第30話

車やトラックはひきっきりなしに交差点を行き交っていた。





渋谷駅前のパーキングに車を停めて、カラオケのお店に向かった。






人に見つからないように小走りで横断歩道を歩く。





「手!出して。」





 さとしは歩きながら紗栄に叫ぶ。




「へ?」




「迷子になるから!」





 人ごみの中をかき分けて、とっさに手を繋ぐ。





 本当にたくさんの人で混んでいて、身動きが取れない状態だった。





 どうにか、店の前にたどり着いた。




 平日だというのにこの混み具合。




 東京は侮れない。



 どさくさに紛れて、手を繋いでしまったけれど、ふっと、手が離れた瞬間に寂しくなった。




 もう、繋げないと思っていたのに。





「ほら、中に入るよ。出入り口は目立つから」





 さとしは手招きをして、中へ誘導する。




カウンターいた店員に大人2人フリータイムでと伝えた。




 紗栄はお店の人に見えないようにニット帽を目深にかぶった。





 恥ずかしがり屋な客なんだと解釈された。




 伝票を受け取ると、部屋番号の書かれた部屋に急ぐ。




 自分のハイヒールがカツカツと響いた。




 紗栄は未だドキドキしながら、さとしの後ろについていき、部屋の中に入る。






 その真隣の部屋には、若い男性5人の荒っぽい金髪や赤髪のヤンキーが歌やお酒で盛り上がっていた。





 トイレに行くと赤髪の1人の男が出た時に紗栄の帽子を脱いだ瞬間を目撃していた。



 

 すぐにモデルの紗栄だと言うことが分かり、トイレから戻った際に、他の仲間に報告していた。





 黒髪の1人の男は静かにお酒のグラスを飲んでいた。




 

 そんなことは関係ないというような態度だった。





 紗栄は、ソフトドリンクやパフェも頼んで、歌いたい歌をどんどん交互に入れて、発散しまくった。







 1時間ほどして、まだパフェが来ないと駄々こねながら、トイレに行くとスマホだけ持って部屋を出た。




 

 さとしは自分の歌だと思い、いつも通りに歌い続けた。




 

 高校の頃、付き合ってないと言いながら、2人は何度もカラオケに行った仲だったため、気を使うこともなく、お互いにリラックスして過ごせた。





 

トイレを済ませて、手を洗い、元の部屋に戻ろうとした。





 完全に無防備で、素顔をさらけまくりの状態に目の前に男性3人がたちはばかった。




 

「ねえ、お姉さん。モデル…やってるでしょ?」



 

「え、人違いじゃありませんか?」




「Instagramに今の着ている服載ってますよー。」




 スマホ片手にInstagram画面が表示された。




 芸名SAEのInstagramをフォローしてくれるファンなのかもしれないと、よく捉えてしまった紗栄はお礼を言おうとした。




「あ、Instagramフォローしてくれているんですね。ありがとうございま…。」




 お辞儀をしてお礼をしようとしたら、3人のうちの赤い髪の男に黒い被り物で顔を隠された。





 そうかと思ったら急に体が上に持ち上げられて、肩に背負われてしまった。



 


 紗栄は声を出そうとしたが、リボンのような細いもので口を縛られた。






 かぶりものとともに取れなくなって声も出せなくなった。



 



 前は真っ暗で体は宙に浮いた。





 よいしょの、掛け声でカラオケの部屋に連れて行かれる。




 

「はーい。ご注文の商品をお持ちしました。モデルのSAEでーす。新鮮でイキが良いですよ!」




 まるで魚のように部屋のソファの上にドサっと寝かせられた。




 まだ身動きが取れない。



 

 いつの間にか両手を後ろに縛られていた。




 誘拐されたのかもしれない。



 

「マジで本物? 調べたの?」


 


「マジよ、マジ。さっき撮ったであろう公式Instagramの写真写ってるからほら。中華街の写真。パンダを食べてきたみたいですー。チャイナドレスは脱いできたんですか?」



 

 高々に笑い、男3人は大いに盛り上がる。他の2人は静観していた。




 何も喋れない。



 モゴモゴ言う。



 大声を出せない。



 助けてが言えない。




 急に かぶりものを外された。




 明るいところになって目が眩んだ。




 赤と金髪の男2人、黒と銀髪の男で囲まれた。



 全員イカつい顔していて、大きいピアスを何個もつけていた。




 悪さをしていそうな風貌だった。



 

 叫ぼうとした瞬間、顔だけ出して、また口元に白い紐のようなもので縛られた。



 また何も言えなくなった。



 

