――はあ――」


 目的地の商店に着いた時には軽く息切れしていた。すぐに店の奥に入ってから、大きく呼吸した。


 クーラーの冷気がイカれるほど気持ち良い。店内は古い感じがして、正直家よりも涼しくないのだけど、それでも思わず悪役みたいに「ふははは」と笑い出してしまいそうだった。


 服の後ろを引っ張って背中に冷気を入れると、さらに快感。そうしながら歩いてカップ麺を探す。


 コンビニくらいの大きさの店なので、すぐにカップ麺コーナーは見つかった。


 そして、俺がわざわざ40分歩くほど求めていたカップ麺もあっさりと姿を現した。


 嬉しいと同時に「あっけないな」と思った。1つだけ不安だった……俺が行く前に売り切れてたなんてオチもない。


 やはり、あるところにはあるんだ。黒いパソコンで検索したときも、1番近い場所でも県外かもしれないと不安だったが、歩いて行ける範囲だったし。


 自然な振る舞いで腰を屈め、一番下の列に並べられたFOU 黒豚塩ラーメンを見る。まるで初めて目にしたかのように、パッケージを見た。右下の所には「3割引き」と書かれたシールが貼られている。


 そのままゆっくりと右手を伸ばす――。


 と、その時――横から他人の手が――。


 ……なんてオチもなく、俺は手に入れた。


 予想外の出来事は特にない。買い貯めしておこうと思ったが2つしか残ってなかったくらいだ。それもどっちにしろ生産が終わっていて長く食べ続けられないのだから構わない。裏を見ると賞味期限も3日後だった。


「うし」


 短く言うと、店内を1周した。品揃えはコンビニと大差ないが、飲み屋街にあるだけあってつまみの種類が豊富だった。レモンが大量に入ったケースも置いてある。


 珍しいから何か買おうかと迷ったが、お相撲さんみたいな体格をしたパンチパーマの男が入店してきたので、俺はさっさとカップ麺2つだけを買って外へ出た――。



 家に帰ると、さっそく黒豚塩ラーメンの透明な包装を破り捨てる。


 もう待ちきれない。いつもならシャワーを浴びて汗を流してから食べるところだが、我慢できなかった。朝ごはんは食べていないから、もっと空腹になるまで待つ必要もないし、SNS用に写真を取ったりもしない。


 昨日買ったコンビニのおにぎりを冷蔵庫から出すことだけはしておいた。


 蓋を開けて粉末スープと液体スープ、かやくを取り出す。昨日もやったし、生まれてからは何百回とやってきたカップ麺の調理を始める。


 もう目を瞑ったってできるだろうが、今日はいつもより慎重に事を進めた。久しぶりにカップの側面に書かれた作り方も読んだ。指示通りに粉末スープ、かやくの順番で麺の上に開ける。


 あとはお湯を入れるだけ、3分待つ間は食べながら見る映画を決めよう。


「ふんふふーん」


 鼻歌を歌いながら、ポットの給湯ボタンを押す。


 まだ12時前なのにこの充実感、今日は良い日になりそうだ――。


 と、思った時だった――。今度は本当の予想外が起こった――。


 ポットがカシュッカシュッと音を立ててお湯を出すのを止める。


 何が起こっているのかはすぐに察せたけど、認めたくないから何度か給湯ボタンを連打した。


 しかし、やはりお湯は出なくて現実を受け止める。


 ポットの中のお湯が無くなった――。


「は?何で何で?」

 

 しかも1番中途半端なタイミングだ。必要量の3分の1くらい入ってしまっている。


 俺は麺の硬さは普通以外認めてないのに。このままではどうしてもムラができるじゃないか。


 取り急ぎ俺は鍋に水を注ぎ、火にかけた。


 でもこれが温まるのを待っても、出来上がるのは麺に固いところと柔らかいところがある気持ち悪いラーメンだ。あと2食しかない代物なのに――。


 緊急事態――。気付けば俺は黒いパソコンの元へ向かっていた。


 はあ、どうしてこんなことになったんだ。お湯が無いなんてミスは初めてだ。いつも確認するのに。昨日のうちに補給しなかったか。いや、そういえばせっかくだから鍋で温めた新鮮なお湯で頂こうと思ったのだ。


 それで念の為にポットの補給もしなかったのか。昨日の俺はなんて馬鹿なんだ。


「お湯 一瞬」


 それでも黒いパソコンなら何とかできるかもしれない。この状況からでも入れる保険のはずだ。


 迷っている暇はないから俺はEnterキーを押した。


 しょうもない検索の使い方だが致し方ない。いや、新たなエネルギーとか分かりそうで面白そうじゃないか。今度こんな事があった時にも使えるし――。


 グルグルが消える数秒間の間Enterキーを連打した。


「ご自身のスマホからBPC776699@pmail.comというアドレスに今すぐメールを送ってください。件名は必要ありません。本文には115500とだけ書いてください。それから、ぬるいままでいいので鍋の水をカップ麺へ注いで、蓋を閉じてください。」


 は?それでどうなるんだよ――。検索結果も予想外。戸惑いながらも俺は指示通りに手を動かし始めた。


 1分1秒が惜しい。俺はもうなるべく早くアドレスを打ち込むしかなかった。


 大した作業じゃないのでメールはすぐに送信できた。鍋の水をカップ麺に入れ、開け口を折って蓋も閉じた。


「うーん」


 すぐには何も起こらなかった。何か間違ったかと思い始めたが、その思考が走り出して1歩目くらいに異変は始まった。


 なんかカップ麺が「シュー」と機関車みたいな音を出し始めた。遅れて、グツグツと煮える音も聞こえてくる。


 外見は何も変化が無いのだが、音がカップ麺1人で出せる音ではない。


「…………」


 10秒くらい経って音が止むと、俺は蓋を開けてみた。


 湯気が顔を包み、消えて。大きくなったチャーシューとメンマが見えた。


「…………」


 え……。今何したの、ねえ。誰が今何したの。


 箸で麺をほぐしてみると、3分待った時と同じちょうどいい感触がした……。


 ねえ…………。

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