第4話 魔導キメラ

 覆面ふくめんをした大男。

 その姿を一言で表すなら、そう言えるだろうか。

 だが、それだけではこの者たちの異様は伝えきれない。

 ざっと十体ほどはいた。


 背丈は俺を見下ろせるほど大きく、横幅はそれ以上に巨体だった。

 骨格は、ヒトのそれとは微妙に異なっている。

 腕も脚も木の枝のように節くれだち、幾つも関節があるようだった。

 胴体は基本的にずんぐりとした曲線を描いているが、個体によって微妙にフォルムが異なり、まるでヒトの身体をいくつも継ぎはぎしたような、不格好さがあった。

 顔は黒い面紗めんさで覆われ、全身も黒ずくめだ。


 魔王軍と戦っていたときは、醜悪しゅうあくな姿の妖魔を数多く相手取ったが、それとは異なる不気味さがあった。

 妖魔は露骨な邪悪さを感じる存在だったが、この者たちと対峙すると、底知れない闇を見ているような不安が湧く。

 何より異様なのは、彼らからなんの感情も、殺気も闘気も感じられないことだった。

 人を模そうとして失敗した人形、とでも評すればいいだろうか。


 どこか滑稽こっけいとも思える姿だが、その動きは巨体に似合わない素早さだった。

 そして、ただの人形と表現するには、あまりにいびつで禍々しい何かがあった。


 この部屋に踏み込む前から感じていた不穏な予兆は、こいつらが原因だろう。

 それをもっとも強く感じていたはずのシャンナは、呆然と彼らを見つめている。

 先ほどハイカルが発した謎めいた言葉も、彼女を混乱させているようだった。


「シャンナ、下がっていてくれ」

「しっかりしろ。あんな男の言葉に惑わされるな」


 俺とイブナはほとんど同時に彼女に声をかけ、かばうように立つ。

 呆然自失としながらも、シャンナはよろけながら扉の手前まで下がった。


 さいわい、ハイカルはシャンナの存在に執着している。

 こう言っては悪いが、彼女をかばうことを考えず、全力で戦えるのはありがたかった。


「……マハトさん、姉様。どうか気をつけて」


 シャンナはか細い声で、そう告げるのが精いっぱいの様子だった。

 俺は口の端を上げてうなずいた。

 ちらりと横を向けば、イブナも同じ表情だ。


「安心しろ。おまえの姉が横にいてくれるなら、負ける気がしない」

「ああ。少々不気味なやからだが、あんな魂もないような者たち、すぐに片付けてやる」


 言葉ほど油断はない。

 相手には殺気もない代わり、隙も見出せない。

 何より、どんな動きをしてくるのか予測がつかなかった。


「……イブナ。二人で各個撃破するぞ」

「ああ。まずは正面のヤツでいいな?」


 イブナとささやきかわす。

 言葉はそれだけで十分だった。


 二人同時、地を蹴る。

 彼らの動きは見かけよりも素早いが、俺たち二人のほうがなお速い。

 周囲を異形たちに囲まれる形になるが、ただ一体のみを目標に定め、間を詰めた。


 彼らが俺たちに向け、一斉に手をかざすのが視界の端に映った。

 それとほぼ同時、あらゆる攻撃魔術が繰り出される。

 業火が唸り、風の刃が空気を切り裂いた。


 ――速い!?