「さてと、どう調理しましょうかね。」




「でもさ、こいつって結局、モデルの妹がいなければ全然売れてないわけっしょ。二番煎じよね。だから、食べちゃっても誰も文句言わなくねえ?妹いるんだから何とかなるっしょ!」




 ここでも、やはり、SAEの役割はKARINあってのものと言われた。



 

 スポットライトは


 いつも私ではなく妹の花鈴の方。




「んじゃ、問題ねえな。俺からいただきますか!」




後ろの背中に乗られ、後ろから徐々にコートボタンを外され、脱がされた。



 胸を無造作に揉まれ、首筋から肩に舌で舐めまわされた。


 


 鳥肌がたった。声が出ない。



 

 気持ち悪かった。




 目から大粒の涙がこぼれる。



 

 一瞬手に縛られたロープが外されたかと思うと他の誰かに両手を抑えられ、抵抗できなかった。




 口は抑えられても、目は出ていたが、

見たくなかった。




 身動きが取れない。





 3人でだんだんと衣服を脱がしていく。





バタバタの足を動かしても相手の力は強かった。




 途中寒くなるからかエアコンの温度が上げられた。




風の音がゴーとしている。





カラオケ画面には



 ロック調の騒がしい音楽が流れ、


 誰かが歌い始めた。





周りにバレないカモフラージュのようだった。




 騒いでも、ウーしか言えない。




 

 肌着を脱がされて、あらゆる場所の舐めまわされ、抵抗できぬまま、事を済まされてしまった。





 溢れ出る涙が止まらなかった。





 それが1回で済むなら不幸中の幸いなのに、よってたかって3人も行為を迫られた。




 ロープで縛られていて、抵抗もできない。




 5人の中の残りの2人の内、1人は見ていられなかったのか一度外に出て、警察が来たと騒ぎ、嘘をついて、その場から3人を外に追い出した。




3人とも居なくなったのを見計らって、そっと、ロープと紐を外し、自分が着ていたジャケットを、そっと紗栄の背中に黙ってかけてくれた。





着ていた服はボロボロでまた着ることは出来なかった。




もう、放心状態だった。





 その頃、パフェが部屋に届いて、歌い続けていたさとしは、ふと、5曲を連続で歌い続けて、あまりにもトイレが長いと気づき、部屋から出て探しに行くと男女共有トイレには誰もいない。





 辺りを探し回った。







 紗栄に電話かけると、近くで着信音が鳴り響いている。






 さとしたちがいる隣の部屋がドアが少し開いていて、紗栄のスマホがテーブルの上で鳴っていた。





不審に思った。





なんでここに鳴っているのか。






状況が読めない。





テーブルにぼーと顔を向けて、放心状態になっている紗英がいた。




服が淫らになって、ボロボロに床に散らかっていて、さっと男もののジャケットが紗栄の体にかかっている。





近くにいた銀髪の男が、1人ただ立ちつくしていた。





 

さとしは、胸ぐらをつかんで壁に押し付けた。





「なあ!! お前がやったのか!」





「俺はやってない。」




「じゃあ、誰がやったんだよ。お前以外誰もいないんだぞ!」





「……その人、やってない。助けてくれた。」




 口の紐と手についていた紐を外してくれて、ジャケットかけてくれたとすぐに分かった。



 


 さとしは男のつかんでいた胸ぐらを外した。




「やってないんなら、良いんですけど、やった人はどこに行ったんだ?」




「警察来たと俺が嘘ついたら、急いで逃げてった。3人とも。パクられて、出てきたばっかのやつらだから。」






「名前、知ってるのか。」




「いや、知らない。俺ら、ラインで繋がってるけど、みんな偽名使ってる。ラインなら知ってる。」




 銀髪の男は素直に教えてくれた。




 

