戦域を離脱してください
「これが、ティタンの加速なんですね!」
「苦しくない?」
「大丈夫です!」
パイロットスーツ、着てないんだぜ?
加速は抑えてるけど、それでも相当な負荷のはず。
ゾエちゃん、ティタン乗りの適性があるぞ!
「まだ、お迎えは来てないよな?」
視界が一気に開け、入口からヘリポートへ飛び出す。
出迎えは、砲声だった。
ビル群を縫って現れた輸送ヘリコプターが火を噴きながら墜落する。
≪時間はないぞ。早く行け!≫
墜落中の輸送ヘリコプターから分離する鋼の巨人。
しかし、ヘイズはリボルバーの照準を合わせない。
降下中のティタンへ──ビルの影より肉薄する黒い影。
師匠のPV機体がレーザーブレイドを一閃。
胴体を両断された巨人は、そのまま水中へ直行する。
≪少年、後ろは任せたまえ≫
「うっす!」
ペダルを踏み込み、ヘリポートから飛び立つ。
いざとなれば回避機動を取るが、あまり激しい機動はしたくない──
「隻腕のティタン…あれは、映像資料で見たアパラチアですね!」
重力加速度をものとしないゾエちゃん。
そして、師匠の機体名を初めて知る弟子1号こと俺。
この敗北感は一体?
それにしても──ロックオン警報が鳴らないな。
エネルギーの残量を気にしながら、ビルを足場に跳躍を繰り返す。
その度にゾエちゃんは喜ぶが、無人兵器は沈黙したまま。
≪手応えがない……何が目的だ?≫
≪数は多いが、精彩さに欠くな≫
俺の背中を守ってくれるヘイズと師匠も違和感を抱いたらしい。
あの熱烈な歓迎は錯覚かと思わせる消極的な攻撃だった。
ちぐはぐだ。
「V、あれがフレイムロックですか?」
ゾエちゃんの質問を聞く暇すらあった。
おそらく、ヘイズの機体が装備しているリボルバーのことだ。
確かに似てるが──
「…そうなのか?」
≪違う、これはドアノッカーだ≫
そう言って純白の機体を空中で翻し、リボルバーを3連射。
その曲芸じみた射撃は、追尾中の攻撃ヘリコプター3機のローターを吹き飛ばす。
「おお! すごいです、ドアノッカー!」
≪…ふん≫
今、照れましたね?
俺の耳は誤魔化せないぜ。
それを言うと後が怖いから、心に留めておくけど。
≪何か言いたそうだな≫
「何も言ってないじゃん…!」
「V、あれは何ですか!」
鉛色の空から水平線に、巨大な機影が見えた。
的確なタイミングでフレアを放出し、ミサイルの雨を潜り抜ける翼の生えた大船。
ムリヤさんの自信作、大怪鳥ルンルンだ!
「あれは大か──WIGっていう航空機だよ!」
「WIG…! かっこいいですね!」
≪か、かっこいい…? ムリヤは夢でも見ているんよ?≫
ゾエちゃんの純粋無垢な言葉がムリヤさんを襲う!
≪エネルギー残30%≫
スラスターをカット、ビル群の影へと消える大怪鳥ルンルン。
そして、倒壊したビルへ着地と同時にペダルを蹴る。
これが最後の跳躍だ。
≪馬鹿を言ってないで減速しろ≫
≪はっ…我を忘れるところだったんよ≫
再び大怪鳥ルンルンの雄姿を捉え、遮蔽物のない水上へと出る。
相棒を後部の貨物室、しかも移動中の機体に滑り込ませないといけない。
当然だが、チャンスは一度だけ。
ハードだぜ!
≪J・B!≫
≪心得ているとも≫
背後へ振り返った師匠のアパラチア、その両肩からミサイルが飛び出す。
水没都市を走る白い軌跡。
接近中の攻撃ヘリコプターが爆散し、被弾した追手のティタンがビルへ突っ込む。
「ムリヤさん、行きますっ」
水上を滑走し、大怪鳥ルンルンの後部へ回り込む。
≪コースクリア、いつでもいいんよ!≫
吹き散らされる水飛沫で視界は最悪。
でも、貨物室は見えた!
