隠れの神の男装巫女さま
たいらごう
第一部
第1話 離れてはだめって言ったのに
世の中には二つのものがある。
関わらなくていいものと、そして、関わってはいけないもの。
これ、絶対関わっちゃいけないものだったんだ……
薄暗い小屋の中、俺はその隅に必死になって縮こまり、外でガシャガシャと大きな物音を出している連中に見つからないよう、息をひそめた。
なぜ、俺が、襲われなきゃいけない!?
俺はその辺にいるフツーの高校生でしかない。
それがいきなりわけのわからない場所に連れてこられ、挙句の果てには、こん棒を持った不気味な奴らに襲われる羽目になっている。
あいつの、あいつの仕業だ。
だいたい、高校のしかも三年生になっていきなり「転校生」だとか、おかしいと思ったんだよ。
しかもメリーのやつ――剣道部の顧問である
だいたい、見た目からしてアヤシかった。
うちの高校は男子校だ。野暮ったい連中ばかり。ファッションなどという言葉は、一部の連中のみにしか縁のないもの。
なのにあいつときたら……
少し癖のある短い黒髪――いや、それはいい、それは。
通った鼻筋、すっきりと下あごのライン、肌は透き通るように白く、薄い唇はほんのり薄紅に艶やいていた。切れ長の目の上には長く整ったまつげ。
『イケメン』というよりは……なんていうか、そう、『男装の麗人』って感じ。いや、着ているものは白いシャツと黒いズボンという、うちの制服なんだが。でも、女性だと言われたらそうかと納得するほど。
そのせいで、そう、まさにそのせいで俺はこんな理不尽な状況に置かれている。
なぜだ?
自業自得だ……
俺のバカ!
「え、なんか、かわいいんじゃね?」とか思った俺のバカ!
叫びたいのをぐっと我慢して、物陰に身をひそめる。いや、さっきからずっとひそめっぱなしなんだが。
冷静になれ。冷静になって今の状況を分析しろ、俺。
ここはどこだ?
ボロボロの掘っ建て小屋の中だ。
薄暗くて何があるのかよく見えないが、俺のそばには樽がいくつか置いてある。その隙間に隠れて、もう何分経っただろう。
ふっと息をつく。
よくわからないが、大勢の不気味な連中に追いかけられた。
みな、ボロボロの服を着て、胴には木の板のようなものを並べて巻いていた。いわば「鎧」なのだろう。
頭にはヘルメットのようなもの。左手には木の板――盾っぽい。そして右手には、こん棒。
こん棒って……
おかしい。マジで。
ここは、俺んちから歩いて五分とかからない神社のはず、だ。
平和主義の法治国家日本の、大都市の近郊にあるベッドタウン。案外、田舎。日がな、周辺の人々が犬の散歩をしているだけの、のどかな……
決してこんな物騒な場所じゃない。
断じて。
もう、ほんと、まじで、ここ、どこ?
件の転校生に「案内してほしいところがあるんだ」と言われ連れてきた、俺んちの近所の神社、のはずなんだ。なんだよ……
俺に向かってきたやつらは、幸運にも俺を見失っていたようだ。しばらくして、外の物音が聞こえなくなった。
この小屋に入るところを見られていたら、今頃惨劇だっただろう……
おそるおそる掘っ立て小屋を出てあたりを見回す。あたりが薄暗いのは変わらずだ。
五月、日の入りは遅く、本当ならまだ太陽が空にあるはずの時間なのに、全く見えない。しかし夜ではない。星も月も見えていない。その気配すらない。
もちろん、あるべきはずの神社の建物も、ない。
「どこだよ、ここ……」
まったく見覚えのない場所に、俺は立っている。
「どうしてこうなった」
転校生を神社に連れて行った。OK。行った行った、確かに行った。まちがっちゃいない。
神社の本殿の前につくなりあいつはその本殿には見向きもせず、脇殿を片っ端から見始めた。しかし、どうもその中にはお目当てのものはなかったらしい。
そのあと神社の敷地内をまさに隈なく探し回り、そしてその中でも端の端の端にあった小さな社の前に立つと「あった」と小さくつぶやいたのだ。
本当に小さい、犬小屋ほどの大きさ。
『一緒に来てくれない、かな?』
あの時の、転校生の上目遣い。あれに騙された。
『いいけど、どこに?』
差し出された手を、なぜかドキドキしながら握り返し――相手は男だったのに! 俺のバカ! バカバカバカ!
予想してなかったほどの力で引っ張られたのは覚えている。
でだ。
気が付くとこの状況。
なぜだ!?
「わかんねぇ……」
帰り道がわからない。というかそもそも帰れるのかすらわからない。あたりは暗く、遠くに何があるかも見えないのだ。
とりあえず、危険は去ったようだと振り返ったその視線の先――
大男。デカい。さっきまで俺を追いかけていた連中と明らかに違うのは、大男はほぼ裸の格好で、腰に布を巻いているだけ。そして――俺よりも大きな木の棒を持っている。こん棒とかいうレベルではない。きっと「丸太」と言ったほうが良いんだろうな。
しかしだ、しかし、問題はそこじゃなかった。
大男。確かに大男だ。筋肉もりもり。身長は俺の二倍ほどあるんじゃなかろうか。
身長はいい。そんな奴もいるかもしれない。
問題は別にあった。
胸が裂け、肋骨が内側から外へと飛び出している。
顔は、頬の肉が削げ落ち、歯がむき出し。目は……眼球がなく空洞になっていた。
ああ、なるほど、これは最新型のVRゲーム機の中なんだ。きっとそうだ。そうに違いない……
そんなことを考えながら、その大男が丸太を振りかぶり、俺へ向けて振り下ろすのをただ眺めていた。
※ ※
骨の砕ける音、肉がつぶれる感覚。
およそ経験したくないものの盛り合わせ。
そこに別の感触が割り込んでくる。
柔らかく、少し湿り気を帯びていて――俺の唇に触れている。口の中から鼻に抜けるように、柑橘系の香りが漂う。
目を、開けた。
視界をふさぐ、影。
「戻った、かな」
少しハスキーさを含んだ声。
俺の顔の真ん前にあった影が、俺から離れる――
横たわった俺の体にまたがって、月岬佳弥が、俺を見下ろしていた。
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