第19話

外に出ると、街は暗くなり、街灯が灯されて、車の行き交っていた。夕飯時もしくは仕事帰りの人が多いのだろう、人手が多かった。自転車に我が子を乗せた保育園帰りのお母さん、ワンコを連れて歩くおばあちゃんが目の前を通り抜けていく。紗栄は花鈴に言われた通り、地図を見ながら高層マンションに向かった。最近、仙台の街中にもマンションが立ち並んできて、だんだんと東京並みに進化しつつある。人口はまだまだ少ないけども、東北では多くなってきていると信じたい紗栄だった。お土産にドーナッツでも買っていこうと商店街へ足を伸ばした。目的地とは反対方向だった。何個かドーナッツを選んで、お店を出ると、男の人に声をかけられた。

「よぉ! 久しぶり。紗英だよな?」

 学生時代とは全然背も見た目も違うのになんで分かったのか不思議で仕方なかった。

「え、ごめん。誰?」

 素で分からなかった紗栄。彼はがっかりして、肩を落とした。

「マジかー。でも、話で聞いてただけだから、俺は分からないよな。石川、石川祐輔、覚えてない? 中学、高校一緒だったっしょ? さとしから話し出なかった? おかしいなぁ、この間の同窓会で行ってたんだけど、って言うか、紗栄は来てなかったよな。なんで?」


 リアルタイムでその彼に振られたばかりの私にさとしの話は聞きたくなかった。しかも、私の知らない所で同窓会なんて聞いてない。まあ、あまり会うこともないだろうとさらりと交わそうと心に決めた。


「え? 石川くん? さとしと部活一緒だったよね。剣道で。ごめんね、私、顔覚えるの苦手で…同窓会で会ったんだね。知らなかった。いつ会ったの?」


 慌てて言い訳を探したけど、これで良いのか分からなかった。話を続ける。


「うーんと、3ヶ月前くらいかな? その時、紗栄と付き合ってるんだってさとしから写真見せられてさ。だから、顔と名前、俺は思い出して…って、付き合ってるなら一緒に来れば良かったのに。あ、でも、伊藤美奈子も来てたからあえて呼ばなかったのかもな。」


 イライラが止まらなくなってきた。同窓会があること一回も聞いてないし、伊藤美奈子もいたことさえ、話題に上がらなかった。顔には出さなかった。


「へぇ、そうなんだ。同窓会の話、一回も聞いてなかったよ。…ああ、ごめん。今から妹のところに行かなきゃいけないから。」

「んじゃ、今度一緒に飲みにいこうよ。ライン交換しよう。」

 石川祐輔は、ポケットからスマホを取り出してラインの画面を開いた。

「ああ、うん。ちょっと待って。QRコード表示すればいいよね。読み込んで。」

 紗栄は荷物をその場に置いて、スマホをバックから取り出した。自然な流れでライン交換することになった。紗栄は特に意識していなかったが、石川祐輔にとっては絶好のチャンスだった。さとしの、彼女と知っておきながら連絡を取り合うというリスキーに踏み入れた。祐輔には分かっていた。もう、2人の関係は終わっていることを。あえて、知らないふりをしてライン交換することができたのだ。

「それじゃ、また連絡して。」

「あ、ああ。さとしにもよろしくな。」

 話を合わせて、そう伝えた。2人はもう会っていないんだろうなと想像していた。紗栄は、顔がひきつっていたが手を振って、立ち去り、マンションへと急ぐ。



ピンポーン

 どうにか場所がわかり、一階にあるインターフォンを押す。

「紗栄です。上に上がっていいの?」

「はーい。どうぞー。」

 花鈴はロック解除ボタンを押した。厳重に防犯されており、1階の自動ドアは住人以外は簡単に開けられない仕組みになっている。インターフォンで解除ボタンを押して、ようやく入れる仕組みのようだ。近くには警備員が配置されている。防犯カメラも抜かり無い。解除ボタンが押されると紗栄はエレベーターに乗った。後ろからかっぷくのよい男性が乗ってくる。卯野加奈子の元彼だった。紗栄とは全然面識がない。


初対面で同じエレベーターに乗り合わせたところだった。軽く会釈すると代わりにおりる階の番号を、聞いて押した。彼は25階と言っていた。紗栄は、花鈴達が住む35階の、ボタンを押した。何事もなく、静かにエレベーターを降りていった。首元にある刺青に多少驚いたが、気にしなかった。後に重要な情報になることも知らずに過ごしていた。

