洞窟にて


湿地帯の霧の中、レイピアを構えて1人佇むローラの姿だけあった。


今にも涙がこぼれ落ちそうな感情だが、かろうじて、それに耐える。

ここで泣いてしまったら完全に動けなくなってしまう……ローラはそう思った。


その時、ガイが吹き飛ばされた方向から、何かが地面を蹴る音がした。


ローラの呼吸が荒くなる。

白い霧の中に、黒い影が浮かび上がると、それは走り駆け抜けるように、ローラの手を掴んだ。


そのまま一緒に走るが、目の前の自分の手を握っているのは"ガイ"だった。


「あ、あんた!!」


「喋るな、走れ!!絶対振り向くなよ!!」


ガイの言葉にハッとし、少し後ろを振り向くローラ。

霧を掻き分けて進む2人をカサカサと音を立てて追う何かがいた。


徐々に地面に広がる水分が多くなり、それは脛のあたりまでくる。

霧が少しつづ晴れると、森林のような場所に辿り着いていた。


「あそこに洞窟があるわ!」


「わかってる!」


2人は大人がギリギリ通れるくらいの大きさの洞窟の穴へ走って入る。


岩石を掻き分けて進み、奥へ行くと、そこは小柄な体型の人間しか入れないような狭さだった。

そこを通り抜けると、少し広がった薄暗い空間があり、そこは人の手が加えられたように地面ができていた。


2人はようやくそこで止まった。

振り向くと、2人がギリギリ通った亀裂のような穴から、岩を削るように"鎌"だけが這い出して動いてる。


追いかけて来たシザーマンティスの体は2メートルほどで体も大きい。

この狭い穴を通り抜けることはできなかった。


「諦めてくれ……頼む……」


ガイがそう呟くと、シザーマンティスは穴から鎌を引き抜いた。

カサカサという音がまた聞こえるが、それは、だんだんと遠ざかっていくようだった。


「助かったな」


「え、ええ……」


2人は大きく息を吐いた。

緊迫した状況で、"なんとか助かった"と互い安堵してのことだ。


「それより、お前、なんで攻撃しなかったんだよ!」


「あ、あたしは……」


「凄い波動を使うんだろ?どうして使わなかった!死ぬところだったぞ!」


「……」


ローラは俯く。

それを見たガイはため息をついた。


「めいいっぱい俺には質問して、自分がされたらダンマリか?」


「ごめんなさい……」


「もういいよ」


呆れた様子のガイはその場に座り込んだ。

ローラはガイから離れるように、壁に背をつけて座った。


目には見えないが、重い空気が空間を包む。

そんな中、ガイが静かに口を開いた。


「俺はさ、小さい村の出身で家は農家なんだよ」


「……」


「俺は冒険者になりたかった。でも兄貴がそれで親父と喧嘩して家出してさ、俺には無理だなって思った」


ガイは思い出すように語る。

ローラはその話に聞き入った。


「最近、兄貴がすごく遠い町にいることがわかったんだ。手紙が来てさ、"助けてくれ"って。だから俺はその町に行くために冒険者になったんだ」


「そう……」


「波動数値もメイアの方が高い。でも、そんなのは関係無い」


「え?」


「俺は必ず兄貴を助ける」


その言葉の力強さにローラは心揺さぶられた。

自分にはそんな確固たる想いがあるのだろうかと思ったのだ。


「あたしの家は……超お金持ちなのよ」


「……お前、嫌味かそれ?」


「違うわよ……"令嬢という名の息苦しさ"の話」


「息苦しさ?」


ガイは困惑していた。

お金があれば、なんだって自由に過ごすことができる。

死ぬまで苦労なんてしないだろうというのが村人だったガイの考えだ。


「私は三人姉妹の末っ子。そして一番上の姉は超エリート」


「超えりーと?」


「超優秀ってこと。王宮第一騎士団の副団長なのよ」


「それって凄いのか?」


「これだから田舎者は……王宮騎士団は第一から第九まである。その第一騎士団の副団長だから、この国で二番目に強い騎士」


「騎士団ってそんなにあるのか?」


「ええ。第九騎士団は最近できたみたいだけど。団長は新人で、私の女学校時代の同期なのよ」


「俺には関係ない話だな」


「そうでもないわよ。この事件の調査に入ったのは第九騎士団で、そこの団長もいたから」


「え?それって、もしかして背が高くて、長い黒髪の女か?」


ガイの言葉にローラが首を傾げる。

想像しても、そんな人物は思い当たらなかった。


「違うわよ。背丈は私とあまり変わらないくらいで、髪は長いけど紫色よ」


「じゃあ違うか……」


「それって誰のことなの?」


「確か"セリーナ"とか言った気がする。南の方で凶悪犯を捕まえたって、ケイブスに来る途中で会ったんだ」


「セリーナ?いたかしらそんな騎士……」


「俺には騎士に見えなかったけどな」


「南の方なら管轄かんかつは第九騎士団だけど……。その人を"騎士"だって、誰が言ったの?」


「クロードだ」


「クロード……」


ローラは眉を顰める。

そのセリーナという人物も気になるが、このパーティにいる"クロード"という男は妙な雰囲気で気になっていた。


「まぁ、いいけど。とにかく私は無理やり結婚させられそうになったから家出したのよ。あなたのお兄さんと一緒ね」


「無理やり!?……確かに、それは息苦しいな」


「それも仕方ないのよ、私には……」


ローラが何かを言いかけた時だった。


「きゃああああああ!!」


「!?」


ローラの悲鳴が洞窟内に響き渡る。

ガイは立ち上がるとすぐさまローラの元へ駆け寄った。

薄暗闇の中、ガイに抱きついたローラは震えている。


「どうした?」


「骨が……」


ローラはそう言って指を指した。

その方向を目を細めて見るガイは壁にもたれかかっている人影があるのがわかった。


ゆっくり近づくと、そこには白骨した遺体があった。


白骨した遺体の頭部には拳台の陥没跡。

首から下がっている波動石の色はブラウンだった。

さらに抱えるように何かを持っている。


「これは……剣?」


形状はレイピア。

なによりも、その美しい白銀の輝きに、ガイとローラの2人は息を呑んだ。

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