第15話
「え、どこかに出掛けるの?」
そこへタイミングを図ったようにシアンが現れた。
「行くぞ」
相変わらずの無表情で言うと綺羅のフードを被せる。
「そのフードは脱ぐなよ。今のお姫さんは目立つからな」
「で、どこに・・・・・・」
行くの、と続ける前にミュゲの街で一番栄えている中心地に着いた。
シアンは、その中でも一際賑わっているファッションショー会場を覗いた。
会場ではハニーブロンドの女性達が颯爽とランウェイを歩いている。
そのバックヤードでは、慌ただしく着替えるモデルや針子達に指示を出しながら満足そうなデザイナーがいた。「でも、驚いたわ。あの子達が急に会場に戻って来た時は。おかげでファッションショーは大成功よ」
得意げに話すデザイナーをステージ上のモデル達が呼ぶ。デザイナーは歓喜の表情でステージに向かう。モデル達に囲まれて喝采を浴びるデザイナーの目には光るものが見えた。
シアンと綺羅は無言でバックヤードを後にする。
すると、外ではファッションショーの最中に音楽を演奏していた帝国フィルハーモニーのメンバーがいた。
「皆、元の生活に戻れたのね」
「それが黄金龍の力だ」
「どういうこと?」
2人は近くのベンチに腰を降ろした。ミュゲの町はファッションショーや露天が多く出ていてお祭り状態である。
2人の会話に聞き耳を立てている者はいない。
それでもシアンは用心のために結界を張った。
「黄金龍は妖魔が関与したために命を落としたり、攫われたり、姿を変えられたりした者を在るべき場所へ還す力を持つ。お姫さんが黄金龍の力を使ったことで皆、元の生活に戻ることができたのだ」
「そうなの?」
嬉しいことなのだが綺羅の表情は晴れない。
黄金龍が何かハッキリとわからないのである。それなのに力だけあるというのはどういうことなのだろうか。そんな綺羅の考えを読んだようにシアンが答える。
「黄金龍は人間に宿る力の名前だ」
「人に宿る力・・・・・・?」不思議そうにシアンを見る綺羅を、シアンは呆れたような目で見つめる。
「本当に何も知らないのだな」
「いいから教えなさいよ」
シアンの袖を掴んで綺羅はぷうっと膨れて見せる。シアンは膨れた綺羅の頬を指で摘まんで引っ張る。綺羅はすぐにシアンの腕を叩いた。
「何をするのよ」
頬をさすりながらシアンを睨む。だが、シアンは無表情のままだ。
「・・・・・・。黄金龍は他の龍とは違って、龍の力だけが使い手に宿る。使い手は耳に龍が棲む道具を持ち、掌から鏡を出し、剣に変化する龍を与えられている」
綺羅には思い当たる節がありすぎる。
「剣に変化する龍・・・・・・。もしかして、白龍のことかしら」
「そうだ」
「え、そうなの・・・・・・?」
綺羅は、ずっと白龍の能力がわからなくて悩んでいた。それもそのはず。黄金龍の能力を封じられていたのだから、分かりようがないのである。
「知らなかったのか」
シアンは呆れるのを通り超して驚いているように見えた。
「・・・・・・。ねぇ、私が鏡を出せるのは半妖だからではないの」
「あぁ。・・・・・・。ところでその六角柱のピアスはどうした」
シアンに問われて綺羅は両耳のピアスに触れる。3匹の龍が居るのを感じた。
「私を預かった時には付いていたって聞いているわ」
「そうか。そのピアスと鏡、剣がそろっているのが黄金龍の使い手である証拠だ。お姫さんは半妖だが、妖魔の力は無いに等しい。黄金龍の力が宿っているからな」
「えぇ!そうなの?」
思わず大きな声を上げてしまい、綺羅は慌てて口を押さえる。だが、シアンの結界が張られているので、街の人達は気がつかない。
「あぁ、そうだ」
「じゃあ、帝都に入る前に貴方と話していたのは、妖魔の私ではなくて黄金龍なの?」
「あぁ。今頃、気がついたのか」
「薄々、そうは思っていたけれど、半妖だから・・・・・・」
綺羅はずっと半妖だからと悩んでいたのだ。だが、妖魔の影響はなく、周囲から浮いていたのは黄金龍のせいだと言われても納得ができなかった。綺羅は頭を抱えた。
半妖の自分が黄金龍の使い手だと誰が思うだろう。
「天は何を考えているのかしら」
「知るか」
綺羅の目には、あちらこちらで再開を喜ぶ人々の姿が映る。在るべき場所へ還せた事を喜ぶ一方で、自分の置かれた状況に不安が募る。