 玄関を開けるとすぐにまもなく3歳になる洸が走って出迎えてくれた。

「ただいらー!」

 まだ言葉になるようでならない感じが可愛かった。

「洸、それをいうなら、『おかえり』だけど、紗栄おばちゃんは『いらっしゃい』だぞ~。ほら、寒いから中に入りな、紗栄ちゃん。あのさ、さとしくんと別れたって本当?」



「…え、本当ですけど、なんでですか?」


「この間のイベントの時、紗栄ちゃんが離れてた時、さとしくん、俺たちに宣言してたよ。2人に負けない家族になるぞって。あれ、嘘ついてるようには見えなかったけど…紗栄ちゃんのことではなかったの?」


 紗栄はこと尚更、落ち込んだ。その話が本当のことだとしても、昨年の2月の話。1年も経てば、気持ちも変わるんだろうなぁと感じた。


「私のことだったかもしれないけど、もう気持ちは冷めたのかも…。出張の回数多かったし、浮気してたかもしれないし。」

 あくまで紗栄の想像でしかなかっ

た。

「そ、そうなんだ。まぁまぁ、世の中男の人はたくさんいるわけだから、切り替えて次に行ったって良いんじゃない?」



 花鈴はサバサバしていた。さとしのことは昔から信頼していない。紗栄のことが好きだと言いながら自分に近づく意味が分からなかった。お人好しすぎるのも時にはあだになるんだと訴えたかった。



「そうか。残念だな。久しぶりに会えて2人とも高校の時と同じだったからてっきりね。まぁ、花鈴の言う通りだよ。他にもいるから。ほら、歳の差ありすぎるけど、洸もいるし。」



「裕樹、それはないわ!」



「私も洸くんは洸くんのままだよ。甥っ子は甥っ子。大人になるまで待ってたらおばあちゃんになるよ。」



「冗談だよ?落ち着いて。んじゃ、一夫多妻制度にして俺が夫になろうか?」



 花鈴はそんな裕樹を鬼のように睨みつけた。冗談でも言ってほしくなかったようだ。紗栄は人の旦那に手を出すほど落ちぶれていない。



「まあまあ。私は大丈夫だから。そうだよ、男はいっぱいいるもんね。」



たこ焼きを串で刺してどんどん食べた。チーズが入ったものをあり、長く伸びて口まで運ぶのに時間がかかった。


「確かに、さとしはアイドルや俳優並みに容姿や服のセンスは良いから、そこらへんの女子が彼女って言ってもおかしくないもんね。お姉ちゃん1人に絞れる訳がないわ。これから、モデルの仕事、忙しくなるわけだからそんな男忘れちゃいな。今度はお姉ちゃんがモテモテになるかもしれないしねぇー。」



 裕樹は突然立ち上がり、引き出しから紙を取り出した。



「そうそう、その仕事の話。社長から預かってたのがあって、契約書に必要事項記入してだってさ、あと、健康状態とかこれね。今週中までに書いてきてもらえる?ごめん、言ってなかったんだけど、俺が花鈴と紗栄の専属マネージャーってことになったから、よろしくね。」



 渡された紙を見て、素直に嬉しかった。本当にモデル業出来るんだと。通常の企業に就職するときと同じ契約書だった。

「本当の話だったんですね。私、信じられなくて…。」

「本当だよ。見てないかな? Instagramの、フォロワー数。大手のカフェ事業とかはさすがに200万人の超えの数だけど、タレントや芸能人で10万超えはかなりの支持高い訳なのよ。花鈴が単独でやってた時は2万だったのが、紗栄ちゃんとのツーショットで増えた訳で、あとコメント数も。広告収入も、大幅に増えて会社としては願ったり叶ったりなんだ。2人での雑誌取材とCM依頼来てるよ。忙しくなりそうだよー。我が社の『ジュマンジ』の活躍が期待できそうですわ。」

 鼻息を荒くして、スマホのInstagram画面を見せられた。花鈴もそのことに関しては喜んでいた。ライバルが多いこともあり、この世界で売れるには今はバズるかバズらないかは重要ところで、それこそ嫉妬心が芽生えるかと思ったら、さすがに家庭も持って子どもも産まれたからか、大人な対応だった。子育てするには稼がなくてはいけないのが頭にあったからだ。

「会社の名前、ジュマンジって言うの?」

「そうだよ。『数多くの効果』って意味があるんだって。昔、映画もあったんじゃなかった? そうそう、そういや、早速来週月曜日から雑誌の取材と撮影会ね。美容院とかエステ行って、体調整えておいて。」

「へぇ、すごいね。裕樹さん、女子力高めになってきた?」

「まぁ、この仕事始めてからいろいろ勉強したからね。モデルをいかに綺麗に見せるかが重要でしょ。もう8年くらい経ってるんじゃない? もうおじさんだよ。36歳でもうすぐアラフォー投入でお肌の曲がり角~。」

