第9話 「解散」

「はぁっ…!はぁっ…!」


 地下祭壇を後にして、森の中を駆け抜けていく。コルネーも徐々に衰弱していっていて、少しの猶予も許されない状況だ。一刻も早くこのエルフの森から脱出して、コルネーを療養しなくてはならない。


「おまえら!何か大事なことを忘れてないかにゃ!?」

「大事ことって何がだよ!?」

「お前にとって一番大事な事だにゃ!あたしはお前を逃がすために自ら犠牲になったんだにゃ!?」

「犠牲って何を言って…」


 そう言いかけたところで、ふと一つの記憶が頭をよぎった。

 そうだ。あの時俺は、スライムに言われるがままにあの場から逃げ出したんだ。逃げ出したと言っても、スライムに命令されるがままに走っただけなのだけども。


「もうそろそろ向こうのあたしもヤバいはずだにゃ!早くしないとせっかく築きあげたあたしのビッグな体も全部パァにゃ!またちっさなスライムに逆戻りになっちゃうにゃあ!」

「……それでも良いんじゃないか?」

「ふざけんにゃあ!!!」


 血が滲むほどつねられた。どうやらスライムは本気で怒っているらしい。一応俺も助けられた身ではあるので、恩を無碍にしないためにも急いで元いたスライムの場所へと戻っていく。


「感じるにゃ感じるにゃあ…!あのエルフめ…。存外苦戦しているようだにゃ…!もう一匹のあたしも頑張っているようだにゃ…!」

「よし、手っ取り早く片付けるぞ!」


 剣を抜いて稲妻を剣に纏わせる。魔力は十分。後は、エルフを見つけて全力でぶっ放すだけだ。


「いたにゃ!」


 スライムが叫ぶ。続いて俺もその姿を認めると、剣を振り上げて、勢いよく振り下ろした。

 稲妻を纏ったレーザーが勢いよくエルフへ向かって飛んでいく。油断していたであろうエルフは、突如現れた不意の襲撃に成す術無くその身を焼くのだった。


「ぐぁっ…!!くっ…!まだ敵がいたか…!」


 オークの背にしがみ付いて敵との距離を詰める。オークの踏み出す一歩の大きさと、その巨体を生かした力強い走りは、味方とあらば頼もしいことこの上ない。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛」

「オ、オーク…!!?」


 振り下ろした拳が大地を穿つ。エルフのリーダーは寸でのところでかわしてみせたけど、その表情には焦りの色が見て取れる。


「貴様…。あの時捕らえたオークか…!くそっ…!人間の姿が見えなくなったと思ったら忌々しい真似を…!」


 エルフが怒りを露わにしている。せっかく捕らえた人間が、他の捕虜と一緒に脱出したのだ。怒るのも当然と言えば当然であろう。


「貴様ら侵略者は、我々から住処を、仲間を、尊厳をも奪い去っていく…。貴様らの望みは一体何なんだ!?何故我らを迫害する!?我々が貴様らの何を傷つけたというのだ!!?」

「な、何を言って……」


 エルフの怒りは留まることを知らない。それどころか、訳の分からないことを喚いて俺たちを責め立てている。


「周りを見るがいいッ!!!これらはすべて貴様らが成した事だッ!!!木々を焼き、同胞を殺し、我々のすべてを破壊していく…!残された者も皆奴隷商人に攫われる始末だ!!」


 エルフは叫ぶ。


「住処を追われ、それでも生き延びた者と静かに過ごそうとできる限りのことをしてるというのに…!それでも貴様らはッ…!」


 涙をにじませながらエルフは剣を構える。その眼には悲壮な決意が見えていた。


「うああああああああああああああああああああああっっ!!!」


 エルフが俺に向かって突進してきている。しかし、その玉砕覚悟の突撃もあえなく阻まれることとなった。


 キンッ!


