コリン・ルノアという画家


メイアとクロードは、ルガーラが断った絵画のモデルの依頼を受けた。


ガイとローラがいつまで経っても現れないため、2人で画家の自宅へ向かうこととなった。


画家の名は"コリン・ルノア"というらしい。

それはリリアンの屋敷で見た肖像画を書いた画家の1人だとクロードは気づいた。


2人は平民街でも区分された町の南の方にある貧困層の多い地域へ足を踏み入れる。


ここは貴族街に近い平民街に比べて、明らかに暗く、衛生的にも問題を抱えていることはすぐにわかった。



南の外れにある二階建ての一軒家。

建物は密集し、どれも同じに見えるが、その家の色は他の家とは違った。


「真っ白ですね」


「ああ。これは確かに目立つな」


それはギルドから聞いていた情報だった。

貧困層が住む家はほとんど茶色がかった色になっている。

それは居住して長く暮らしていたための劣化だと推測していた。


だが、このコリンの家だけ異様に白い。

街並みを見ると不自然な印象を受けた。


「とにかく行ってみるか」


「はい」


クロードが前に立ちドアをノックする。

反応が無いため、何度かそれを繰り返すとようやくドアがゆっくりと開いた。


出てきたのは目の下にクマのある細身の若い男性だった。

茶色のボサボサ髪に無精髭を生やし、服装もボロボロの布の服。

さらに色の顔料なのか、服には様々な色が飛び散るように付着している。


まだ昼間だというのに目を擦り、今起きたばかりという顔つきをしていた。


「なんだ?あんたら」


「あなたがコリン・ルノア?依頼を受けて来たんだが」


「あ?……ああ、あれか。もうやめた。帰ってくれ」


「なに?」


そう言ってコリンと思わしき男はドアを一方的に閉めようとした。

その時、クロードの後方に立つメイアに視線を落とす。


「ん?……君、なかなか色白だな」


「え?」


コリンはクロードを通り過ぎて、メイアの前に立つとしゃがみ込む。

そして顔を近づけて、まじまじと見ていた。


「ひぃ!」


「おい、あまり失礼なことはするなよ。少女と言ってもレディだ」


「心配するな。ガキには興味ない」


コリンが見ているのはメイアの肌質のようだった。

目を細めてじっくりと顔の皮膚を観察している。

突然のことに俯いて顔を赤らめるメイア。


「よし、気が変わった。描こうか。中に入ってくれ」


コリンはそう言うと2人を自宅の中へ通す。

家の中に通されるが室内は外壁と違い木材色そのままだった。


「作業場は二階だ」


一階は生活感が感じられないほど何も無い。

だが、二階に上がると全くの別世界。


足の踏み場のないほど絵の具や筆が散乱している。

部屋は二つあり、隣の部屋と引き戸によって分けられているようだが、それが開けっ放しになっていて、"部屋が二つ"とは言い切れない作りだった。


「散らかってるな」


「申し訳ないね。よく片付けろって怒られるんだが、なかなかできなくてね」


「誰かと同居を?」


「いや、彼女なんだが、たまに遊びに来るくらいなんだ」


こんな男にも彼女がいるのかと思いつつ、部屋を見渡す。

奥の部屋も散らかっているが、奥にはイーゼル(絵を立てかける道具)が二つ並べて置かれており、どちらにも布が被さって見えないようになっていた。


「あれは?今、書いてる絵画かい?」


クロードの素朴な質問。

コリンは今いる部屋に作業スペースを作ろうとイーゼルを置き、少し茶色がかったキャンパスを立てかけ、椅子を用意しながらクロードの質問に答える。


「ああ。今、ちょうど絵画コンクールをやっていてね。片方は前回の審査で出した絵で、もう片方は次に出す絵さ。前のやつはこれまた凄く酷評で、近いうちに捨てるんだ」


「なるほど」


「よし。準備できた。じゃあ脱いでくれ」


「え?」


コリンの言葉にメイアが固まる。

クロードは今まで見せたことのないような鋭い眼光でコリンを睨んだ。


「冗談だよ。さっきも言ったろ。俺はガキには興味ない」


「ガイがいなくてよかったな」


「そうですね……」


苦笑いするメイアはコリンに促されて、向かいの椅子に座った。

コリンは筆とパレットを手に持つと、真剣な眼差しをメイアへ向ける。

コリンの瞳を見たメイアは少し鼓動が早くなるのを感じた。

それは先ほどまでのやる気のない表情とは打って変わって、全くの別人のようだったからだ。


「なるべく動かないでくれよ。リラックスして自然体で」


「はい」 


メイアは深呼吸し気持ちを落ち着かせる。

手を前で組んで膝に乗せ、横顔を見せた。


「僕は隣の部屋にいるよ」


「構わないが、絵には触れるなよ」


「ああ」


こうして描き始めること数刻。

窓から差し込む日差しが、オレンジ色に染まり始める頃にスケッチは終わった。


「うーむ……やっぱりダメだな」


「終わったのか?」


「ああ。もういい。帰ってくれ」


「なかなかの言い草だな」


そう言いつつ、コリンの書いた絵を覗き込む。

そこには綺麗な少女の絵があった。

タッチも色使いも、どう見ても完璧で非の打ち所がない。

クロードには何がダメなのかわからなかった。


「いい絵じゃないか」


「ダメなんだよ。これじゃあ」


コリンはそう言うと大きくため息をつき、頭を掻き始める。

その意味がわからずクロードとメイアは顔を見合わせた。


「報酬は支払う。帰ってくれ」


「わかった。宿へ戻ろうか」


「ええ」


2人は玄関まで降りる。

クロードが玄関のドアノブに触れると少し動きを止め、眉を顰めた。

後ろからはコリンがため息混じりに降りて来る。


「すまない。やっぱり気が変わった」


「ん?どう言う意味だ?」


「明日も来てくれないか?もう一度描かせて欲しい」


「彼女がいいなら」


「私は大丈夫です」


メイアは笑顔で答えた。

その笑顔にコリンは釣られて笑みをこぼす。


「また明日、同じ時間に来るよ」


「ああ頼む」


「そういえば、君に一つ聞きたいことがある」


「なんだ?」


「君は"氷の波動"を使うのか?」


コリンはクロードの質問の意図が分からず首を傾げた。


「いや、俺の属性は氷じゃない。それに波動はもう何年も使ってないよ」


「そうか。ではまた明日」


「ああ」


コリンの自宅を出ると、すでに日が暮れそうになっていた。

2人はガイとローラのことも気になっていたため、急いで宿へと戻るのだった。

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