がっかり日記

ドン・ブレイザー

体育教師と私

 先日「女子高生大爆破計画」という話をカクヨムで公開した。


 内容は運動音痴でスポーツが大嫌いな女子高生の2人が爆弾を自作し学校のスポーツ大会を中止にしようとする、という話だ。


 こんな話を書くことからわかるように、私は運動が大の苦手だ。体育の時間は嫌いだし、体育祭もスポーツ大会も大嫌い。自分を主人公たちに投影してこの話を書いたのだ。


 この話は有難いことに何人かの方に感想をいただいたが「自分もスポーツが苦手だったので気持ちはよくわかる」という内容のものが多かった。自分のような人間はこの世に結構いるということがわかり何だか嬉しい。






 ところで「体育の時間が苦手だった」という話をすると、セットで語られることが多いのが体育教師の存在である。「体育の教師が嫌なやつで体育が嫌いになった」という話はよく聞く。


 今試しにTwitterで「体育教師」と調べてみたが「体育教師のせいで体育が嫌いになった」とか「体育教師は高圧的で人の気持ちを考えられない」などネガティブな話題ばかり出てくる。


 現実世界だけでなく漫画でもドラマでもそうだ。大体の体育教師は生徒たちの敵だ。男子には暴力を振るい、女子にはセクハラをする。そして、テロリストだのモンスターだの未知なる脅威に対してイキリ散らかし、すぐに殺される。こんな役目ばっかりだ。


 実を言うと、私は体育の授業が嫌いでも、別に体育教師が嫌いなわけではない。たまたま良い先生ばかりに巡り合っただけかもしれないが、そんなに言うほど悪い教師が体育に集中していたとは思えない。社会とか数学の方がもっと嫌な奴がいたと思う。


 なので「体育教師が嫌い!」が現実で語られていると何だか悲しい気持ちになるし、創作物で体育教師が悪役をやらされていると「いい加減にしろよ」と怒りたくなる。


 さらに言えば私はある体育教師に一つの借りがある。だから体育教師は嫌いじゃない。前置きが長くなってしまったが、そもそも今回はその体育教師との思い出について語りたかったのだ。






 私が高校3年生の頃、高校でスポーツ大会があった。私の学校では学期に一度、スポーツ大会が開かれており、その日は勉強の授業はなく一日中スポーツをしている。もちろん私の大嫌いな行事だ。


 そしてその時の種目がなんとサッカー。サッカーは自分の苦手なスポーツかつ嫌いなスポーツだ。全く興味がなく、サッカーのテレビゲームすらろくにプレイしたことないほどだ。嫌な競技に決まったもんだと頭を抱えた。


 さらに困ったことにスポーツ大会の種目が決まると、その日から大会までのしばらくの期間、体育の授業は全てその競技の練習になってしまう。スポーツ大会だけでも嫌なのに体育の授業までサッカーとはなんてひどい話だろう。


 しかし、文句があるのは私のような運動音痴だけで、大抵の生徒は喜んでいる。一般的にサッカーとは楽しいものなのだ。そもそもサッカーに決まったのも生徒から取ったアンケートの結果を反映したものなのだそうだからみんな喜んで当然だ。


 とにかくみんな喜んでいる。私たちは高校3年生。大多数の生徒は部活動も引退し、毎日受験勉強に励んでいる。そんな中でのスポーツ大会。みんなが大好きなサッカーをやれるのだから、他の生徒たちにとってはいい気分転換になるに違いなかった。重苦しい受験生の期間に訪れた束の間の休息といったところか。


 自分としては何の気分転換にもならない。私は運動が嫌いだが、勉強も嫌いだ。受験勉強は地獄である。また、私にとってスポーツ大会も束の間の休息どころか地獄。つまり地獄で地獄をサイドイッチにしているわけだから私の高校生活は概ね地獄だったということになる。ひどい話だ。


 一方クラスメイトたちは大いにはしゃいでいる。体育の授業だけでは飽き足らず、なんと昼休みにもグラウンドでサッカーをやり始めた。高校3年生が、だ。しかも雨上がりのぐちゃぐちゃになったグラウンドで汚れるのも厭わずボールを追っていた。私には信じられない光景だった。


 もっと信じられないことをする人もいた。何と、あるクラスメイトはスポーツ大会に向けて、サッカー用のスパイクを新調したのだと言う。彼は確かサッカー部ではなかったはずだが。元サッカー部の生徒が体育の授業の時にスパイクを履いていることはよくあった。まあ、これはわかる。持っているものを持ってきただけなのだから。だが、わざわざ新しいスパイクを買うとは。たかがスポーツ大会でそこまでやるなんて信じられない。


 しかし驚くべきことに、それから何人かの生徒が新しいスパイクを買いだしたのだ。なんてことだ。もう半年で高校を卒業すると言うのに、今回以外で何に使うつもりなのか。


 気がついたら結構な人数がスパイクを履いて授業を受けていた。わざわざ買わないにしても、家にあるのを持ってきたり、人から借りたりして履いてきたのだろう。なんなんだこの授業は。


 私は履いてないし、持ってないし、買うつもりもなかった。借りる人もいない。


 私は別にスパイクなんてなくてもいいと思っていたが、何だかスパイクを履いてないのが逆に浮いているような気がして少しだけ気にはなっていた。




 そんなある日のこと。その日も体育があり、私たちは体操服に着替えてグラウンドに移動していた。みんなスパイクをを履いている。私は普通のスニーカーだ。ただでさえ体育の授業は辛いのに何だかさらに気が重くなった。そんな私に1人の体育教師が声をかけた。


