第11話ー③ 大祭の誘い

後藤が応接間を開けると、刑事部長と副部長、それに総務課長が揃っていた。後藤はこりゃたいそうな事でと心で舌打ちした。

 重たい空気。窓際には5年前も見たような資料の束が積まれている。


「久しぶりだな、後藤君。」

刑事部長の声は低く、笑っていない。

「交番勤務はどうだね?町内の落とし物と……傘泥棒を相手にしていれば、平和でいいだろう。」

後藤は表情を変えず、そのまま直立不動のポーズを続ける。

「分かっていると思うが、今回は関わりすぎるなよ…」

刑事部長はゆっくりとそこで言葉を区切ると、窓際の資料の束の方へ視線を向けた。それも一瞬で再び視線を後藤に戻し言葉を続ける。「所轄の範囲で動く分には何も言わん。だが、越境するな。」


後藤はさっと手を上げ敬礼した。胸ポケットの封筒がカサッと動く。松井の残した一言が、まだ耳の奥に残っていた。



 応接間を出るや否や、若い刑事が「後藤さん、こんな所に居たんですか?」とけたたましく駆け寄って来た。

 後藤がうるさいよと口の前で合図を出すと、彼は若干のトーンを落とした後で

「司法解剖結果出ました。」

と後藤にこれでもかと顔を近づけて言った。

「…で、どうなの?」

廊下を歩きながら後藤が返す。

「…死因は青酸系毒物による中毒死です。」若い刑事が答える。

「…。」

後藤警部は立ち止まり、元から半分閉じたような目を一度パチクリさせた。が、思い出したように取り出した煙草を口にくわえ火を点けた。

「やっぱり自殺ですかね?」

若い刑事が間を挟まず切り込んで聞いた。

「…んー、なんかなぁ」

「なんかなあって…。後藤さん、それにここ4月から禁煙ですからね。掃除のおばちゃんに叱られますよ!」

若い刑事はそれだけ言うと足早に立ち去った。(禁煙、禁煙って、世の中住みづらくなるねー。もう火点けちゃったじゃない…。最近煙草も高いんだから。)

後藤はぶつぶつ言いながらエチケット灰皿にその吸い殻を納めながらも、その口元は緩んでいた。 





 高橋は駅前ロータリーを見下ろす歩道橋の上で立ち止まった。明日、第二ターゲットとの待ち合わせ公園の最寄り駅だ。ここからすでに公園の入り口が見える。実際に歩いてみようかと思ったが、先に用件を片付けようと歩道橋を降り、駅横の忘れ物センターに向かった。手に提げたビニール袋の中で、この前の黒い傘が揺れた。盗んだ傘の事がなぜか気がかりだった。

 窓口に行くと受付票を書かされる。高橋はこの前、松野に言った偽名の斉藤という名前と適当な住所を書いて傘を預けた。少し胸のわだかまりが軽くなった気がした。

 

 外へ出た時、通りの先に白い外壁と青いロゴが目に入った。松野美恵子の宗教団体の建物だ。ガラス越しに彼女が年配の女性二人と話しているのが見えた。信者らしきその女性たちはパンフレットを抱き、熱心に頷いている。彼女は柔らかい笑みで対応し、肩にそっと触れた。その表情は迷いがなく、穏やかだった。


 高橋は気づけばその建物の玄関へと向かっていた。ベルの音とともに戸を開けると、松野が一瞬だけ目を丸くし、笑顔を見せた。

「どうしたの?急に…わざわざ来てくれたの?」

「ちょっと別の下見のついでで。」

高橋は目を反らす。

「ふーん……まあそういうことにしといてあげる」

松野は、高橋の方から訪ねて来たからなのか、前回よりも話し方がくだけていた。


 信者たちを見送った松野は、高橋を奥の応接スペースへ案内し、紙コップのコーヒーを差し出した。

「うちのは安物だけど、駅前のよりはマシよ。」

頬杖をついたままの彼女が高橋をじっと見つめた。

「……本当に、ついで?」


高橋は曖昧に笑い、肩をすくめた。彼女は口角をわずかに上げ、

「たまには顔出しなさいよ。暇つぶしぐらいにはなるでしょ?」と軽く言った。


 話がひと段落したころ、彼女が何気なく口を開く。

「そうそう、明日うちの大祭があるの。隣の県の本部で、ちょっとしたイベント付き」

「大祭?」

「年に一度の大きな集まりよ。信者じゃなくても参加できるし、面白い人も来るわ」

松野はわざとらしく肩をすくめる。

「暇でしょ?ドライブがてら行かない?」


一瞬、返事をためらう高橋の顔を、彼女は楽しげに覗き込んだ。

「じゃ、決まりね」

そう言って席を立つと、玄関まで高橋を見送り、軽く手を振った。外に出ると、焼きたてパンの匂いとバスのエンジン音が入り混じった空気が流れ込んだ。傘を返したばかりの手が、不思議なほど軽く感じられた。

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