求婚
紫のロングヘア、ボロボロの布の服を着た女性、リリアンは数メートル先に立つ"少年"に目を向けた。
先ほどの凄まじい戦闘に見合わないほど、幼く見える容姿に少し驚く。
明らかに、この少年の波動量は自分を超えていると思った。
炎が一直線に通ったと思われる地面の抉れ方は尋常ではない。
ここまで高出力の炎を放てるとなれば、その波動量は"100万"近いと推測した。
「そこのあなた、名前は?」
「え?ああ、俺はガイ。ガイ・ガラード」
「ガラード……聞かない家柄ね。どこの貴族かしら?」
その言葉に困惑するガイ。
何を一体勘違いしているのだろうと思った。
「俺は貴族じゃない。ただの平民。駆け出しの冒険者だ」
「平民!?ま、まぁ、たまにいるわよね。平民でも高波動の人間は」
「いや、俺は……」
ガイが言いかけた時、背後から物音がした。
2人の警戒はそちらに向いた。
木々を掻き分けて来たのはクロードとメイアだった。
「メイア!」
「ガイ!」
メイアは走り出すとガイに飛びついた。
安堵の表情を浮かべるが、涙を流す寸前のようだった。
「無事だったようだね」
「ああ。クロードも無事だったみたいだな」
そう言って笑みを溢しつつガイへ近寄る。
その光景を見ていたリリアンが眉を顰めた。
クロードと呼ばれた人物の"声"に心当たりがあった。
「あなたが、あの時の」
「ん?君は……そうか、君が"本物の騎士様"か」
「クロード、知ってたのか?」
「ああ。昨日ちょっとね」
クロードの言う昨日とは大雨の日のことだ。
「セリーナが盗賊だってこともか?なんで教えてくれなかったんだ!」
「やはりセリーナが盗賊だったか。それは半信半疑だったよ。だが、彼女が騎士でないことは最初からわかっていた」
「え!?」
「騎士は波動石を持たない。だが着ていた服は騎士団の制服。この矛盾、妙だと思った」
「なんで、そんな重要なこと言わないんだよ!」
「この話を明かして、君がセリーナに再度会ったら平気な顔で会話できたかい?」
「それは……無理だな……」
「昨日、宿の前でセリーナに会ってね。彼女が離れているうちに、荷台を"ノック"して確認した。"あなたが本当の騎士か?"とね」
クロードはそう言ってニヤリと笑う。
リリアンもそれに釣られて笑った。
「まさか、名が"六大英雄のクロード"とはね。でも私の英雄は、そこの少年よ」
「そのようだね。彼はナイトになる男だ。これくらい当然だろう」
「また、その話しかよ……」
ガイは顔を赤らめつつも呆れた。
正直、自分がそんなものになれるとは思ってもない。
地方の平民、さらに農家とくれば、この国において身分は最も低いと言ってもいい。
ガイはリリアンを見る。
どうせ笑い物にされるだろうと思って、前もって身構えていた。
だが、案に相違してリリアンは真剣な表情だった。
「あら、残念。私の家に招きたかったわ」
「え?」
「女学校でも、私を超えるほどの波動量を持つ人間は見たことが無い。相手が平民だろうと、これほどの波動量なら、お父様も納得するでしょう」
「どう言う意味だよ」
ガイは困惑していた。
これが一体どういう会話なのか理解できなかった。
だが、クロードはこの発言の意味がわかっていた。
「彼女は"君と婚約したい"と言っているだ」
「はぁ?」
ガイとメイアは開いた口が塞がらなかった。
平民で小さな村の農家の少年が、貴族の令嬢と結婚なんて考えられない。
「私は、いくら波動量が多いからといって、親が決めた相手と結婚なんてするつもりはないから」
「彼女のところに行くか、決めるのはガイだ」
そう言ってクロードはガイを見た。
ガイはクロードとリリアンの顔を交互に見ていたが、最後には頭を抱えた。
「そんな大事なこと、ここで決められっか!!」
「確かに」
「そうよね」
クロードは笑みを溢しつつ、リリアンが立つ方へ歩く。
倒れたローラのところへ向かったのだ。
しゃがみ込むと気を失っているローラを抱え込む。
「ローラも無事なようだ」
「ローラ?まさか……」
リリアンはクロードが抱えた少女の顔を目を細めて見ており、何度か首を傾げていた。
そして、何か思い出したかのようにハッとした。
「どうかしたのか?」
「いえ、女学校時代の同期のローラ……容姿が違うからパッと見てもわからなかったわ。彼女は確か……」
「なんだ?」
「直接の面識は無いけど、女学校では"ローラ・スペルシオ"という女子生徒は有名だった」
「有名?どういうことだ?」
「ええ。彼女の波動数値は学校開校以来、過去最低だったから」
「なんだと……いくつだ?」
「"2"よ」
その波動数値にガイとメイアも驚いていたが、一番驚いていたのはクロードだった。
珍しく動揺し、言葉を失っている。
そして抱き上げていたローラの眠る表情を、しばらく見つめていた。
____________
リア・ケイブスに戻ってきた5人。
宿に一泊して昼頃のこと。
先に別れたのはリリアンだった。
彼女の捜索で町を訪れていた騎士がいたのだ。
それは若い男の騎士でリリアンの部隊の副団長とのこと。
リリアンは町の入り口で馬に乗っている。
彼女を見送るためガイとクロードがいた。
着替えたリリアンは見違えるほど美しかった。
三つ編みにされた紫色の長い髪を肩にのせる。
白いワイシャツ、ブラウンのパンツの騎士団制服も体にフィットし、その体型は華奢に見えるが、整った肉体を強調していた。
そんな中、最初に口を開いたのはリリアンだった。
「お世話になったわね」
「こちらこそ」
「それとガイ君」
「は、はい」
「さっきの話とは関係無く、助けてもらったお礼はするわ。いつでも私の屋敷に来るといい」
「あ、ああ」
それだけ言うとリリアンは手を振り、付き人の騎士も軽く頭を下げて、その場を後にする。
ガイは困惑していたが、クロードは満面の笑みだった。
「いやぁ。羨ましいね。まるで"ミル・ナルヴァスロ"を見ているようだ」
「うるせぇ!!」
その冷やかしにも似た言葉に反応し、ガイが叫んだ。
町にこだましたガイの声を聞いているものは誰もいないが、その声量に自分で恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「でも、なんで俺なんだよ」
「よほど、彼女は"婚約相手"が嫌なんだろうね」
「なんか、ローラもそんな話をしてた気がするな」
「貴族には高波動も多いが、
「ふーん」
クロードの話はよくわからなかった。
ガイ自身、貴族という存在と関わりを持つことなんて一生無いと思っていたからだ。
「"噂のローラ"の様子を見てギルドへ報告しに行こうか。だが今回の依頼での報酬は諦めたほうがよさそうだ。ランクアップも期待できない」
「仕方ないよな……」
リリアンと別れたガイとクロードは一旦、宿へと戻り、ギルドへと報告に赴くのだった。
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