  自分の頬を触りながら、女子を装った。ふざけている裕樹に洸は近づき、自然に裕樹の肩に乗って肩車をしてもらっていた。花鈴も紗栄も笑っていた。

「良かったね。裕樹さんがマネージャーで。最初はどうなることかと思ったけど、バツイチ無職の人に中学生の花鈴を預けるなんてリスク高いなぁって思っていたけどさ。両親の反対押し切ってアメリカ行った甲斐があったね。私、裕樹さんが花鈴の旦那さんで安心した。おねぇちゃんは、花鈴のこと、嫌だなぁって思うことたくさんあったけど、大人になってもう何も言うことない。幸せになってね。」

 泣きながら、花鈴の両手を握った。そして、ハグをした。花鈴も泣いていた。

「何言ってんの? 私だって好きでアメリカ行った訳じゃないよ。知らない土地だし、知らない人ばかりでまともに英語も話せないし、苦労することばかりで逃げ出したいことだらけだったよ。でも日本に戻ったら、SNSで叩かれているしやってもいない罪で追われるし、私は崖っぷちに立たされているんだなって思ったら、やるしかないでしょう。今のこのモデルになれた地位は守りづつけたいって思うよ。だから、頑張る。世の中の人の元気になれる存在であり続けたいから。」

 まっすぐに紗栄を見た。とても苦労したことを伝えたかった。どうしようもないことを真っ向から戦うことをおそれ逃げることを選択した。花梨にとってはそれが功となした。人は時に逃げることも大事だと感じた。ハンガリーのことわざで、逃げるは恥だが役にたつこともある。まさにその通りだった。裕樹は、洸を肩車をして部屋の中でぐるぐる回ると、飛行機遊びをするのに寝っ転がり、足で体を上げた。楽しそうにキャキャ笑っている。

「楽しそう。んじゃ、そろそろ、帰ろうかな。もう7時なるし、洸くんお風呂入るもんね。」

 紗栄は、時計を見て、そわそわと帰る支度を始めた。洸は裕樹との遊びを振り切って後ろから立っている紗栄を抱きしめた。

「やだ! やーだ。一緒にお風呂入る! 洸くん、おばちゃんとお風呂入るの!」

「洸くん……。」

「好かれているのね、おばちゃん。せっかくだから泊まっていけば?ゲストルームあるから気を使わないで泊まれるよ。お風呂入りたがってるから一緒に入っちゃいなよ。」

 花鈴はお風呂の支度をしながら答えた。裕樹に管理人にゲストルーム使うことを連絡するよう伝えた。

「いっしょ、いっしょ。いっしょじゃないとやだ!ぼくはいらないもん。」

 頬をぷっくり膨らまして怒り始めた。後ろを振り返ってチラッと目でこちらの反応を見ている。

「紗栄ちゃん、申し訳ないけど、洸と一緒にお風呂はいってくれない?」

「仕方ないなぁ。んじゃ、先に体洗っておくので、呼んだら連れて来てもらえますか?」

「わかった。洸、よかったな、紗栄ちゃんと一緒に入れるぞ。」


 洸はすねていた様子をすぐに変えて、お部屋を走り回って喜んだ。よほど、嬉しかったらしい。花鈴は洸を捕まえて、お風呂の準備を始めた。パジャマや下着を持ってきた。先に洗面所で服を脱ぎ、髪や体を洗い終えると給湯機の呼び出しボタンを押した。洸は服を脱いで一目散にお風呂場へ行った。いつもならお風呂に入りたくないと駄々をこねるのにすすんで入ってくれるのは助かった。


「洸入りまーす。」


 花鈴がお風呂場へ連れて行く。紗栄は手招きで誘導した。


「洸くん、体洗ってあげるから。任せて。お母さんはゆっくり休んでてねぇ。」

 日頃頑張ってるであろう家事と育児に労いも込めて、紗栄は洸くんの髪と体を洗ってあげた。

「顔上向いてね。お水かかるよー」

 シャワーをゆっくりかけてあげると上手に顔を上に向けた。近くにあったシャンプーでもこもこあわあわに髪を洗ってあげた。洸は嬉しすぎてずっとキャッキャと騒いでいた。


紗栄は、この何気ない瞬間がいつまでも続けばいいのになと刹那に願った。そして、いつかまたもう1人の誰かと同じこの同じ空間で笑い合えたらどんなにいいかと頭の片隅で考えていた。

 花鈴と裕樹も、紗栄が元の笑顔に戻ってとても安堵していた。

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