第3話 信じては……もらえないよね
何がなんだかわからずにいた俺に、月岬は色々と話し始めた。
そう、色々……正直、話の大半は頭に入ってこなかったが、どうもこういう話みたいだ。
月岬は、とある神様に仕える『巫女』らしい。
――こいつ、高校生にもなってまだ中二病を患っているようだ。というか、男でも「巫女」なのだろうか。
その神様のために、やらなきゃいけないことがある。でも、自分一人ではできない。だから協力者を探しているらしい。
――そんなこと、先に言えよ。
でも、そんな話をしても誰も信じてくれず、協力してくれる人もいなかった。
――まあ、そうだろうな。
だから、説明もなしに俺を連れ出し、後で説明しようと思ってた。
――なぜ、そうなる。
「こんなことになって、すまないと思ってる」
月岬は、本当にすまなそうに唇をかみ、俺を上目遣いで見つめている。
「んー、よく分からないな。『こんなこと』って、どんなことだ?」
「キミを死なせてしまった」
再びの沈黙。
俺は自分の顔を触り、体を触り、手足を眺めた。
確かな質感。体が透き通っているわけでもない。
「いや、生きてる。死んでないぞ」
「いや、それは」
「オーケーオーケー」
何か言おうとした月岬を制する。
「で、その神様って誰で、お前は何をやらなきゃいけないんだ?」
その質問に、月岬は少し困った表情を見せたが、ふっと息をつくと、俺を真正面に見据えた。
切れ長の目の中から覗く、透き通るような黒い瞳。思わずドキッとする。
「
月読尊。日本神話の三貴神の一柱。
「……いや、ツクヨミって、忘れ去られたも何も、知ってる人のほうが多いだろ」
「じゃあキミは、どんな神様か知ってるの、かな」
「イザナギが天の安川で禊したときに、右目だか左目だかから生まれた一柱で、夜の世界を治めるように命じられた神様……だったっけ」
それなりには知っている。それなりにだが。
「それで?」
月岬が先を促す。でも、促されたところで、それ以上は出てこない。
「それでって、それくらいだけど、これじゃ足りないのか? 日本神話に出てくる神様なんて、アマテラスとスサノヲ、オオクニヌシ以外、だいたいそんなもんだろ」
確かに、『三貴神』などと称される神様にしちゃ随分と寂しいが、まあ世の中そんなもんだ。
もんだろ?
「違う、違うんだ」
月岬は、悲しげな表情で顔を左右に振った。
「何が違うんだよ」
「ヤマタノヲロチを成敗した神様、知ってる、かな」
「スサノヲだろ」
「月読尊様、だよ」
……
「お前の世界線ではそうなのか?」
俺の知っている話とは違うようだ。こいつは別世界にでも住んでいたんだろうか。
「世界線とか、そういうのではないんだ。話を変えられている。すべての元凶は『古事記』にある。月読尊様は千三百年前に、その存在を『改変』されてしまったんだ」
月岬は、どこか縋るような眼を俺に向けている。
分かって欲しい……そんな目。
俺を騙そうとか担ごうとか揶揄おうって目じゃない。
「おーけーおーけー。仮にそうだとして、ヤマタノヲロチを倒したのがスサノヲだろうがそうでなかろうが、俺には関係ない」
だからこそ、俺は強く思った。
――関わっちゃダメだ。
ファンタジーとリアルの区別がついてないんだ、こいつ。いわゆる、逝っちゃってる系。不思議ちゃんとか、そんなレベルじゃあない。
「ボクに協力してくれない、かな」
懇願。どこか悲壮な香り。
ちょっとだけ可哀想に思った。
ちょっとだけ。
いろんな奴に、こんな話をしてきたんだろうか?
「悪いけど、無理だ」
「お願い、もう少しだけでも」
「他をあたってくれ」
「そうしてきた。でも、誰も相手にしてくれない、んだ」
そりゃそうだろ。ゲームやアニメの話ならまだしも、真面目にそんな話されたら、不気味がられるにきまってる。
「もう高三だ。受験生だぞ。そんな暇ない」
というか、そうか、わかったぞ。俺の知らないゲームかアニメの中の話なんだな。こいつの『推し神様』がツクヨミだとかか?
ったく……推し活なら自分だけでやってくれ。
「もう一度、あの場所に行ってくれれば」
月岬が手を伸ばし、俺の腕をつかむ。
月岬の、ほんのり薄紅に艶やく唇が、さらに何かを訴えようとして――
俺はその手を振り払った。
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