リリーという女
リリーは私の泣き方に驚いて車を降りてきたどころか、ほとんど喧嘩腰でバークの腕から私をもぎ取りった。
その上、私と会話したければ絶対に自分が一緒の時だと吼えた。
普段大人しいリリーの剣幕に私は驚いていたが、でも、大事な名刺を彼女に奪われる前に腕の中に隠す余裕は残っていた。
皮膚をポケットにして何かを隠すは、人体を変形できる私には朝飯前の事だ。
目敏いバークは目を真ん丸にしていたが。
さて、私をバークから奪還したリリーは意気揚々と車を発進させて、彼女が愛してやまない男の家へと進路を決めた。
「パパの家は大丈夫だったの?」
「パパの家にはパパを守りたいお友達がいっぱいじゃ無いの!」
ギャングの若集をお友達にしか考えないリリーの頭の構造を知りたいが、子供に汚れた部分を知らせないと考えてのこれであるならば、彼女はかなり頭が回る部類では無いのかと気が付いた。
間抜けな夢見がちな少女の振りをしながら、全てを理解して自分の良いように物事を回していたのだとしたら、彼女は一番恐ろしい敵だ。
ブランとヴィクトールの狩りを台無しにしたのは誰だ?
私にじっと見つめられたリリーは、ごめんね、と私の心を読んだみたいに私に謝って来た。
「ごめんね。あなたは昨日は一人ぼっちで頑張っていたのよね。心細くて泣きたかっただけよね。判ってはいたけど、でも、私の胸で泣いて欲しくって。でも、私は頼りないママだものね」
「えと、そうじゃ無くて、何が起きたのか話した時に、怖い事をばーと思い出しちゃっただけなの。昨日は怖くても大声で泣いたらもっと怖くなるって思ったから、シャーロットも私も泣くのを我慢していたのよ」
車はキキーと急ブレーキで停まり、リリーは助手席の私をぎゅうと運転席に引っ張り上げる様にして抱き上げた。
「もう怖くないわよ!これからはパパもいるし、パパのお友達だっているお家よ!あなたはもう大丈夫よ!毎日添い寝もしてあげるって、パパが!」
「うわああああああ!」
全然大丈夫じゃ無ーい!と私は別の雄たけびを彼女の腕の中で上げていた。
だが、リリー的には私が頼って来たと感じたらしく、私を何度か撫でた後ににっこりと微笑むや、さあ急いで帰ろうと車を発車させた。
車を止める前よりも高速になった車はエージの家に数分せずに辿り着き、私は強い恐怖で胃がずしんとなりながらバニラ色の高い塀に囲まれた欧風の豪邸の屋根を見上げた。南プロヴァンス?ナポリ風?そんな感じの豪邸は人が羨む家だろうが、私にはホーンテッドな存在としてしか圧し掛からない。
もう二度と夜中には外に出掛けられそうもない。
いいえ、私はここから生きて出ていけるのかしら?
「うふふ。これからは私がここの女主人よ」
「ママ、頑張ってね。女中頭に虐められちゃだめよ」
「うふ、大丈夫。虐めるような人がいたら、ぜーんぶパパに言うわ。今までもそうして守って貰って来たのだもの」
この人は自分の発言のその後を考えないから無邪気なの?
いや、すごく計算高いの、かな?
私がリリーの言葉にぞっとしたその時、黒い鉄の門扉がリリーの車に反応して開き、リリーは鼻歌を歌いながら車を再び動かした。
「ママ。実は私達のお家に何かしていた?」
そういえば、と、思い出したのだ。
家に印をつけられたのは魔物の家ばかり。
もちろん私というハーフデーモンが住む家だから不思議はないと思っていたけれど、シルビアが母親と住むマンションの部屋には何もされていないのである。
ティリアの目が行き届いていたからなだけ?
「うふふ。ペンキでバッテンを付けられる前に、洗って落ちるペンキで玄関ドアにバッテンをつけていたの。知らなかったわ、あのバッテンが強盗をする目印だったなんて。でも、お家の中がボロボロだったから、パパは一緒に住もうって言ってくれたのだし。うん。怪我の功名ってやつね」
「そ、そう。それじゃあ、私がお祖父さまから貰ったルビーも?」
あれが消えてなくなったのならば、私には少し朗報かもしれない。
リリーはダッシュボードを開けると、ビロードの宝石箱がいくつも詰まっているそこから私の箱だけを一個取り出して私に手渡した。
「はい。ちゃんと貴重品は持って避難したから大丈夫」
私は母親にありがとうと感謝の言葉を述べながら、先を見通して行動している人であるなら一番怖い人に違いないと、頭の中のリリーのデータを必死に書き換えていた。この人にこそ自分の秘密を知られてはいけない、と。
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