第8話ー③ ぐるぐるトーマス
築年数が古いためか部屋に繋がる廊下がキイキイと軋む。
奥の部屋は畳で6畳。川の字に3組の布団が敷かれている。空いたスペースにこの部屋に似つかわしくない、50インチ程の液晶テレビが畳に食い込むようにじかに置かれていた。
そういや昨日木倉が言ってたな…。今の稼ぎはリストラされる前の半分だって。いくらバイトでも掛け持ちして必死に働いたら20万近くはいくのではないか?前は40万近くもらっていたのか…。なかなかの高給取りだ。どんな仕事をしていたのだろう…?前は結構いいところに住んでいて、リストラを機にこのオンボロアパートに引っ越してきたのかもな…。
「おにいちゃん、とーますごっこ!」
ぼーっとしている高橋を子供が急かした。
「どうやればいいの?」
「おにいちゃんがとーます。ぐるぐるまわるの!」
高橋は四つん這いになって子供を上に乗せると、布団の上を円を描いて回った。子供が高橋の頭に手を乗せて時々叩いてくる。なんだこの野郎と子供をはね除けそうになるのを何とか我慢する。
「だめだよおにいちゃん。ぽーっていわなきゃ。」
「ポー!」
子供っていい気なもんだな。
「僕って何歳なの?」
「うーんとね、にさい!」
2歳の子供ってこんなに喋れるんだな。自分のその頃の記憶がないから不思議に思う。俺はどんな子供だったのだろうか?
それにしても裕恵さんは俺と同い年で2歳の子持ちか…。んっ…、と言うことは今年22歳だから、逆算で18か19歳の時の子供と言うことか…。出会ったのは会社に入ってって言ってたから、出会って間もなく妊娠…。裕恵さんの「もっと色々遊びたかったな。」の言葉を高橋はしみじみと思い返した。
木倉は夕方6時頃帰ってきた。汗で服の色が変わっている。
「おー高橋くん。元気にしてたかね?」
木倉はまた高橋に肘鉄をかました。俺は裕恵さんにちょっかいを出してなかったのに…。
「一樹おかえり。夕飯できてるけど。」
「ああ、ありがとう。でも先シャワー浴びてくるわ。」
木倉があちーあちーと言いながら台所横の風呂場に入っていく。裕恵さんはその間に夕飯を並べ始めた。
「ふー、よっこいしょういち。」
木倉が風呂場から出てきて、パンツいっちょの姿でキッチンの席に座る。細身ながらも筋肉質な体をしていた。
「何すか?よっこいしょういちって?」
「知らんの?この高級ギャグが通じんとは、近頃の若者は…。」
「何それ?私も知らない。」
裕恵さんが料理を運びながら会話に参加してくる。
「何だよ、裕恵まで高橋の味方かよ。おっ今日はハンバーグか!」
食事の間も会話は弾む。
「おにいちゃん、とーますしてくれた。」
子供が木倉に嬉しそうに話した。
「へー、良かったなー雄馬。悪かったな高橋。子供の遊びに付き合わせて。」
「いえいえ、居候の身ですから。」
「私が頼んだのよ。高橋くんおかわりは?」
「あっお願いします。」
「ははっ、あいかわらずよく食べる。」
木倉が裕恵さんのついだ山盛りの茶碗を見ながら笑う。
「じゃあ私、雄馬とお風呂入ってくるから。それと…飲むのはいいけどすぐ仕事あるんだからね。」
「分かってるって。」
裕恵さんは、自分と子供の食器を流しに運ぶと、子供を連れて風呂場にいった。
「よっしゃー、今日も飲むぞー。」
木倉が冷蔵庫からビール瓶2本持ってきた。
「木倉さん、今からまた仕事ですか?」
「ああ、スーパーの仕事だよ。お前がやめて仕事の負担が少し増えちまったよ。店長に早く人入れて欲しいよ。」
「で、大丈夫なんすか?お酒飲んで…。」
「大丈夫、大丈夫、ちょっと位の酒は睡眠薬だって。それより彼女とは仲直りしたか?」「ええ、なんとか…。」
「そうか、そりゃ良かった…。まあでも、しばらくはここに居てもいいんだぜ。毎晩俺とこうして付き合うんだったらって話だけどな…。まあ飲め、飲んでくれたまえ!」
この日は二人でビール一本半空けたところで、木倉がもう俺寝なきゃいけないという事でお開きになった。
「俺はもう寝るけど、残ったの飲んでもいいから。じゃおやすみ。」
飲めといわれてもなぁ…。結局今日も飲んだのは殆ど俺だったし。
「ああ、高橋くん。一樹もう寝たの?」
裕恵さんが子供と風呂から出てきた。
「ええ、さっき。」
「あっビール残ってるー。」
裕恵さんがわざとびっくりしたような口調をしながら、さっきまで木倉がいた席に座る。「飲みます?」
「うん、そのつもり、ヘヘヘ。」
高橋が裕恵さんにビールをついでいると、子供が「ぼくものみたい」とコップを掴もうとする。
「雄馬にはこれ。一緒でしょ?」
裕恵さんはそばにあった緑茶をコップに入れて子供に渡した。
「あの。木倉さんっていつもこうして仕事があってもお酒飲んでるんですか?」
「ううん、いつもは深夜にバイトがある時はご飯食べたらすぐ寝ちゃってる。やっぱり高橋くんが来てくれたから嬉しかったんじゃない?」
「そうなんですかね…」
「ほんと、ほんと。もともとあの人友達多い方じゃないし。前の会社だって同僚との喧嘩が元で辞めさせられたようなもんだしね。私は結婚して会社はすぐ辞めちゃったからよくは知らないんだけどね。あ、あんまりしゃべっちゃうと一樹に怒られちゃうから今の内緒ね。」
「大丈夫です。僕は口軽いんで。」
「ちょっとー!」
「冗談です。冗談。言いません。」
「おかあさん。ぼくねむたい。」
時計を見ると7時半を少し回ったところだった。子供が裕恵さんのパジャマの袖を引っ張る。
「分かった。分かった。もうおねんねしようね。そういえば高橋くん。私明日からパートが始まるし、雄馬も保育園に行くんだけど…どうする?」
明日は約束の日だった。
「僕も用事があるんで朝一緒に出ます。」
「もしかして彼女のとこに謝りにいくの?」「さあどうですかねー。」
さっき木倉が言ったのと同じこといってら。なんだかんだ言ってもこの夫婦、似た者同士で相性いいのかもしれない。
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