第9話 あの時から・・・

もう、何年たったのだろうか。


俺は器(うつわ)。

俺という身体、器の中から眺めるだけの存在。


その風景には。

いつも、アイツがいた。


最初は。

泣きじゃくるアイツ。


少し。

時間が過ぎて。(どれくらいかは分からない)


寂しそうな。

アイツ。


隣りでは。

いつも、母がいて。


「裕美さん・・・もう、いいのよ・・・」

同じ会話が繰り返される。


その度に。

首を横に振って俯くアイツ。


嫌がおうにも。

知らされる、残酷な事実。


トラックにひかれそうになったアイツを。

かばった俺は植物人間になった。


そう。

それだけのことなのに。


アイツは。

何年も。(どのくらいかはわからないが)


俺を見舞っていた。


こじ開ける目蓋が薄っすら視界を確認できる以外は。

俺の全身は膠着したまま動かない。


俺は何度も心の中で叫んだ。


(裕美っ・・・)


(忘れろっ・・・)


(俺のことなんか・・・)


なのに。

アイツは。


ずっと。

俺を。


見舞い続けたのだった。


ああ・・・。

神様・・・。


いつしか。

俺は神を信じるようになっていた。


何年も繰り返される日常。

決して笑うことの無いアイツの唇。


俺の瞳は。

泣くこともできずにアイツを見続けていた。


もう。

何年も。


ああ・・・。

神様・・・。


何万回、祈っただろうか。


その時。

俺の視界が曇った。


「さとし・・・」

アイツの声が聞こえた。


懐かしい声だ。

アイツの口元が何年かぶりに綻んでいる。


嬉しくて。


目の前が。

まっ白になった。


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