第11話 ふたりきりになりたい
体育の授業中、ふと視線を感じて校舎を振りかえると、二階の窓からこちらを見下ろす刑部さんと目が合った。
彼女がにやっと笑ったように見えた。
背筋がぞわっとする。
体育の授業が終わって昼休み、落ち着いて昼食をとれる場所を探していると、背後に気配を感じ、弾かれたように振りかえる。
そこには刑部さんが静かにたたずんでいた。
「ひっ……」
思わず俺の喉が鳴った。刑部さんは微笑んで言う。
「
「そ、そう」
「誰も来ないからって羽目を外さないでくださいね。ふふっ、うふふふふ……」
刑部さんはゆらりと幽霊のように去っていった。昼食は別のところでひとりで食べた。
そして五時限目終了後の休憩時間、用を足してトイレから出ると刑部さんが待ち受けていた。
「……!」
驚きと恐怖で、もはや声も出ない。
刑部さんはうっすら笑って言う。
「本館のトイレ」
「……え?」
「あまり使われないんですよ」
「ま、まあそうだろうな」
場所が遠いし。
「でね、聞いた話なんですが。――ある日の放課後、部活を終えた二年生の女子がそのトイレの前を通りがかると、中から――ギシギシ! ガタガタ! と音がしてくるじゃありませんか」
「え、怪談始まった?」
「誰か具合を悪くしているのかもと心配に思い、恐る恐る中に入って、うっすらと開いた個室の扉から覗きこむと……」
「覗きこむと……?」
「数学教師と養護教諭が不純異性交遊の真っ最中だったんですよ……!」
「幽霊は!?」
「本館のトイレは逢瀬に持ってこい、というお話でした」
「そんな話だった……?」
逢瀬バレてるし。
ともかくこんな調子で刑部さんは俺を監視し、同時にそそのかしたりもした。
そういうこともあり、その日の放課後は宇多見と会うのを控えた。
そして翌日の朝。落ち合った宇多見と並んで登校する。一日まともに話さなかっただけなのになんだかずいぶんと久しぶりの気がする。
俺は刑部さんの様子を伝え、言った。
「というわけだから、刑部さんが飽きるまでしばらく会うのは控えよう」
「やだ」
宇多見は即答した。
「なんで」
「関係ない人のためにわたしたちが会うのを諦める必要ないでしょ」
「でもさ」
「とにかくやだ」
と、むくれる。
――出た、強情。
気が弱いくせに変なところで頑固。これも昔のままだ。
「ふたりきりになれる場所を探そうよ」
「でも刑部さんの目が」
「障害があったほうが燃えるでしょ」
「なに熱くなってるんだよ」
「じゃなくてロミジュリ的な」
「そこは熱くならなくていいだろ」
「わたしたち恋人ですけど!?」
「あ、そうか、そうだった。ま、まあ、ほどほどでいいだろ。あのふたり、最後は死ぬし」
「ちょ、しー!!」
宇多見は唇に人差し指を立てた。そして小声で言う。
「ネタバレやめなって」
「みんな知ってるんだよ!」
「そうなの?」
「新鮮な気持ちでロミオとジュリエットを楽しむ奴なんてもういない」
「赤ちゃんなら知らないんじゃない?」
「赤ちゃんは戯曲を
違う、今はこんな話をしたいんじゃない。
「ともかく、ふたりきりになれる場所っていったって――」
「おはようございます」
背後から声がかかり、振りかえる。刑部さんだ。
「朝からお熱いですね」
「そうでもなくない?」
「仲良きことは美しきかな。しかしくれぐれも節度を欠くことのないようお願いします」
くくく、と喉で笑い、刑部さんは俺たちを追い越していった。
――言動が完全に
風紀委員なのに。
「ねえ」
刑部さんの背中を見つめていた宇多見が問う。
「男の子は下着を見たら獣になるって本当?」
「なぜ今!?」
「刑部さんが言ってたのを思い出したから」
猥談を思い起こさせる風紀委員って、もうアイデンティティが死んでるのでは。
「で、どうなの」
「……まあ程度の差はあれ興奮はするんじゃないか」
「ふうん。――でも下着を見せるシチュエーションってなに?」
「し、知るかよ。――あ、新しい下着を買ったから見せたい、とか」
「それってもう相当深い仲だよね」
「まあ、下着を見せるくらいだからな」
「本末転倒じゃん!」
「なにが!?」
宇多見はやれやれといった様子でため息をついた。
「道は険しい……」
「なんのだよ」
「とにかく! ふたりきりになれる場所、探すからね」
「それは構わないけど」
といっても、そんなところあるんだろうか。
俺は頭の中に校内マップを広げ、刑部さんの目が届かなさそうな場所を探した。
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