ショートショート
たこはる
転生したら無限湧きするモンスター狩って食糧確保しながらレベル上がって2度美味しいです
柄にも無くたまには外に出るかと思ったのが間違いだった。
何の考えもなくトラックに轢かれそうな子どもを助けようと前に出たのが誤りだった。
身分証も持たずに灰色のスエット上下でぐちゃぐちゃになる自分を誰が分かってくれるのか。
親だけでも俺を俺だと、どんな姿になっても分かって欲し──
─どうやら俺の人生はここで終わった
はず。
「なのだが──?」
まず、背中の痛みを感じた。咄嗟に背中を庇うように手を回した。とりあえず血は出てなさそうだが、呼吸をするだけでも痛みが走る。
そこでようやく自分がまだ生きてる事、道路の上ではない場所で寝てる事に気付いた。
どうやら洞窟の中らしい。上を仰ぐと、青い空がぽっかりと切り取られたように浮かんである。あそこから落ちたのだろうか。
寝てる場所には湿った落ち葉と、柔らかい砂がクッションのように積もっていた。
(これが、これが噂の異世界転生ってやつか!)
段々と冷静になってきた頭で、今まで読んできたラノベの知識を思い出す。
(当然、こんな事も出来るよな!)
「ステータス!」
lv.3
HP: 8/30 MP: 50/50
ATK: 10
DEF: 6
INT: 17
DEX: 13
AGI: 10
LUK: 13
...
取得魔法: ファイア、キュア
取得スキル: 鑑定
半透明な画面が浮かび、自分の状態が数値で分かる。所謂ステータス画面が目の前に浮かんだ。
(回復魔法かな)
「キュア!」
少々照れ臭いが、手をかざすと暖かな光が放たれ、背中の痛みが和らいだ。本当に魔法が使えるのか。
痛みが無いことを確かめるように、ゆっくりと身体を起こして立ってみた。
暗闇に段々と目が慣れてくると、洞窟のゴツゴツした岩壁に松明らしきものが掛かっているのがわかった。
(少し距離があるけど)
「ファイア!」
やっぱりまだ恥ずかしい。両手を松明へ向けて呪文を唱えると手から火球が飛び出した。
狙い通りに松明に火がつき、周りがパッと明るくなった。その時、道の奥で何かが光るのが一瞬だが見えた気がする。
掛かっていた松明を拾い、道の奥へと進む。何がいるか分からないので慎重に進んでいくと、光の正体がはっきりと見えた。
剣だ。無造作に置かれている、というより捨ててあるような。柄にはまっている赤い宝石が光の正体だった。光ってこっちに来いと導いてくれる。
拾い上げると存外に重い。腰丈よりやや短いくらいの長さで、肉厚な剣身。刃こぼれは多少あるが重さで斬るような剣だから問題は無さそうだ。
何とか片手でも扱えるが、どうにも不安だ。強いモンスターがこの先出ないことを祈ろう。
***
結論から言うと、超楽勝だった。いきなりの展開で申し訳ない。
初めて遭遇したモンスターはブタだった。厳密にはブタっぽい動物だけど、2メートル近い大きさがある。
鑑定スキルでブタのステータスを見ると、「ビッグピッグ」というそのままの名前がついていた。lv.2のHP15とあり、ひとまず俺よりは弱いらしい。
腹も空いていた俺は、松明で牽制しつつ、重い剣を頑張って振りかぶり、豚の首付近を切り裂いた。
ぴぎぃ──
可哀想な断末魔の声を聞き、罪悪感が芽生えたが肉を食べるとそんな想いも吹き飛んだ。
塩気が無いのが残念だが、程よい脂が甘さとなり、少し噛むだけでじゅわっと肉汁が溢れ出す。
lv.が上がりました 3→5
おいおい、そんな簡単に上がって良いのか。豚を倒して肉を食べただけだぞ。
