二度と読めない小説、二度と聴けない音楽

あおなゆみ

二度と読めない小説、二度と聴けない音楽

 部屋の本棚にあるアルバムが気にかかっていた。

CDのアルバムではなくて、写真のアルバム。

その中にある笑顔を思い浮かべている。

私の初恋の相手。

最後に会ったのはもう十年前。

写真を見たのも多分、十年前。


 思い出したのは久しぶりだった気もするし、本当はいつも思い出していた気もする。

恋人でもなかった私達だけれど、確かに心を通わせていた。

愛しさに溢れる瞬間を共にした。


 

 私が本棚のアルバムを思い出したきっかけは、寂しさから見る夢だった。

季節が冬へ移り変わろうとしているせいかもしれない。

眠る時、足が温まるまでの時間が必要になったせいかもしれない。

夢を見て目覚めた朝は、人恋しく、胸が高鳴った。


 そのアルバムを開く勇気がないのは、初恋を取り戻せないと分かっているから。

大切な小説を二度と読めないような、傷を癒してくれる音楽を二度と聴けないような、そんな気持ちだった。


 寂しさのせいで、あの人を思い出してしまう...

それは私にとって初恋。

最愛の記憶。

実らなかったからこそ、美しい過去。

実っていた現在を想像することだってある。

 眠たい朝の通勤バスの中だったり、少し気の抜けたお昼休憩前の時間だったり。

帰宅する人で溢れ返る駅を歩いている時だったり。

何気なくあの人を思い出す瞬間は、数え切れないほどあったはずだ。


 でもそれは、何気ない意識の緩みであって、深いところまで考えは及んでいなかった。

当時付き合っていた恋人を愛していなかった訳でもないし、初恋の記憶から理想を膨らませていた訳でもない。


 初恋とはそういうもの。

無意識に存在するもの。


 寂しさが故に、恋人がいないが故に、あの人を強く鮮明に思い出す自分はずるいと思う。

思い出してしまう、という表現も正しいが、必死に思い出そうとしている自分も情けないと思う。

寂しさを埋める為。

心に希望を抱かせる為。

辛いから、美しい記憶にすがる。



 本棚のアルバムの中の写真。

私達はまだ、幼かった。

十代は美しくて、逞しかった。

今も頼りたくて、求めたくなるほどに。


 アルバムを開くと何かがきっと変わってしまう。

あの人の笑顔の写真をこの目で見ると、気持ちがどのように傾くか分からない。


 夜が深くなればなるほど、気にかかる本棚のアルバム。

だから私は、新たな小説を読むことにする。

新たな音楽を聴くことにする。

一度経験した気持ちではなく、新しい気持ちを知ろうと努力する。

そうするしかない。

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