第2話 神尾乃慧流というロリコン

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 神尾かみお 乃慧流のえるはお嬢様だった。父親は大手銀行勤務。母親は日英のハーフモデル。自身も星花女子学園の菊花寮という成績優秀者のみが入れる単身寮に入っている高校2年生だ。

 魅力的な体型で背も高く、おまけにテニスやゴルフなどのスポーツもできる美少女。

 そんな一見完璧に見える彼女だったが、一つだけ明確に『残念』な部分があった。──それは……。


「本日は4月に入って初めての登校日! 卒業生が旅立ち、そ・し・て! ……うふっ、ふふふふふっ」


 制服に着替えカバンを持って準備万端の乃慧流は、寮の廊下で気持ちの悪い笑い声を発している。周囲の生徒に引かれても、なお乃慧流のニヤニヤは止まらない。


「ちっちゃくて可愛くてピュアピュアな中学1年生が入学してくるんですのよ? まさにロリの花園! ロリ放題! ロリビュッフェですわぁ……!」


 ──ピピーッ!


 突如として廊下に響き渡るホイッスルの音色。


「はいアウトですアウト! 新入生を食べようとしないでください! ……もう、しばらく私がこのロリコンを見張ってないといけませんかね!」


 腰に手を当てながらそう口にしたのは、風紀委員の喜友名きゆな 梨乃りの。新学期で荒ぶる学生を取り締まるべく、朝から竹刀を手に気合十分だ。


「もーう、ただでさえ最初の登校日は中学デビュー高校デビューを目論むおバカさんたちのせいで風紀委員は大忙しなのに!」

「まあ、梨乃さんも大変ですわねぇ」

「誰のせいだとっ……! と、とにかく、さっさと教室に向かってください。1日目は皆さん教室が変わって迷いますから」

「仕方ありませんわねー」



 こうして乃慧流と梨乃は仲良く寮を出て高等部の校舎に向かおうとした。……のだが。


「はいどうもー! ゆうちゃんねるのお時間だよ! 今回は入学スペシャルということで、新たに星花女子学園に入学した中学生のみんなとコラボしちゃうよー?」


 聴衆に囲まれながら校門脇の花壇の上に立ち、自撮り棒を片手に騒いでいるのは、同じく高校2年生になった……確か津辺つべ 侑卯菜ゆうなとかいう生徒だ。ちなみにチャンネル登録者数うん万のYouTuberでもある。髪色も入学式にふさわしい(?)真っピンクに染めて、存在自体がうるさいことこの上ない。


「あれ、ゆうちゃんじゃね?」

「うそマジ? あたし生で初めて見るかも!」

「うわぁぁぁっ! 星花に入学してよかったぁぁぁっ!」


 早速彼女の周りには新入生の人だかりができ、通行の邪魔になっている。バカは高いところに登りたがるというが、さすがに他の新入生に迷惑なので梨乃がホイッスルを吹きながら止めに入る。


 ピピーッ!!


「こらー! そこのピンク髪! 危ないからさっさと花壇から下りなさーい! あと許可なく撮影するなー!」

「うわ、やばっ! 風紀委員だ! 逃げろー!」

「待てー! こらー!」


 早速追いかけっこが始まり、乃慧流は梨乃の監視下から逃れることができた。意図していなかったが僥倖ぎょうこうだった。


「梨乃さんがいるとじっくり幼女を愛でることができないので、これはチャンスですわね!」


 気を取り直して新入生を物色するロリコン。好みの子を見つけてあわよくばお持ち帰りして自分のものにしてしまおうという魂胆である。この女、新学年早々素行が悪い。

 すると、おや? 校門の前に黒塗りの高級車が止まりましたわよ?

 一定数お嬢様が在籍し、アイドルに女優、YouTuberにVTuber、医者の娘に県議の娘、ラッパーにピアニスト、多種多様な生徒が在籍する星花にあっても、運転手付きの高級車で送り迎えしてもらえる生徒というのは限られてくる。もしかして、生徒ではなく理事長でも現れたのだろうか?

