【第六話】チェリエの混乱




 誰かが目の前で死ぬのを見るのはこれで二度目。

 そして、生きたまま火に焼かれるのは人生で初めてである。

「殿下!」と、ナヒアの王子を庇って、火球の前に飛び出した彼の従者の悲鳴じみた絶叫の残響で、衝動に突かれた私は、自分を後ろから肋を下から持ち上げる形でホールドする見習い騎士の両腕に両手の爪を立てた。

「離してッ」

「できないよ」

 自失寸前の私の命令をヴィンドールは拒否した。

 うなじにかかる感情を抑えて低くなった幼馴染の口答えに私は激しく首を横に振る。

「ファロウが居るのよ!」

「うん」

 セレンシアで女性でありながら、ただひとり守護竜リーガルーダの近衛を務める魔導師を指差して。

「ザレスも居るのよ!」

「そうだね」

 指先を横にずらし、ゼルデティーズの名で有名である美しいその男を、セレンシアの宮廷魔導師をも示す。

「あんたの親が揃ってるって言ってるのよ!」

「姫様、口が悪いよ。 ……たく。扱いが悪いっていう文句はなしだからね」

 ヴィンドールが羽交い締めへと拘束を強固にしてきた。身長差で両足が浮きかける。

「離してヴィン! 人が燃えてるのよ。死ぬのよ、死んでしまうわ! ファロウとザレスの重ね術なのよ。ルシエ人とルシア人の運命の相手同士が呼び出す火の術は、その威力は精霊の浄化の炎に匹敵するんでしょう? 骨すら残らないのでしょう!」

 私の絶叫じみた訴えに王子が我に返ったらしい。

 従者の名前を叫び、燃え盛る火を消そうと自分の外套を脱いで炎ごと包もうとするが熱気で近づけさえできないでいた。

 ただ、赤々とした火柱を見守るだけになってしまう。消し炭さえ残さず灰と散ると聞かされて、照り返しに明るくなった王子の表情は絶望そのものだった。

 痛いほど、私はその感情を理解できた。

「なんで、死ぬにしても火炙りなんてあんまりだわ。そうよ、どうして、言い分くらい、言い訳くらいさせてあげなさいよ。私も王子も似たような小さな理由でこの道を使っただけよ」

 それだけなのに。

「こんな形で、私だって、ヴィンドールを失いたくないわッ」

 王子達の末路は、私の結末だとも言えたのだ。ヴィンドールを同伴させていたら、状況は同じものとなっていただろう。

 王子と同じ表情をして、火を消そうと近寄ることさえできずに、ただ呆然とし、心の痛みで、喪う恐怖で感情が爆発してしまう。

 どうして、死ぬの。

 どうして、死なせてしまうの。

 連れてきたのは私なのに。

 なのに。

 死んでしまうのに。

「どうして、私は生きてるの――ッ!」

 共感と混同に半ば狂乱に陥り、渾身の力でヴィンドールの拘束を弾いて、王子達に駆け寄ろうと足掻く私を、

「チェリエ!」

 ザレスの一喝が止めた。

 昔から、この魔導師の声は、通り良くはっきりと私に届く。雷にうたれたかのように私は硬直した。

「まだ、殺してない」

 言葉を代えれば、死んでいないということ。

 告げられた内容に私は目をしばたいた。

「発見次第殺すのは風竜の御大だ」

 地下都市全体を縄張りとし、侵入者への対応があまりに粗暴で無差別なものだから、地下都市への侵入を禁止にしたのが経緯なのだという。

「じゃあ、ザレスはイズリアスではないから、私も生きているし、ふたりも死なないということ?」

「それは違うぞ、チェリエ。俺はまだ殺してないと言っただけだ」

 不可侵の掟を破った罰は受けないのかと安堵しかけた私を、ザレスは笑い飛ばした。魔導師は悪意のありありと浮かんだ顔を王子へと向ける。

「そっちは大体を察したようだな。いい顔をしている。チェリエよりは頭が回るようで説明する手間が省きそうだ」

「ザレス?」

 妙な緊張感が生まれて思わずと訪ねてしまう私に、

「チェリエ。父さんはそのふたりを生きたまま帰す気はないよ」

 囁くようにヴィンドールが答える。

「証拠に炎は消えてないだろ? 威嚇するには発現時間が長いよ。それに、父さんが火を扱うことを母さんは黙認しているし、リーガルーダも見守っているだけだ」

 促されて見遣るリーガルーダは穏やかな、ともすれば微笑んでいるようにも見える表情で事の次第を眺めていた。

「それで? ヴィンは私を解放する気はないのね?」

「チェリエを喪いたくはないからね」

 従者が身を挺して主人を守り炎に飲み込まれたのを目の当たりにして絶望したナヒアの王子様。

 それを自分のことのように受け止めて惑乱した私。

 この構図にヴィンドールが導き出した対応が、私の羽交い締めなのである。

「ファロウが呼び出して、ザレスが操る炎は、取り返しがつかないから、ヴィンは私を火に近づけたくないだけ?」

 具体的な質問にヴィンドールは小さく笑ったようだった。

「少しは頭が冷えたみたいだね」

 だからと拘束は少しも緩みはしなかった。

 それが返って私を冷静にさせる。

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