 顔の横を掠めた金属片がエルフの剣を弾き飛ばす。そして、丸太ともいえるような太い物体がエルフの体を貫いた。

 ずるりとその青いゼリー状の物体がエルフの身体から引き抜かれる。身体に大きな風穴をエルフは開けたエルフは力なく倒れると、あえなく絶命した。


 沈黙が流れる。何とも言えないような微妙な雰囲気に、俺たちはただ黙って佇むしかなかった。エルフたちは理由があってここにいた。それを俺たちは訳も分からず荒らしたのかもしれない。そう思うと心が痛むようだった。


「さあ、行くにゃ」


 スライムに言われるがままにこの場を後にする。辺りにはスライムが殺したであろうエルフの亡骸が無数に転がっていた。どれも激しい裂傷に体を切り裂かれていて、戦闘の激しさを窺わせる。たった一匹でこれだけの数を相手に戦っていたのだから、スライムの戦闘能力の高さに驚かせられてしまう。ザコ敵の代名詞ともいえるスライムだけど、これはいま一度考え直さなければならないだろう。


 ちょっとした好奇心がエルフの怒りに触れ、そして滅ぼしてしまった。その事実を胸に、俺たちはこの森を後にした。




…………




「あたしの身体から抽出したマジックポーションにゃ。こいつを飲ませるにゃ」

「………。効くのか?それ」

「分かんないにゃ。溶けたエルフの残りカスをさらに絞って抽出したものだから、あまり効かないかもしれないにゃ」

「………。まぁ、ないよりはマシか」


 葉っぱの皿にちょこんと乗せられた奇妙な液体をコルネーの口に流し込む。心なしか、コルネーの少し表情が和らいだように思えた。こんなものでも一応効きはするのだろう。スライムの心遣いには感謝しなくちゃいけないな。


「すまないな。初めて会った俺らのためにこんなに良くしてもらって」

「友達を助けてもらったお礼にゃ。礼には及ばんにゃ」

「だがぁ、こいつはかなり弱ってるようだぞ?精子でも飲ませてやったらどうだぁ?」

「こ、こんな状況でできるかよ!!」

「こいつってサキュバスなんだよにゃ?だったら、サキュバス娼館で休ませるのはどうかにゃ?」

「あぁ、確かにあそこだったら衰弱したサキュバスの蘇生方法もあるかもなぁ。それがいいかもしんねえなぁ」

「そうと決まれば早速連れてくにゃ!ちょっと苦しいかもしれないけど、我慢するにゃあ♪」


 そう言ってスライムは自身の身体メアリーを取り込むと、ぷるぷると体を揺らして去って行った。


「それじゃあ、行ってくるにゃあ!ニンゲンも安心してゆっくりと休むといいにゃ!」

「すまないな、何から何まで…」

「気にするにゃ!そのうちまたオマエに手伝ってもらうにゃ!」


 そう言ってスライムは闇夜の中に消えていった。後に残ったのは緑色の身体をした巨人と俺だけだ。オークはどこか上の空とした様子でボーっと虚空を見つめている。やっぱり変な奴だ。戦闘になった時の迫力はすごいのだけど。


 なんだか気まずい感じがする。何か適当に話を振ろうと、俺はオークに声をかけた。


「な、なぁ。お前はこれからどうするつもりだ?」

「んぁ?別にどうするつもりもねえべ。また交易都市に行って物乞いでもするか、妖精の村に行って隠居するがだなぁ」

「……本当にオークかお前……」


 とてもオークとは思えないほどの言動に思わずあきれ返ってしまう。もっとこう、オークとは粗野で乱暴なものだと思ってたけど、こうものんびりされると本当にこいつはオークなのかと疑わずにはいられない。


「……なぁ、本当にオークなのか?おまえ…」

「あったりめえだぁ。まぁ、オラもこんな性格だから群れを追い出されたんだがなぁ。オラもあいつらとは馬が合わなかったから別にええがな」


 そう言ってオークはのっそりと立ち上がった。


「んじゃあ、オラはここで失礼するど。またなぁ、ニンゲン」


 のっしのっしとオークは去っていく。そうして、再び俺は一人になった。


 一度目は、俺がパーティから追放されて一人になった。そして、今度は皆が俺の元からパーティーを去っていった。去っていったとはいっても、それぞれに事情があるのだから仕方ないのだけど。そうは言っても、どこか遣る瀬無いような気持ちが確かにあった。俺はそういう星の下に生まれているのかもしれない。そう思った。


「結局こうなるのかぁ……」


 焚き火を背に横になる。夜が更けたらアングラへ戻ろう。そう思いながら目を閉じた。短いけど楽しい旅だったな。そうして、俺の短い冒険はここで終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る