「ドン・ブレイザー。お前スパイク忘れたのか?」


 もちろん私の本名はドン・ブレイザーではないので、実際は本名で呼ばれたわけだけどそれはそれとして、この体育教師は私が高校2年生の頃のクラスの体育担当だった。今の担当ではない、でも声をかけてくれたのだ。この先生を仮にA先生としておく。


「自分、スパイク持ってないんですよ」


 そう正直に言い返した。


「え!? スパイク持ってないのか!?」


 何故か驚かれてしまった。驚くことじゃないと思う。サッカーじゃない生徒がスパイク待っていないくらい普通だと思っていたが、いつの間にかスパイクを履いていない奴は超少数派になっていたようだ。私はさらに悲しくなり落ち込む。


 しかし、そんな私にA先生は予想外のことを私に言った。


「よし! じゃあ俺が持っているスパイクをやるよ!」


 そう言ってくれたのだ。


「え!? いいんですか!?」


「ああ、明日にでも持ってくるから」


 そして、実際にA先生はサッカー用のスパイクとソックスを次の日に持ってきてくれた。かなり使い込んでいたものの、良いものであるとわかった。サッカーに詳しくない私が良いものと判断するのもおかしいが、この先生はサッカー部の先生でもあるので、おそらく良いものだろうと判断したのだ。それにしても貸してくれるならまだしも、くれるなんてなんて太っ腹な先生だろう。何とかサイズも合った。私は先生にお礼を言う。


「先生! ありがとう!」


「頑張れよ」


 私はそのスパイクを持って意気揚々とグラウンドに向かった。


 グラウンドで私がスパイクを履いているのを見て他のクラスメイトが声をかけてきた。


「あれ、そのスパイクどうしたの?」


「うん、A先生にもらったんだ」


「え! そうなんだ。よかったな!」


 初めてスパイクを履いた私を、みんなが祝福してくれた。嬉しい。


 サッカーは苦手な私だけど、スパイクのお陰で練習が少し楽しくなった。スポーツ大会は嫌いだけど、スパイクのお陰で少し楽しみになった。全部スパイクのお陰だ。もっと早くスパイクを履けばよかった。


 いや、本当はスパイクのお陰ではない。自分はスパイク手に入れたことより、先生からスパイクを貰ったことが嬉しかったのだ。私を気遣ってくれたその心が嬉しかった。スポーツ大会は頑張ろう、スパイクを履いて。A先生の心遣いに報いるためにも精一杯。


そして、遂にスポーツ大会の日がやってきた。






「えー今回のスポーツ大会では、グラウンドが荒れたり相手を怪我させる恐れがあるということで、サッカーにおいて『スパイク』の使用を禁止します」


 当日の開会式で、スポーツ大会の実行委員の非情な通達を聞いて、私は頭が真っ白になった。その後のことはよく覚えていない。私のチームが勝ったのか負けたのかも。ただ間違いなくスパイクを履かずに試合をした。


 そして私たちの試合が終わってトボトボ歩いていると、偶然A先生に出くわした。


「よう! 試合どうだった? あのスパイクの使い心地はどうだ?」


 そんなことを言ってきた。驚くべきことに今回のスポーツ大会でスパイクの使用が禁止されたことをA先生は知らないらしかった。体育教師だから既に知っているとばかり思っていたが、管轄が違うのかA先生の耳にはまだ入ってなかったのである。


 ここで一つみなさんに尋ねたいことがある。


 A先生にスパイクの使い心地を聞かれて、私はどう答えるべきだったのか?



 嘘でも良いから「バッチリでした!」と気を遣って言うべきだったのか。しかし、そのうちバレることは明らかだ。だから私は正直に言うしかないと思った。


「すみません。スパイクの使用は大会中は禁止って今日初めて言われて……それで使えなかったんです」


「……そうか」


 その時の2人の気まずさったら無かった。


 今回の大会、別に負けてもよかったのだ。ただ一生懸命にやって、例え負けたとしても、いつもより楽しくサッカーをやれた事を伝えて、そのきっかけを作ってくれた先生にお礼が言えたら、それでよかった。それなのにこんなことになるなんて。


 憎むべきは実行委員会である。スパイクが禁止だと言うなら初めから言ってくれ。ある奴はこの大会のためにスパイクを新調したんだぞ。そいつらにスパイク代を弁償しろ実行委員会。


 さらに運動音痴の哀れな生徒にスパイクを、授けてくれた体育教師の善意を踏み躙った。絶対に許さない。


「……今後サッカーをやることがあったら使います。ありがとうございました」


「……そうか、うん」


 そして会話が終わった。


 やがて夕方になり、全競技が終了。体育館で表彰式と閉会式が行われ、私の高校生活最後のスポーツ大会は幕を閉じた。




 最後にA先生へ。A先生がこの文章を読んでいる可能性はほぼ無いとは思うけれど、それでも言わせてくれ。


 先生、スポーツ大会で使うことはできなかったけど、スパイクを貰えて本当に嬉しかったんです。ありがとうございました、そしてごめんなさい。


 


 
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る