セクシーパラディンとセクシーフットボール

米俵猫太朗

ファーストセクシー:試合へ至る顛末


「攻め込んできたセクシーパラディンを捕らえた」



 その知らせは八層地獄を稲妻の様に駆け抜けた。



 八層地獄とは不仁・不義・不智・不礼・不信・不孝・不忠・不悌を司る悪魔の王がそれぞれ支配する王国の事であり、悪魔使いとしても名高い源義経の「八層跳びはっそうとび」の逸話で教科書にも載っていたことは多くの読者の記憶に新しいところであろう。

 もっとも地獄の悪魔たちは教科書という存在からはほど遠く、記憶力と言えば更に無かった。先日までは人間界で行われたWBCというものに(普段は唾棄する人間たちと同様に)熱狂し、真似して野球というものをやってはみたもののルールがとんと分からず、とにかく投げられたものを棒状のモノで打ち返し強制的に地面に張り付けられた雪男の所まで行ってそいつの腹をベースの代わりぶ踏みつけ、ペッパーミルでするように小鬼の首を握り絞って遊んでいた。そして最終的にはその際に小鬼が漏らす悲鳴の高さで勝敗をつけていたのである。

 更にその前はサッカーW杯というものに夢中になり、その前は……と繰り返していた。そして今はセクシーパラディンが流行であった。


「ほう、あれが噂のセクシーパラディン」

「ここからじゃよくみえねえな」

 件のセクシーパラディンが両腕を縛られ頭から布を被せられたまま不義地獄の王の元へ引き立てられた時ほど、広い八層地獄の一画に多くの悪魔が集ったことは無かったであろう。他の層の悪魔も王も虜囚の姿を一目みようと不義地獄の暗い宮殿のそこかしこに鈴なりになっていた。

 その中をセクシーパラディンと彼を捕らえた悪魔が進んで行った。

「身体を観たいわ! その子の裸をみせてちょうだい!!」

 誰かが言うだろうなと思われた台詞を誰かが言った。みれば、それはサキュバスの女王であった。夢魔とも淫魔とも呼ばれるその悪魔はコウモリの羽根を生やした妖艶な美女の姿をしており、地獄でもそういった台詞を吐くにもっとも相応しい存在であった。

「そう焦るでない。まずは顔だけ開けるが良い」

 玉座に座る不義地獄の王アンジャスティスが余裕綽々の様子で命じた。彼は名に反して姦淫、不義を司ってはいない。正義の反対、義にあらざるモノの悪魔であって、パラディンと真っ向対立する不倶戴天の敵であった。それだけに今の時間を楽しんでいるのであろう。

「ははーっ!」

 孤独な虜囚の側にいた悪魔が頭部の布を取った。

「「ほほーう」」

 悪魔たちが一斉に頷く。そこに現れたのは力強い目をしたハーフエルフの美丈夫であった。短い黒髪に少し尖った耳、切れ長の目と睫、細い鼻筋の下の口は楽しげに曲線を描いていた。

「なるほどセクシー……!」

 サキュバスがうっとりとした声で呟く。美しさと淫らさを司る悪魔が認める程度には、彼はセクシーな顔立ちをしていた。ただ悪魔たちが知る由は無いのだが、彼は地球で噂になっているセクシーパラディンとは別人であった。

「セクシーパラディンか」

「セクシーパラディンだな」

 サキュバスに追従するように悪魔の王たちが、そして配下の悪魔たちが彼を認めた。しかるのち、彼らはいつもと同じ困難に直面した。

 人間界の流行に追いついた。で、これをどう楽しめば良いのだ?

「地獄の悪魔たちよ! 頼みたいことがある!」

 救いはそのセクシーパラディンの方から与えられた。自分を見る悪魔の数や視線に臆すること無く、そのハーフエルフがセクシーな口を開いたのだ。

「なんじゃ? 言ってみろ!」

 なるほどパラディンとは人助けに長けたものだな我は人ではないが。と思いながら不義地獄の王が許可を与えた。

「ジュールリメの杯を返して欲しい。ここにある筈だ」

「ああ、あれか」

 そう答えたものの不義地獄の王はそれが何か分からなかった。

「あの、サッカーをやる時に……盗んできて溶かしてボールにしたヤツですキキ……」

 空かさず王の側に仕えるコウモリの悪魔が耳打ちする。

「知っておるわ! 余計な口添えを!」

 アドバイス罪口出しに怒りを覚えた王は瞬間沸騰しそのコウモリを打ち据えようと手を上げる。

「待て! いま俺が話しているだろう?」

 その手がコウモリを襲う前に、セクシーパラディンが髪を掻き揚げながらセクシーに制止した。その姿に何名かの悪魔がため息を漏らす。

「見たところ、おまえたちはもうサッカーもサッカードウもやっていないだろう? 返してくれないか? あれは寺院の大事な宝なのだ」

 セクシーパラディンはセクシーに辛抱強く説明を加えた。

「ほう、そうか。だとしても簡単に返す訳にはいかぬ」

 王は全て分かっている風に返した。忘れていた程だ、それほど大事なモノではない。だが頼まれて返すようでは悪魔とは言えぬ。

「それはそうだろう。だから勝負しないか?」

 セクシーパラディンはセクシーに挑戦的な視線を投げかけて言った。

「勝負! 何の勝負だ?」

 王は既にわくわくしながら聞き返す。

「そんなモノ、決まっているだろう? サッカーで、だ!」

 セクシーパラディンはセクシーにそう告げた。

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