第3話 神奈川県① 家系ラーメン


 ピッ


 喜屋武きゃんさんとの連絡を切る。とりあえずは無事に横浜までこれてなによりだ。しかし魔法というものは本当にすごいな。俺達がいたのは東京とはいえ、ここまで一瞬で移動してきたわけか。


 それに今これだけの人の中でいきなり俺とミルネ様が現れたというのに、誰も何も反応しない。これはミルネ様の隠密魔法の力のおかげらしい。なにやらその魔法をかけた人はそこに存在するが、周りの人に認識されなくなるらしい。


 完全に見えなくなるというわけではなく、そこにいるのにいないように扱われるらしい。その証拠に、道を行き交う人達は俺達にぶつからずに歩いている。転移魔法に翻訳魔法に隠密魔法、ファンタジーの世界って本当にすごいな。某ネコ型ロボットの秘密道具みたいだ。


「大変お待たせしました。それではご案内させていただきます」


「……ここまでくればもういいかのう」


「えっ?」


「はあ〜窮屈だったのじゃ! タケミツと言ったな、お主も砕けた口調でいいからな。様付けとか面倒なのはいらんからのう!」


「………………」


 どうやらミルネ様は猫をかぶっていたらしい。


「ええ〜と、ミルネ……さん? 本当にいろいろと大丈夫なんですか?」


「別に聞かれたとしてもたいした問題はないのじゃ。第五王女などと言っても、継承権などほぼないし、いてもいなくても変わらない存在じゃからな。下手をしたら友好条約の人質として差し出されたも同然じゃ」


「………………」


 いきなりぶっちゃけてきたな……


 正直に言うと、お互いに留学生を送り合うにしても、ミルネさんのようなまだ幼い子供を送るのはどうかと思っていたが、向こうにもいろいろと事情があるようだ。


「じゃが、せっかく別の世界に来れたのじゃから、楽しませてもらうとしよう! タケミツも堅苦しいのはいらんからのう」


「……まあ、少しずつ慣れていくよ」


 さっきまでお姫様だった印象がだいぶ変わったな。あといきなり外国人の容姿で日本語を流暢に話すからびっくりだ。すごいな翻訳魔法……


「それにしてもすごい人なのじゃ! それと本当に黒い髪と瞳の人が大半なのじゃな」


「ミルネさんの世界だと、みんなミルネさんみたいな綺麗な金色の髪をしているの?」

 

「ふむ、もうお世辞とかはいらんぞ。そうじゃな、他の国じゃとわからないが、妾の国では大半が金髪じゃな」


 ……髪が綺麗だと言ったのは、別にお世辞ではなかったんだけどな。


「ここが横浜なのか! 中華街とか赤レンガというのが有名だと聞いたのじゃ!」


 どうやら多少は日本のことを勉強しているらしい。


「ああ〜実はそのあたりは横浜駅にはないんだよね。少し離れた場所にあるんだよ」


「なにっ!? 横浜駅なのにか?」


 そう、横浜は観光地として有名だが、実は横浜駅には何もないのだ。横浜で有名なみなとみらいは桜木町駅、中華街は元町中華街駅にあるのだ。


 地元あるあるなのだが、神奈川県以外の人が指す横浜は大体はみなとみらい周辺のことだが、この辺りに住む人達が指すのは横浜駅になる。ちなみに他の県へ行った時に出身地はどこかと聞かれたら、神奈川県ではなく横浜と答える。ぶっちゃけそっちのほうが神奈川県というよりも知名度があるんだよね。


 さて、なぜ最初に何もない横浜駅に来たのかというと、まずはここで腹ごしらえをするためだ。


「まずはお昼を食べよう。少し歩くけれど大丈夫?」


「うむ、もちろんなのじゃ」


 横浜駅から10分ほど歩いて目的の店へと到着する。平日だというのに相変わらずすごい並びだ。この店は毎日のように長い行列ができている有名店だ。とはいえ客席は多くて回転は早いので、意外と早く順番は回ってくる。……それでも30分くらいは待つんだけどな。


「すごい行列じゃな……」


「これくらいだと30分くらいは待つかな。これでも少ないほうなんだよ。……隠密魔法で割り込みとかできるの?」


「たぶんできるとは思うがやらんぞ。王族がそんな恥ずかしことをできるわけないのじゃ!」


「いや、聞いてみただけだよ。むしろやろうとしていたら止めようとしていたから!」


 どうやら良識のあるお姫様らしい。少なくともこちらの世界のルールは守ってくれるようだ。列の最後に並び、異世界の食事事情を聞いたり、こちらの世界の食事事情を話したりしながら順番を待った。




「ほお〜これがラーメンという食べ物なのじゃな。いい匂いがしてとても美味しそうじゃ!」


「ああ、これが横浜発祥の家系ラーメンってやつだ。熱いから気をつけて食べてくれ」


「わかったのじゃ!」


 ここは家系ラーメン発祥とされている某有名店。そんなお店に並ぶこと30分、ようやく席に案内されて待ちに待った注文していた料理がきた。


 異世界から来たお姫様にいきなり家系ラーメンはハードルが高いかもしれないが、神奈川県を案内する上では欠かすことができないご当地グルメだ。


 ラーメンは初めてだが、一応事前にこちらの世界の料理は何度か食べているようだし、すでに箸も使えるらしい。昨日喜屋武さんに今日の予定を伝えた時に何も言われなかったから、特に問題はないだろう。


 お好みはすべて普通にした。個人的には家系といえば硬め濃いめなのだが、初めてなら普通で問題ないだろう。家系ラーメンは味が濃くて油も多いので、スープが麺に染み込みやすい。そのため麺を伸び難くするために硬めが良いと言われている。


 だが、そのあたりは本当に個人の好みの問題だから、その人が美味しいと思ったものを食べれば良いのだ。……好みについては本気で論争に発展するから、他人の好みを否定するのはダメ、絶対!


「おおっ、なんじゃこれは!? 美味すぎるぞ!!」


 初めはそのスープの色に難色を示していたミルネさんだが、一口食べると一気に表情を変えて家系ラーメンを食べ始めた。ミルネさんの世界では日本と比べると食文化が発展していないそうなので、そんな人がいきなりこのラーメンを食べたらこうなるのは当然か。


「うん、やっぱりうまい!」


 豚骨と鶏ガラをベースに醤油ダレと鶏油を加えた濃厚なスープが太めの麺に絡み、弾力のある麺は食べ応え抜群である。そして家系ラーメンに欠かせない海苔やほうれん草を少しずつ麺と一緒に食べていく。ここのお店のチャーシューは柔らかくてスモーキーな独特の味がしてとても美味いんだよね〜


「妾の国にも麺料理はあるが、全然違うのじゃ! 濃厚でコクと香りがあるスープ……こんなに美味しい料理は今まで食べたことがないのじゃ!」


 ……ラーメン屋さんの店員さんもそこまで言ってくれれば本望だろう。それにしても本当に美味しそうに食べてくれるな。美人な女性はラーメンを食べている姿まで綺麗に見えるから不思議である。


 しかしひとつだけ悲しいことがある……本来ならば、チャーシュー麺にライスを付けてほうれん草を追加でトッピングするところなのだが、今日は他にもまだ食べる物があるため、注文したのは普通のラーメンで、しかも麺を少なめにして頼んでいる。


 もうこの店だけでお腹いっぱい食べたいと思ってしまうよ。

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