「ねぇ、目と髪の色を、元の色に戻して」
「難しい相談だな」
「どうして。貴方は万能なのでしょう」
すがるように綺羅に見つめられたシアンは目を逸らす。
「黄金龍の能力が開花したお姫さんを元の姿に戻すのは難しい」
「え?そうなの?あ、そういえば、貴方。私が悪夢を見る術をかけられていた時、術を解かなかったでしょう」綺羅はシアンの腕を掴んだ。
「あぁ、あの時は、お姫さんが俺に術をかけられるのを嫌がっていたからだ」
「でも、私が苦しんでいたのは、わかっていたでしょう」
あの苦しかった時期を思い出して綺羅は、腹を立てる。
「だから、眠れるようにしてやろうか、と言ったら嫌だと言ったじゃないか。だから、環境を変えてやっただろう」
珍しくシアンが狼狽した顔を見せた。
「だったら、私が悪夢を見せられる術をかけられていると、説明したうえで術を解いてくれればいいじゃない。だいたい、貴方はいつも肝心な事を言わないし、言葉が足りないのよ」
キッと睨まれたシアンは綺羅の手を腕から外す。
「そろそろ部屋に戻るぞ。長いこと結界を張っていたら、追っ手に見つかる」
新たな事実に綺羅の心がざわめく。
「追っ手・・・・・・?」
「ピックスが言っていただろう。黄金龍の存在を妖魔達に知らせたと。今頃、妖魔達が血眼になって探しているぞ。お姫さんの姿を変えられないのは、そのせいだ。人間の目を誤魔化せても妖魔の目は誤魔化せない。むしろ、色を変えている事情を知りたがるだろう」
綺羅は寒気を感じて身を震わせると、両腕で自分を抱き締める。無数の妖魔が自分を探している。それが恐ろしくてならない。
「・・・・・・。あぁ、だから母様は姿を消したのね」
自分を産んだ母が姿を消した理由がようやく分かった。龍宮王が使い手達を使って探しても見つからなかった理由も。龍宮国の龍使いや、他の国で暮らす人間達を巻き込まないためである。
「ねぇ、貴方は妖魔王なの?」
自分を護る契約をした力の強い妖魔。母の側にいたのは妖魔王だった。
「まだ違う」「まだってどういうこと?」
「黄金龍が宿る人間に必要なモノが揃っているように、妖魔王を名乗るのに必要な条件がある。そういうことだ。いい加減、帰るぞ」
シアンは立ち上がると、綺羅に手を差し出した。
「待って。皇帝兄様に報告に行かないと」
綺羅は龍使いとして任務を受けた以上、任務を完遂したかった。
「その姿で行くつもりか」
綺羅はフードの隙間から零れる一筋の金髪を指に絡める。
「それなら・・・・・・。やっぱり人間の目だからってダメよね」
どうしようかと悩む綺羅を、痺れを切らしたシアンが抱き上げた。
「えっ」
抱き上げられた事に驚いた綺羅は一瞬目を瞑る。
次に目を開けた時には、ビンテージの木材が目に入った。
「報告なら俺の
そう言ってシアンは綺羅を、ベッドに放り投げる。
「ちょっと、いくら妖魔だからって。いい加減、淑女の扱いを覚えなさいよ」
綺羅が起き上がって文句を言うと、ノックもなく部屋のドアが開いた。綺羅の部屋をノックもなく訪れるのは、シアンか望月ぐらいである。怪訝に思って綺羅がドアに視線を送ると、しかつめらしい様子の女性が現れた。
「望月」
綺羅がベッドを飛び降りる。しかし、綺羅の様子を見て望月は眉間に皺を寄せる。
「なんですか、今の声は。綺羅様。少し離れている間に随分と品がなくなったようですね。再教育いたしましょう」
「望月」
望月の小言を右から左へと聞き流した綺羅は望月に飛びつく。そんな綺羅を望月は優しい笑みで受け止めた。
「もう会えないと思っていたわ」
「まぁ、綺羅様。封印が解けたのですね。お顔をよく見せてくださいまし」
涙目の綺羅が望月を見つめると、望月の目から涙が流れる。
「それに、随分とお痩せになって・・・・・・」
「望月は私の目や髪が金色だと知っていたの」
「えぇ。望月はあの妖魔が現れる前から綺羅様と一緒でしたから」
「では陛下や妃殿下も?」
「・・・・・・。えぇ。でも、成長するに伴って髪の色が変わることはよくあることですから」
「そう」
綺羅はなんとなく腑に落ちない。
「それよりも、湯浴みをいたしましょう。今日からは望月が綺羅様のお世話をいたしますからね」
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