 乃慧流の予想に反して、スーツ姿の運転手の手を借りて車から降りてきたのは、小さな黒髪の少女だった。


(……! ろ、ろ、幼女ロリですわぁぁぁぁぁぁっ!!!)


 突然の好みの幼女の登場に発狂するロリコン。しかしそこはお嬢様、荒ぶる心の内とは裏腹に表向きはあくまでも冷静を装う。だが、そんなことで抑えきれるほど乃慧流の幼女愛は半端なものではなかった。


「うわ、何あのお姉さん……」

「キモ……こわ、近寄らんとこ……」


「……はっ! わたくしとしたことが!」


 無意識に口元を押さえて足踏みをするという挙動不審さを見せていた乃慧流は周囲の新入生の呟きで我に返る。ここで我を忘れて新入生のロリたちに嫌われてしまったら元も子もない。そもそも、乃慧流は同じ失敗をかれこれもう三年は繰り返している。

 冷静さを取り戻したロリコンは、運転手に何やら告げて校舎に向けて歩き始める幼女を目で追いながら分析した。


(ちっこい身体、純粋そうな瞳、可愛いおててに長いまつ毛、いい匂いがしそうなサラッサラの髪の毛、そしてなによりあの人を寄せ付けない高貴な雰囲気……!)


「──いい!」


 ふんっ! と勢いよく拳を握る乃慧流。


「素晴らしい! まさに満点幼女ですわ! 数多の幼女を愛でてきましたが、あれほどの逸材は百万人に一人といったところでしょうか!」


 こうなってしまってはもう乃慧流は止まらない。ロリコン発言に引く周囲をものともせずに、彼女は黒髪の幼女の後をつけ始めた。やっていることは完全にストーカーである。


(一度でいいのであの幼女に触れたい……あわよくば抱きしめてその頭に顔を擦り付けて幼女成分を堪能したい……そしてそのまま……!)


「うふっ♡ ふふふふふっ♡」


 もはや彼女を止められる者は風紀委員しかいなかった。が、残念ながら近くに風紀委員はいない。となればもはや無法地帯である。

 乃慧流は黒髪の幼女を追いかけて校舎の玄関までやってきた。星花女子学園では、中等部と高等部が同じ校舎で授業を受ける。そのため、それ自体には大した問題は無いのだが、当然下駄箱は学年ごとに分かれているわけで……。なんのためらいもなく中学一年生の下駄箱の前までやってきた高校二年生のロリコンに、靴を履き替えていた新入生は恐れおののいた。


(これほど人がいては、ただでさえ小さな幼女を見失ってしまいますわ。せめて教室までは後をつけてどのクラスかだけでも確認しておかなければ!)


 と注意していた乃慧流だったが、ふとした拍子にお目当ての幼女を見失ってしまった。幼女が人混みに紛れて少しの間視界から外れてしまったのが原因だった。


「くっ……どこに行きましたの!? せっかく見つけた満点幼女ですのに!」


 挙動不審なロリコンのあまりにも大きすぎる独り言に、周囲の新入生たちは縮み上がるだけだった。


「怖くないですわよー? お姉さんが可愛がってあげますからでてきてくださいましー?」


 猫なで声でそんなことを口にするがもちろん出てきてくれるはずもなく。仕方ないので、幼女の匂い(ロリコンのみが嗅ぎ取れる未成熟な女性特有の匂い)を頼りに周囲を見渡す。


(ダメですわ……周囲に幼女が多くて上手く嗅ぎ取れま──)


 ふと乃慧流は背後に幼女の気配を感じて素早く振り返る。

 そこに立っていたのは──。


「満点幼女っ!」


 怪訝そうにこちらを見つめている黒髪の幼女の姿があった。手にはローファーを持っており、靴を履き替えるフリをして人混みに紛れ、下駄箱を回り込んで乃慧流の背後に回っできたのだとわかった。

 黒髪の幼女はおもむろに口を開いた。


「……あなたは誰ですの? どこかでお会いしたことありましたかしら?」


 反射的にロリコンはこう答えた。


「わたくしは神尾 乃慧流。あなたの前世の恋人ですわぁぁぁぁっ!!!」

「……は?」

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