***
それから俺は、水場を見つけてそこを拠点にモンスター狩り。というか豚狩り。この洞窟には豚しかいないらしい。チャリンチャリンとレベルをあげながら、出口を探した。
気付けばレベルは38になっていた。剣に経験値倍加の効果があったらしい。
「誰かいるのか?」
凛々しい女の声が聞こえてきた。離れていたが、掲げている松明の光にその整った顔立ちがはっきりと照らされていた。ブロンドの髪に、碧い瞳。革の鎧には女性らしく華の意匠が施されている。武器は短めの槍のようだ。
(鑑定…)
lv.5
HP: 38/38 MP: 60/60
ATK: 15
DEF: 8
INT: 18
DEX: 15
AGI: 11
LUK: 8
冒険者のくせにまだlv.5か。万が一戦闘になっても余裕だ、雑魚すぎる。
「ここにいる。誰だ」
「依頼を受けてきた者だ。道に迷ったのか?この洞窟は危険だ、熊がいるかもしれない。出口まで案内するから付いてきてくれ」
人がいることに安心したのか、不用心にもずかずかと近付いてくる。先ほどよりもはっきりと美形な顔立ちがよく分かる。
「──エルフなのか?」
尖った特徴的な耳に、陶器のような白い肌。間違いようがない。
「いや、
「み、みみとが…?」
「さっきも言ったが、ここは危険だ。
「あ、あなぶた?ビッグピッグのことか?」
「ここらでは穴豚と呼ばれてる。君の国ではそういう名前なのか」
エルフじゃなくて耳尖族だし、ステータスで見たビッグピッグという名前は穴豚なんて名前だし、もう訳がわからない。
「とにかく、穴豚が食い荒らされてるというので、私が調べにきたという訳だ。ほとんど食べずに食い残しをしてるらしい。余程凶暴な熊なのだろう。さ、こっち──」
途中で言葉がぷつりと切れた。
彼女の掲げる松明の明かりに俺の服が照らされている。つまり、豚の血だらけの。
エルフは松明を投げつけてきたが、かろうじて剣で防いだ。彼女はその隙に俺から離れていた。
「他国からの流れ者か、あるいは間者か。とにかく領主殿に貴様を突き出さねばならん」
鞘から抜かれた短槍には鈍く光る黒い刀身が付いていた。
「大人しく付いてきてもらおうか」
こういうイベントでは、大体偉そうな女がこてんぱんに敗れて主人公に服従する、という言わばお約束がある。ここに来てようやくイベントらしいイベントが起きた事に、俺はいささか興奮を覚えた。
「ファイア!」
エルフの足元を狙って火球を放つ。さすがに人間に向かって撃つのは躊躇われた。これでビビってもらえると助かる。
「レ、レベルを見ろ。俺は38、お前は5だ。HPだって──」
「レベルが何か分からないが、私が未熟者だと言いたいのは分かるぞ。確かに私はまだ半人前だが、貴様に遅れを取るほど弱くはないっ」
話が通じない!レベル5は弱いんだよっ!
今度は鎧を掠めるくらい近くに撃ち込むか。
「ファイア!」
エルフは半身になって火球をかわし、その勢いでこちらに駆け出していた。
いくら相手が弱くても痛いのは嫌だ。
「ファイア!ファイアー!」
連続で繰り出す火球をエルフは顔色一つ変えずに避ける。しかし、跳んで避けたのはマズい。
こちらに向かって一直線に跳んだエルフに向かってファイアを放つ。避けられない、直撃だ。
しかし、火球はそれて岩壁にぶつかってしまった。エルフは当たる瞬間に革の手甲で軌道を変えていたのだ。レベル5の強さとは思えないほど、魔法に慣れている戦い方をしている。
素早く槍を反転させ、石突をこちらへ突き出してくる。それを剣で払おうと思った時には、──既に
俺のHPは800もある。死にはしない。死にはしないが、呼吸ができん──くそ、このままたった一撃で死ぬのか?