エネルギーの残量は僅か、ペダルを踏み込む。
「おおぉぉぉ──いてっ」
加速する世界──暗闇、接地、衝撃。
≪先に行け、J・B≫
≪お先に失礼させてもらおう≫
すぐさま黒鉄色の機体が水滴を滴らせ、貨物室へ滑り込んでくる。
俺と違って師匠は、貨物室のネットを利用することはなかった。
精進せねば。
「うぅ…頭を打ちました…」
「大丈夫?」
ネットは展張されてたが、それなりの衝撃があった。
コクピットへ視界を切り替え、ゾエちゃんの様子を確認する。
頭を両手で押さえていたが、俺の視線に気が付くと満面の笑みに。
あら、かわいい。
「はい、大丈夫です!」
元気でよろしい。
微笑ましさを覚えていると、貨物室が小さく揺れた。
側面のモニターには閉じられるハッチ、そして純白のティタンが映る。
≪追手のティタンを全て潰しておいた≫
「お疲れ」
≪ご苦労≫
貨物室を照らすランプが緑から赤へ変わり、一息つく。
心地良い達成感と疲労感があった。
≪皆、お疲れ様なんよ。あとはムリヤに任せるんよ!≫
ここからはムリヤさんのフライトだ。
エンジンの咆哮が轟き、大怪鳥ルンルンの巨体が加速する。
斯くして──どきっ無人兵器だらけの研究施設調査は、謎の少女ゾエちゃんを保護して終了となった。
◆
高度文明の墓標が林立するエリア13の水没地区。
タジマ粒子と重金属に汚染された海には、黒煙を上げる無人兵器の残骸が浮かぶ。
そこで青い閃光が交差し、鈍い爆発音が響き渡る。
焔に包まれ、墜落する異形のティタン──
無人兵器の上位モデルに当たるフラグシップ。
その1機は、自慢の大型レーザーブレイドごと胸部を高熱量に貫かれ、水中へと没する。
≪チーフ≫
「おや、遅かったね」
それを見届けた真紅のティタンは、右腕の大型レーザーライフルを下げる。
残心のようにも見えるが、搭乗者の心は敵に向けられていない。
≪A31案件が実行されていません≫
「手違いがあったようだねぇ」
≪……Z3からZ8までをロスト、この損失をどうされるつもりですか?≫
「いやぁ…実に困った」
青い眼光が睥睨する水没都市の随所で、灰色のティタンが無惨な骸を晒していた。
最近になって目撃される謎のNPC、プレイヤーから
≪チーフ、リソースは有限です≫
「うん」
≪本当に分かっていますか?≫
「そうだねぇ…」
文明の墓標より夕闇の滲む空を見上げる男は、まるで取り合わない。
「まだ本気じゃない彼女の相手で、この有様じゃリソースの無駄ってことは分かったよ」
≪調整段階の未成状態では、当然の結果と考えます≫
「娘たちへの期待は過分だと?」
フラグシップに該当するティタン4機、そして完全統制された無人兵器群による飽和攻撃。
トッププレイヤーであっても生存は困難を極める死地だ。
しかし、チーフと呼ばれる男は落胆した声色を隠そうともしない。
「はぁ…まぁ、いいさ。目的は彼らが果たしてくれたし」
≪彼ら? チーフ、独断専行が過ぎます≫
病的な速度で切り替えたチーフに、非難の声が通信越しに届く。
感情のない平坦な声で、とても非難には聞こえないが。
≪確認──ZOEへの悪影響が懸念されます。至急、回収する必要があるかと≫
「私たちなら悪影響を与えないと? 君のジョークは退屈だね」
≪業務に不要な能力──増援です。チーフ、直ちに離脱してください≫
赤と黒に染まった夕闇の不吉な空。
そこに次々と姿を現す輸送ヘリコプターと攻撃ヘリコプターの編隊、その数は20を数える。
「それは難しそうだねぇ」
人間の意思が介在しない無機質な敵意は、四方から迫っていた。
しかし、真紅と黒でカラーリングされた鋼鉄の巨人は、ただ悠然と構えるだけ。
「さて、お手並みを拝見させてもらうよ、要観察対象の諸君?」
チーフと呼ばれる男の心は、ここにない。
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