クロード・アシュベンテ


ガイとメイアは薬草採取のため、カレアの町から西にある森に入った。


森は草木が生い茂り、奥に進むにつれて日の光が薄くなる。

鳥のさえずりが聞こえ、緑の匂いが鼻を刺激した。


ガイとメイアは難なく、森の奥の水辺に到達した。

北の山から流れる雪解け水は透き通るよう。

その中に、他の草とは明らかに形が違うものがあった。


「これがそうか。すぐに採取して戻ろう」


「そうね」


ガイ達は魔物に全く出会う事なく、ここまで辿り着いていた。

それは2人にとってはとてもラッキーなことだ。


なにせ2人の装備は貧弱で、さらに戦闘経験もまるでない。

ガイは安い皮の胸当てと腰に差したダガーのみ。

メイアは白いローブに、少し大きめの杖を持つ。


このまま魔物に出会うことなく町に帰還が望ましい。

だが、2人はこの先の旅のことも考えていた。

戦闘もせずに先に進めるとは思えない。

やはりパーティには強い誰かが必要なのではないか……と頭の片隅にあった。


「こんなもんだろう」


持っていた布製の袋一杯に薬草を入れた。


2人は顔を見合わせ笑顔になる。

小さな依頼だが、2人にとっては冒険者になって初仕事だ。

それが上手くいったとなれば、自然に口元も緩む。


「よし!戻るか」


「ええ!」


それは来た道を戻る単純なものだった。

だが、歩き始めて数分のこと。


2人の目の前に魔物が現れた。


「な、なんだ……あれは……」


「明らかに……レベル1や2じゃないわ……」


その魔物は体が3メートルはある人型。

ドス黒く、細長い体で顔が犬のようだった。

無表情だが、それがどこか不気味で、2人は息を呑む。

何よりも、その魔物の細い手から生えた3本の鋭利な爪が目に入る。

ゆっくりと近づいてくるが、爪が地面に届き、簡単に抉っている。


「メイア……逃げるんだ」


「え?」


「俺が囮になる」


ガイの後方に立つメイアは、その言葉に構う事なく、杖を構える。


「何をやってる……?」


「一緒にロスト・ヴェローに行くんでしょ」


「だが、あれは……それに俺達はまだ波動が使えないんだぞ」


「少しなら」


ガイは驚き、振り向いた。

メイアが首から下げる"波動石"は少し赤みかかっていた。


「メイア……お前」


「目眩しくらいならできるわ。合図したら2人で一気に森の出口まで走る」


「わかった」


ガイは複雑な思いだった。

自分が下げる波動石の色は真っ白だ。

だが、そんな感情に流されている暇はない。


「いくわ!」


メイアはごくわずかな波動を杖に流し込む。

そして杖を掲げると、暗い森を凄まじい光が照らした。


2人は一気に走り出す。


後方からはカサカサと何かが追いかけてくる音が聞こえるが、そのスピードは今にも2人に追いつきそうだ。


先頭を走るガイは少し振り向く。

メイアの後ろには二足歩行で猛スピードで走る魔物の姿があった。


「メイア!!絶対振り向くな!!」


2人の体が木々に当たり、擦り切れる。

だが構う事なく、森の入り口まで到達した2人は外まで駆け抜けていた。


魔物は日の光が苦手なのか、森から出ることはなく、ガイとメイアを無表情でじっと見ていたが、少しして森の中へと消えていった。




_____________





ガイは宿のベッドの上で横になる。


冒険者ギルドで会った男のことを思い出す。


妙な男だと思った。


武具も持たない不思議な男。


確かにメイアが言う通り、あの大男から助けてくれたことには間違い無いが、どうも怪しい。


この世界で赤の他人を無償で助けるなんて、考えられなかったからだ。


「まぁ、もう会わないだろう」


そう言いつつ、隣のベッドに眠るメイアを見た。

今日は散々だったが、なんとか生き延びることができた。


「この調子だと、いつ死んでもおかしくないな……」


ため息をつくガイは、短くなった蝋燭の上に灯る火を吹き消すと、静かに眠りにつくのだった。



____________



早朝。


ガイとメイアが宿の外に出ると、ニコニコとした笑顔の青年が立っていた。


「まさか……なんでここにいるだよ」


「いやぁ、君たちが気になってね」


それは昨日、冒険者ギルドで2人を助けてくれた青年だった。


「何か用なのか?」


「ガイ!そんな言い方は無いわ。昨日はありがとうござました」


ガイの隣に立つメイアは青年に頭を下げる。

その光景を見た青年は少し驚くが、すぐに笑顔になった。


「構わないさ。もしよかったら僕とパーティを組まないかい?失望はさせないよ」


「必要無い」


ガイはそう言い放つと冒険者ギルドの方へと歩き出した。


「ガイ!」


「なんだよ」


「せっかく誘ってもらってるのに!」


ガイは怪訝な表情をした。

そのやりとりを青年は無言で眺めていた。


「あのな、あんな怪しいやつと組むなんてゴメンだ。この世界で無償で助けてくれるなんてありえない。何か裏があるとしか思えないね」


「それは……」


「確かに、裏はあるね」


突然の言葉に2人は青年を見た。


「やっぱりか」


「君は、ロスト・ヴェローに行きたいだろ?」


「それがどうした?」


「なら、目的地が一緒だ。協力し合えば、すぐに行けるだろう」


ガイとメイアは顔を見合わせた。

2人にとっては願ったり叶ったりだ。

この青年の強さは、冒険者ギルドで確認済み。

これほど強い仲間がいれば、確かに目的地まですぐに辿り着ける可能性はある。


「波動の使い方も教える。その波動石を見る限り、君はまだ属性に目覚めてないと見える」


「大きなお世話だ」


「ガイ!」


「なんのために俺達を助けるんだよ。俺みたいな低波動と一緒よりも、もっと強い連中と行けばいいだろ!」


「ごもっとも。だが、君は勘違いしてるな」


「どういう意味だよ」


「僕の波動数値は"3"だ。君より低い」


青年の言葉に2人は絶句した。

ありえないほどの低波動。

だが、その低波動が、昨日、10万と言った大男を簡単に倒してしまったのだ。


「波動数値は、ある一定の数以下になると、その性質を変え特殊なスキルを形成できるようになる。その数値は9以下だ。ここからは低ければ低いほど強さが逆転する」


「な、なんだって……あんた……一体何者なんだ?何が目的なんだよ」


「僕は、君らが六大英雄と呼ぶ者の一人、クロード・アシュベンテ。魔王を倒す際、呪いをかけられて今は不死の体だ。そして僕は"ある人物"を探してる」


「ある人物……?」


「六大英雄の中に"裏切り者"がいた。そいつを探してるのさ」


ガイとメイアは再び言葉を失った。

クロードという青年は六大英雄の1人。

さらに、かの有名な六大英雄の物語には続きがあったのだ。


このクロードとの出会いが2人の運命を大きく変えることになる。

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