「手荒なマネですまない。呼吸は少し休めば楽になる。抵抗はもうしないか」
声が出ないので、何度も力一杯頷いた。
「念の為確認するが、穴豚を殺したのはお前か」
「そ…う…」
「何の為にそんな事を」
「強…なる…ため…」
「強く?」
「けいけ…ち…レベルがあが…」
「豚を倒すと強くなる?」
理解してもらいたい一心でここも力一杯頷いた。
「は…豚…ひひ、豚を倒して強くなるだって?あっははは!」
何がそんなに面白いのかエルフは腹を抱えて笑い始めた。
「豚を倒すのが修行とはな!はー、面白い!聞かせてくれ!!豚だと!!哀れな豚を殺すとどうして強くなれるんだ!?私も真似しようか!」
まだ笑ってやがる。
「豚を倒すと経験値が入るんだ」
「経験値?何だそれ、お前、真面目に言ってるのか」
「真面目だよ!倒す事で戦闘に対する経験が増えて強くなれるんだ」
「じゃあ、屠殺場の主人は最強だな?」
言葉に詰まってしまった。
「豚を殺したところで、上手くなるのは豚の殺し方だけだ。人を殺す練習をしなくては、人を倒すことは出来ない。当然だろう。お前の師匠か、それとも宗教か知らんが、その教えは楽して強くなろうと思う人間には甘言極まるな。弱い者を一方的に殺して強くなれるはずがない」
嘘だ。うそだうそだウソだ!
「俺は強くなった!」
そうだ、試してなかったけどレベルが上がって使える魔法が増えたんだ。
「ギガファイア!」
──しかし何も起こらなかった。
「気の毒になってきたな。豚を倒すと新しい魔法も増える、という話だったのか?ちゃんと学ばないと駄目だぞ、当然だが。さっきから魔法の名前のようなものを唱えてるが、それ魔法学校の試験だけだぞ。実戦でわざわざ魔法名言うやついないからな?避けやすくて助かるが」
「俺はこの世界でもダメな奴なのか」
「さあな。それはお前が死んだ後にみんなが決める事だ。建国の英雄王だろうと、晩年色欲にまみれてれば死んだ後はエロジジイという烙印が押されるだろうよ。その逆も然り。過去は変えられない。この先どう生きるかで変わるだろう、坊ちゃん」
「ん?」
「その辺のガキが魔法学校に通わせてもらえるはずもないし、一応剣も振れてたしな、剣術も習ってるだろ?汚れてるが、よく見れば着てる服も良さそうだ。稽古が嫌になって逃げてきたんだろうが、お前はとても恵まれた環境にいる。お前と同じ年齢で物乞いをする少年や花を売る少女もいる中で、綺麗な格好で学校へ通えるんだからな」
「望んで学校に行く訳じゃない」
つい、前の世界での事を言葉にしてしまった。
「坊ちゃんよ、強くなりたくて、それを叶える為に勉強したり稽古したりしてるんだろ?」
数学や歴史が己を強くしてくれるとは思えない。
「あぁ、国の歴史や魔法の成り立ちなんかは実戦向きじゃないからな、そういうのから逃げてきたクチか。なるほどなるほど」
何も言ってないぞ、俺は。
「苦手だから好きになれない。そして、役に立たないと言い訳して逃げる。よくあることだな。今は分からないかもしれないが、知識は自分を守るため、強くするために必ず役に立つ。歴史を知っているから私は戦火から逃れる事ができたしな」
日本じゃそんな激しい状況にならねぇよ。
「ま、とりあえずここを出て、主人に謝るところから始めよう。ほら、一緒に出るぞ」
***
俺はこの世界でやり直す。通っているらしい魔法学校にもちゃんと行って勉強して、剣術もちゃんと稽古して。
そう思っていたんだが───
抱えた腕の中で子どもがわんわん泣いている。
膝と肘が痛い。でも折れてる様子は無さそうだ。
トラックの兄ちゃんが慌てて降りてくるのが見える。
頬から伝わるアスファルトの暖かさすらも俺におかえりと言ってるような、そんな気がした。
「──ちくしょう」
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