 あとで、警察に届けるときに貴重な情報になるだろうと思った。






 さとしは散らかった紗栄の服を拾い集めた。隣の部屋から予備の着替えを持ってきた。




 念のため、バックに入れておいた。





 悲しいが、役に立つ時が来た。





 まだ両肩が小刻みに震えて鳥肌が立っている。




 羽織っていたジャケットを銀髪の彼に返して、自分の服をかけ直した。





 紗栄の肩を抑えながら、食べたかったパフェを全部残して、カラオケ屋から出た。




 もう、パフェどころではない、意気消沈していた。




 予約していたホテルへ連れて行った。紗栄は、ずっと言葉が出ずに震えていた。




 自分自身のの肩をキツく抱く。





 さとしは急いで、アプリを起動し、とあるものを注文していた。





即座に処方薬局に駆けつけて、委任状の代わりになるサインだけ貰って、代理で受け取った。




 48時間以内に緊急避妊薬を飲めば、望まない妊娠を避けられる。





コップ1杯の水と薬を手渡した。






 薬を飲んですぐに、紗栄はシャワーを浴びに洗面所へ行く。







 思っ切り、石鹸を泡立てて、汚れた体を洗い流した。






またこんな仕打ちを受けるなんて、何で私は安っぽいんだろう。






もう、外に出るなんて出来ない。






 恐くて、体の震えが止まらなかった。





洗っても洗っても気持ちは晴れなかった。




 バスローブに着替えて、ベッドに腰掛けた。




 コーヒーを飲んでテーブルに腰掛けていたさとしが心配そうに近寄った。





「紗栄、大丈夫か?」





「さとし……。」




 声をかけてすぐに目から涙が溢れて、何とも言えなかった。




 どうしたら良いか分からない。




 思考停止状態。




「元の私には戻れない…。」




 涙がずっと止まらない。




「紗栄、俺が忘れさせてやるから。」





 ギュッと抱きしめられた。





 そっと背中を撫でた。




 さらに頭を優しく撫でた。






「大丈夫、大丈夫。」




 目を見つめて、笑顔を見せた。





「な? 俺がそばにいるから。」




 それは仕事の話なのか、プライベートの話のか。




 本当に信じていいのか疑ってしまう。





 両手指で両目の涙を拭われた。





「本当にそばにいたのに助けられなくてごめん。もう、辛い思いさせないから、俺たちやり直さないか?」






「……ううん、私も無理に行きたいって行ったから。え、やり直すって?」






 向かい合って、体を引き寄せた。震えはだんだんとおさまってきた。





「俺はもう、紗栄のマネージャーなんてやりたくないんだ。俺は俺のままで紗栄の近くにいたい。あと、祐輔の彼女にもなってほしくない。」





 どさくさ紛れに嫉妬心剥き出しで、アピールした。



 胸の鼓動が大きくなった。




 そっと歩み寄る。




 ごく自然に何の返事もせず、顔を近づけて、唇同士が軽く触れた。






アンサーを出すかのように、紗栄もさとしの下唇をアムっと軽く噛んだ。




 

 言葉には表せない何かが2人には存在した。





 自然に2人はキスを何度も重ねて、鼻同士をくっつ合うと泣いてたのが嘘のように笑顔がこぼれでた。





あたたかい。

ほんわかした気持ちになった。






 犬が戯れるかのようにお互いの耳を交互に舐め合った。





 鳥肌が立つくらいくすぐりあった。




 

 ベッドに横になり、そばにいて、心から安心する者同士で繋がられることはとても幸せだとただひたすらに噛みしめた。




 2人の両耳が赤くなるくらい、お互いの心が一つになっていた。





言葉を交わさなくても意思疎通ができて心で繋がっていた。





幸せってすごく近くにあったことに気づく。




 過去のトラウマに何を意地張って過ごしていたのだろうと後悔した。





 私は、後にも先にも大越さとしが好きだった。心がそう思ってる。






 体がそう感じている。




 どうして、気づかずに過ごしてしまったのか。






それでも明日を生きる原動力になった。





 さとしがいなかったら、

 明日の私はいなかったかもしれない。






 さとしも、この事件がなければ勇気を出してもう一度告白することはなかったかもしれない。




 今すぐにでも、汚れた心を塗り替えてあげたかった。






 軽く安物扱いされた自分はたった1人の人間として本当は大事な存在だと気づかせてあげたかった。




 片思いのままやり過ごすことは肉食系のさとしにとっては耐えられない衝動だった。




 自分には無理なことはしてはいけないと勉強になったと感じた。





 紗栄は人を試す行動はせずに素直に心からありのままの気持ちを伝えればいいのだと改めて感じた。





 キングベッドの上、真っ白な天井を見上げて、2人は思い出す。





「石川くんに、申し訳ないことしたなぁ。何か、気持ち振り回してしまったから謝らないと…さとしぃ、一緒に謝ってよぉ。」



 左腕を掴んで、説得した。




「俺の責任でもあるの?」




「うん。嘘、ついてたから。」



 マネージャーなんて、したくないって辺りから嘘だと察した。




「そーですよね。私の責任でもありますね。祐輔に本当の気持ちは言ってなかったから…。紗栄と付き合ってるって言われた時はまさかとは思ってた。実際、別れてたから他の誰かと付き合うのはあってもおかしくないけど、祐輔には負けたくなかった。昔からの付き合いでどんなやつか知ってるから尚更…ズルいよな。ごめん。1回振ってるのにさ。」





