向日葵すら太陽でしょうもねえ

九良川文蔵

一、ショウゴくん


 こんな夢を見たのですと私は言いました。

「私はショウゴくんという名前の少年で、お父さんとお役所へ行かねばならないのです」

 私が昨晩見た夢はこうでした。

 私はショウゴという名前の小学三年生の男の子。無精髭もそのままに、禿頭のうえから手ぬぐいを巻いた父親に手を引かれて市役所へ向かっています。

 父親の服装からして、おそらくは大工か土方か、そういうたぐいの職業であるのだろうと知れました。

 視界に入るのはやたら色褪せたマジックテープ式のスニーカーと、埃っぽい中途半端な片田舎の風景。道はアスファルトで舗装されているとはいえ、所々ひび割れて気を抜けば躓きそうな箇所がたくさんあって、都度危ないなあと感じたものです。

 そのときでした。

 今回の私の話には関係ないのですが、外でぴたりと蝉の鳴き声が止みました。また鳴き出すまでの一瞬のその空白が恐ろしくて、私は目の前に居る回向先生の顔色を伺うように一旦言葉を止め、その青白い顔を覗き込みました。

「しょうもない」

 回向先生はそう言って私の鼻先を見ながら眉をひそめました。

「先生はそういう話は嫌いです」

「そうでしたか。すみません」

「しかしこの世から先生の嫌いなものが消えれば、娯楽という概念がなくなります。どうぞ続けて、ショウゴくん」

「私の名はカシマです」

 そう言い返したのち、私は話の続きを語り出しました。その頃にはもう、あの一瞬の静寂などハナから存在していなかったかのように蝉は大いに鳴いておりました。

「市役所に着くと、お父さんは受付の人へオオサワを出せと怒鳴り散らしました。しかしオオサワという人物が出てくることもなく、追い返されたようで」

 お父さんはまさに怒り心頭といった様子で入口近くで待っていた私の元まで来て、私の頬を思い切り殴り飛ばしたのでした。

 夢なので痛みはありませんでしたが、殴られたという事実と、父親の凶暴性への恐怖があって私は「痛い」と錯覚しました。

「痛かったのですか」

「そのときはそう思いました。でも、思い返すと痛くなかったように思います」

「なるほどね」

「それで……お父さんは倒れた私を抱き起こして、また私と手を繋いで市役所をあとにしました」

 お父さんはもう怒ってはいない様子でした。ただ、早く帰ろう、と私の手を引いて歩くのでした。

「お母さんとリナが待っている、と言って」

 リナとはショウゴくんの妹です。夢の中の私はそれをはっきり認識しておりました。

「でも、そこまで分かっているのに、私はリナちゃんの顔もお母さんの顔も一切思い出せはしなかったのです」

「それはそうでしょうね。そうに決まっています」

「回向先生はなぜそんなにあっさり『そうだ』と言い切れるのですか」

「君がショウゴくんではないからです」


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