 術の詠唱も予備動作もない、異常な速さだった。

 高位の魔族でも、こんな速度で魔術を行使できるものはいないはずだ。


 だが、狙いはやや単調だった。

 フェイントは存在せず、すべての術がまっすぐ俺たちのいる場に向かって飛来する。


 俺とイブナは息をそろえ、繰り出された術をすべて避け、かわした。

 先ほど一度この身に受けたのでなければ、すべて見切るのは不可能だっただろう。


 息をつく間もなく、さらに相手に迫る。

 と、相手はその巨体の身の丈ほどもある、鉄製らしき無骨な棍を両手にかまえた。

 懐から、というより体内から取り出したように見えた。

 腕が突如伸びたような錯覚を抱く。

 まだこちらの剣が届くはるか間合いの外から、相手はふしくれだった腕を振り上げた。


「……くっ」


 風がうなる。人間ではあり得ない動きで、棍が俺の頭上に迫った。

 紙一重。よけるともなくかわしていた。軌道をそれた棍が固いタイルの地面をえぐった。

 床の破片が飛び散り、衝撃が一瞬、俺の足を止めた。


 空振りになった棍がすかさず、横なぎの一撃に変わる。

 来る――と思ったが一撃はこちらをそれ、イブナへと伸びた。

 イブナは身をかがめ、それを避ける。

 不意の一撃だったが、即座に反応したのはさすがだった。


 再び棍は空中で軌道を変えた。斜め上から振り下ろされる。

 俺とイブナは同時に跳んで避けた。

 鉄の棍が、まるで鞭のようにしなり、縦横から襲い掛かる。

 直撃すれば、骨が砕けるのは避けられないだろう。

 間断のない連続攻撃に、俺たちはなかなか相手の間合いに踏み込めずにいた。

 そうするあいだに、ほかの相手も同様に棍を手にし、こちらに迫ってきた。


「無理に踏み込むな。相手の動きを見極めるのに集中しろ」


 イブナが俺にささやきかけた。

 これだけの攻撃を繰り出しながら、相手からは気負いも殺気も感じられない。


 だが、となりにいるイブナの呼吸は伝わる。

 彼女の鼓動が、吐息が、体躯の動きが手に取るように分かった。

 言葉をかわさずとも、意志が通じ合う。

 自然、心身を出し尽くし、組み打った記憶がよみがえった。


 気が澄んでいく。不思議と、俺たちの周囲から繰り出される攻撃がゆっくりと感じられた。

 俺たちは互いの死角を補い合い、動きを補う。

 迫りくる棍が、恐ろしいものではなくなかった。

 すべての攻撃の二手、三手先が読める気がする。

 一人で戦っていたなら、こんなふうに心気が研ぎ澄まされることもなかっただろう。


 ――一歩、下がれ。


 イブナは目線だけで、俺にそう伝えた。

 俺は微かにうなずき、それに従う。

 すべての攻撃がイブナに集中し、彼女はそれを避けた。


 ほんの一刹那、俺は相手の間合いから遠ざかった。

 一手だけ、イブナがおとりになる格好だった。

 その瞬間を逃さず、一息で距離を詰めた。


 すれ違いざま、一体の胴を薙ぎ払う。

 腐肉を斬ったような、嫌な感触がした。


 相手は膝から崩れ落ちた……かに見えた。

 俺が与えた切り口から、奇怪な黒い霧のようなものが飛び散る。

 その直後、相手は何事もなかったかのように立ち上がった。

 傷口は、ふさがっていた。


「……バカな」


 信じがたい光景に、目を疑った。

 だが、ぼんやりとしている間はない。

 巨体が、再び棍を手に迫ってきた。


『素晴らしい動きだ。個々の力量もさることながら、連携が見事だ』


 そのとき、どこからかハイカルの声が聞こえた。

 声はくぐもり、部屋全体が喋っているかのような、奇妙な聞こえ方だった。


「……ハイカル!」

『君たちのお陰で、実に良いデータが取れそうだ。簡単には倒れないでくれたまえよ。軍の連中が相手では、兵を殺してはいけない、大きな怪我も負わせるな、とうるさくてロクな実験にならないからな』


 声は饒舌じょうぜつに喋りつづけた。

 余裕たっぷりな、あの男の表情が見えるようだった。


「……こいつらはいったいなんだ?」


 イブナが問う。その声はハイカルにも届いているらしい。


『魔導キメラ、と仮に私は名付けた』

「……魔導、キメラ」

『そうとも。まだ試作品だがな』


 キメラというのは、獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尾を持つ魔獣の一種だ。

 魔獣の中でも特に複雑怪奇な生命体と言える存在だ。

 複数の生物を掛け合わせたような魔獣……。


 ――まさか、こいつらの正体は……。


 イブナも俺と同時に思い至っていた。

 瞳に、憤怒ふんぬの炎が宿る。


「……キサマ、許さん!」


 ちらりとシャンナのほうを振り向く。

 彼女は、俺たちよりも早く気づいていたのだろう。

 呆然としながらも、表情を大きく変えてはいなかった。

 ハイカルは、俺たちの怒りなど意に介さずに続けた。


『我が研究室を無茶苦茶にしてくれた代償は、きっちり払いたまえ。君たちの戦いはすべて記録を取らせてもらうとしよう』


 その言葉に応じるように、魔導キメラと呼ばれた者たちは、俺たちへの攻撃を再開した。

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