 神妙な面持ちで、目をつぶるさとしに横で寝ながら紗栄は顔の頬を両手で抑えた。



ぎゅーとタコのような顔になる。




「かっこいい顔を台無しのブサイクにしてしまえ~。」





 もみくちゃに顔を歪ませた。





案外変顔もおもしろい顔になった。





かっこよさなんてどこにやら…。





腕をつかんで、逆に紗栄の頬をおにぎりになるように丸くおさえて、仕返しした。




にらめっこのようになって、お互いに笑いを抑えられなかった。





口をブーと吹いた。





ひとしきり笑った後、額にコツンと頭をぶつけた。





「これでおあいこね。」




「こんだけでいいの?許してくれるの?」




 ペットの犬のように目をうるうるさせながら言う。





「許しはしてない。今のは顔の歪ませた罰がおあいこってこと。」





 紗栄は立ち上がってバスローブを脱いで、服に着替えようとした。






「着替えちゃ、だーめ。」






 後ろからギューと抱きしめて、服を着るのを阻止しようとした。





「やーだ。着替える。寒いから。」






 意地でも着替えようとするが、後ろから頬に音を立ててキスを繰り返した。




「キスしてもやーだ。」




「なんで!いいでしょ?」




「許してないもん。」




「もう、他の人見ないから。」




「嘘だ。仕事で女の人と会うでしょ。無理だ。さとしは優しすぎるから。」




「どうしたら、許してくれるの?」





 半分はだけたバスローブを着たまま考える。





「そうだなあ。花鈴と裕樹さんと、優子さんと善兄さんの前でもう浮気しないって宣言したらかな?」




「え、それって…。」




「もう、何も言わない!」





 自分で言ってて恥ずかしくなったのか、紗栄は洗面所に逃げて、シャワーを浴びに行く。



その場所から




「入って来ないでねー。」




 とドアが閉まったまま聞こえる声で叫んだ。




 何となく、嬉しくなったさとしはバスローブを脱ぎ、ワイシャツとスーツに着替えた。




紗栄よりも先に着替えを終わらせている。




 バックからネクタイをとって、ドアの近くにある鏡を見ながら整えた。




 鼻歌が止まらない。




 紗栄は着替え終わってあろうさとしをドアの隙間から見つけて、バスローブを着直して、忍者のように静かにさとしの前に立ち、閉め終わったネクタイをグイッと引っ張って、キスした。





不意打ちにされてさとしは背中を支えながらさらに紗栄の上唇に何度も重ねた。




「今日はこれで終わりね。」




 少し息が上がって、頭から煙が出そうなくらいに力が抜けた。



 さとしは物足りなさそうだった。




 すぐさま、タタタッと洗面所に戻って、シャワーを急いで浴びた。




今日の仕事は11時からで今の時刻は午前9時。



 朝ごはんを食べる時間がたっぷりあった。




 荷物をまとめて、キャリーバッグを引きずって、ホテルを出てた。




 出る時に紗栄は疑問に思った。


 歩きながら。



 

「あれ、ホテルの予約、1人分じゃなかったの?」




「ん? あ、最初はね。大丈夫、後からフロントに連絡してたから料金はきちんとお支払いしました。事務所の宇野にバレたら、いろんな意味でヤバいから。」




「領収書って会社名義?」




「いや、個人で切ったよ。」




「そっか。なら良いんだけど。そう言うところはぬかりないね。さすがは愛人を何人も作る男だね。」




「は? 俺に愛人なんかいるわけないだろ。やめて、冗談でも。」




 本気でご立腹のようで、目が血走っていた。




 紗栄は逃げろーと言いながらホテルの回転扉を回した。




「こら、待て。」




 イライラしながら追いかけた。



 

 会社を辞めるし、もう敬語を、使う意味もないだろうと自然に振る舞った。




 今日の仕事だけこなしたら、社長に退職願を出そうと意を決した。




 2人はやっと、自由の身になれると思っていたがそうも言っていられなくなった。




「ハンバーガー食べたい!」




「えー。なんで混む店選ぶの?」



「どーせ辞めるならどこでもいいじゃん。昨日、パフェ食べ損ねたしなあ。やっぱり原宿のクレープかな?もう、変装しないで行っちゃお。もう、いいじゃん、辞めるんだもん。」


 複雑な表情を浮かべ、さとしはコンタクトを外し、メガネにかけ直した。



仕事モードへと切り替えた。



 車のエンジンをかけると、原宿へと走らせた。



 

 外は雲で覆われていて、肌寒かった。紗栄は変装もせずに、外の景色を見ながら歌を歌っていた。

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