第7話 山梨県① 富士山、富岳風穴


「おはようございます、ミルネ様、喜屋武きゃんさん」


「うむ、おはようなのじゃ!」


「おはようございます」


 昨日はいろいろと疲れたが、箱根の温泉でゆっくりと浸かってぐっすり寝たら、だいぶ元気になった。温泉宿の和食の朝食も美味しかったし、朝風呂の温泉なんて贅沢を味わったりもした。


「それでは早速ですが、移動しましょう。今日は山梨県に行きます」


 昨日は神奈川県を回ったので、今日は山梨県を観光する。


「今日はアンリも一緒じゃったな。それでは2人とも、妾と手を繋ぐのじゃ」


 ミルネさんの右手と左手で俺と喜屋武さんの手を繋ぐ。もしかしたら転移魔法を使う際には手を繋ぐ必要があるのかな。


「それではいくぞ、テレポート!」


 ミルネさんが転移魔法を使った瞬間、昨日と同じように身体がぐにゃりとねじ曲がるような感覚がした。そして天地がどちらを向いているのか分からない感覚に陥った。




「ふう……」


 どうやら無事に目的地に着いたようだ。


「これが転移魔法ですか……」


 喜屋武さんのほうを見ると、少し気分がすぐれなそうだ。乗り物酔いとは少し違った感覚で、たとえようのない感覚なんだよな。俺は昨日何度も経験したし、少し慣れてきたみたいだ。


「大丈夫そうですか?」


「……はい。ですが、少しだけ休ませてください」


「ええ、もちろん」


「タケミツ、この湖は大きいのう! それに後ろの山はとても高いのじゃ!」


「ああ、あれが日本で一番高い山の富士山だ。標高はなんと3776mもあるんだぞ」


「ちょっと、佐藤さん! ミルネ様に対してその口調は……」


「ああ、タケミツには妾が頼んだのじゃ。人がいる前ではさすがにあれじゃが、こうして日本を回っている間くらいは堅苦しい言葉は邪魔なだけじゃ。アンリももっと砕けた口調でよいぞ」


「は、はあ……わかりました。できるだけ善処します」


 さすがにいきなりは難しいみたいだ。俺とは違って、喜屋武さんにとってはかなりの要人だもんな。


「この富士山の周りには5つの大きな湖があるんだ。ここがそのうちのひとつの本栖湖だよ」


 富士山の周りには、河口湖、本栖湖、精進湖しょうじこ西湖さいこ、山中湖という富士五湖がある。


 ここはそのうちのひとつの本栖湖だ。富士五湖の中で一番大きいのは河口湖だが、この本栖湖は水深が一番深く、透明度がもっとも高いと言われている。


 そして俺達が転移魔法によってやってきた中ノ倉峠展望台からの湖面に映った逆さ富士の景色は、千円札の裏のデザインになっている有名な場所でもある。実際にここに来るためには結構な登山道を通ってくる必要があるので、転移魔法さまさまである。


「これは見事な景色じゃ! こちらの世界は自然も豊かなのじゃな!」


「良い眺めです。今日は天気がいいのでとても綺麗に見えますね」


 喜屋武さんも少し復活したらしい。今日は天気もいいし、風もほとんどないから湖面がとても綺麗に見えるな。前に来た時は風が強くて、逆さ富士なんてまったく見えなかったから、俺も今日ここに来れて満足だ。


「それにしても本当に大きな山なのじゃな。富士山か……日本一高い山は山梨県にあると覚えておくぞ」


「ああ〜実はそのあたりはいろいろとあってな。富士山は山梨県と次に行く静岡県との県境にあって、どちらの県にあるとは言えないんだよ」


 そう、これが俗に言う、山梨県民と静岡県民の仁義なき永遠の戦いである富士山はどっちの県なのか問題である!


 ……いや、俗には言わないけどな。だがこの論争は本当に昔から続いているらしいし、今後も決着がつくのかわからない議題でもある。


「表富士や裏富士という言葉を聞いたことはありますけれど、表富士はどちら側なのですか?」


「山梨県に住んでいる人は山梨県から見た富士山を表富士って言うし、静岡県に住んでいる人は静岡県側から見た富士山を表富士って言うんだ」


「なんとまあ……」


 喜屋武さんの気持ちはわかるが、それだけどちらの県も富士山のことを大切に思っているんだよ、きっと!


「ふむ、こちらの世界でも争いはあるんじゃな」


 まあ異世界での争いに比べたらだいぶ小さい問題かもしれないけどな。……いや、当人達からしたら大きな問題か。


「本当は富士山からの景色もとても綺麗で見せてあげたいところだけれど、さすがに標高の問題もあるからまた今度かな」


 一応富士山の山頂まで登ったこともあるけれど、標高差の問題に転移魔法が対応できるのかわからないので、今回はなしになった。箱根とかの標高差ならともかく、3000m級の標高差はどうなるかわからない。それこそ人体実験なんてしないからな!


 ちなみに富士山の山頂にある浅間神社の電話の市外局番は静岡県の……おっとこれ以上はいけない!


「それじゃあ次の場所に行こうか」




「ほう、もしかしてこの洞窟はダンジョンか?」


「残念ながら違うよ。ここは富岳風穴といって富士山の溶岩流で自然にできた洞窟なんだ」


 中ノ倉峠展望台から富岳風穴へとやってきた。富岳風穴は200mほどの長さの自然にできた洞窟として国の天然記念物として登録されている。同様に鳴沢氷穴という場所も天然記念物に登録されている。


 ……というか異世界にはやっぱりダンジョンがあるのか。今度ミルネさんに、そのあたりについて話を聞いてみたいところだ。


「夏でも溶けない氷柱があったり、溶岩の跡なんかもあるんだよね。昔から冷蔵庫としても使われていたり、カイコっていう布を作るための虫を飼っていたりした場所なんだよ」


「そういえば外よりもだいぶ寒いのじゃ」


「こんな場所でカイコを飼っていたのですね」


 氷の壁があったり、氷柱がたくさんあったりと普段見ることができない景色を楽しめた。入場料が数百円でこれなら十分楽しめただろう。

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