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 どう説明したものか。

 頭を捻りながら、薄暗い路地を進んでいく。

 無駄に入り組んでいて迷路みたいだ。

 しかし、この道中にヘイズのセーフハウスはある。


「しくじったぜ」


 案の定、迷った。

 物覚えは悪くないつもりだが、この路地は特徴が無くて覚えづらい。

 セーフハウスに通じる道だから当然か。

 弱った。


「そんなことだろうと思った」


 寂しさのあまり幻聴が聞こえてきたぜ。


「お前は、まったく手間をかける」


 幻聴じゃない。

 俺の背後には、メカメカしい狐の面を被った腕組みヘイズさん!


「ママ?」

「馬鹿を言っている暇があったら付いてこい」

「うっす」


 まるで動じぬ塩対応を受け、俺は大人しく友人の背中に付いていく。

 ママはやめよう。

 俺の大切な何かが失われてしまう気がする。


「待っていたぞ、少年」


 角を曲がった先、路地の壁に背を預ける師匠が、バケツ頭から涼しげな声を響かせる。

 今日も決まってるぜ。


「師匠も待っててくれたんですか?」


 あの一件以来、師匠は俺たちと行動している。

 弟子の行末を見届けたいと──


「なに、今来たところだ」


 さすが師匠だ。

 大人の余裕ってやつを醸してる。


「J・B、そこはセーフハウスじゃないぞ」

「ふっ……」


 違ったわ。

 師匠も俺と同じ迷子だったよ。


「はぁ…付いてこい」

「面倒をかけるな」


 ヘイズの後ろを俺と師匠が付いていく。

 なんだろうな、デジャブな光景だ。


 さて──どう切り出したものか。


 黙っておく選択肢はない。

 それだけは絶対にしたくなかった。


「少年」

「なんです、師匠?」

「面倒事に巻き込まれていないか」


 嘘だろ。

 師匠に隠し事は通用しないのか?


「な、なぜそれを」


 動揺する俺の反応に対し、返ってきたのは沈黙。


「まさか、本当に巻き込まれているとはな」


 バケツ頭の額を押さえる師匠。

 これ、もしかして鎌かけられた?


「外に出れば面倒事を拾ってくるのか、お前は」

「まだ2回だけじゃん!」

「これで3回目だ」


 ぐうの音も出ねぇ。

 不意に、ヘイズの足が止まった。


 路地の壁に左腕の義手を当て──壁面と同化していたゲートが開かれる。


 放棄されたティタンの装甲で作られた特注品なんだそう。

 外出する時は秘密基地の扉に見えたけど、今は取調室の扉に見えた。


「詳しく聞かせてもらうぞ」

「うっす」 



「キャンセルだ」

「やっぱりかぁ…」


 セーフハウスに置かれた木製の椅子に腰かけるヘイズは、ばっさり切り捨てた。

 元剣道ガールだけあって姿勢がいい。


「報酬全額前払いとは、露骨だな」


 ゲート前の壁に背中を預ける師匠も若干呆れ気味だ。

 座りません?


「罠と自白しているようなものだ」

「ニュービー向けの調査か……少年、これは誰から依頼された?」

「長身オールバックのおじさんに──あれ、依頼主が不明になってる?」


 端末に表示されたミッションの依頼主は不明となっていた。

 めちゃくちゃ不審。

 チェーンメールでも差出人あるぜ。


「偽名ではなく不明か…」

「プレイヤーではないな」

「なら、NPCなんじゃ?」


 俺の消去法で選んだ答えは、どうも違うらしい。

 2人とも腕を組んで黙考に入る。


 この空気──長椅子でくつろぐわけにはいかねぇな。


 俺は空気が読める男なんだ。


「罠ってことは敵がいるって認識でいいのか?」

「ああ、ほぼ確実に待ち構えていると見ていい」


 ナガサワさんみたいな相手が待っているかもしれないってことか。

 つまり、ロボットバトルが俺を待っている?


「行くしかねぇ…!」

「いや、ここは……罠以前に、場所が悪い」


 藤坂もといヘイズにしては、珍しく歯切れが悪い。

 調査場所はエリア13の水没地区、研究施設内部と表記されている。

 ここに一体何が?


「少年、聞いたことはないか?」


 ヘイズの言葉を引き継ぐように、師匠が語りかけてきた。


「世に銀蓮の祝福と安寧を」


 まさかの一文が飛び出し、俺は思わず身構える。

 頻繁に聞く一文だが、何を指しているか聞くに聞けなかった。


「とあるエネミーを崇拝する集団が唱える祝詞だ」


 エネミーを崇拝って、ただの邪教じゃねぇか!


「口ずさんでる連中は、所詮お遊びだが……あれの戦闘力は遊びではない」


 おもむろにヘイズが立ち上がり、目の前のテーブルに端末を置く。

 その画面には、画質の粗い静止画が映っていた。


「白い花?」

「よく見ろ」


 伸ばされた義手の指先を目で追い、そして理解する。

 これは花なんかじゃない。


「これは…空母か?」


 花びらに見えたのはだ。

 多重に折り重なった滑走路を、6本の脚が支えている。

 足元のビル群を見て、その桁違いのスケールが分かった。


であることに違いはないが、彼女は無人兵器の母だな」


 俺の背後から覗き込む師匠。

 その補足で、おおよそ読めた。

 アルビナ先生曰くティタン・フロントラインに登場する敵は大半が無人機らしい。

 人類の殲滅を目的とする対話不可能な相手なんだとか。

 その母とくれば、さぞ危険な存在だろう。


「ここ、エリア13で活動する無敗のエネミーだ」

「うわぁ……よく崇拝の対象にしたな、それ」


 マップギミックじゃないなら、それはバランス調整の対象──いや、みたいな前例がいるか。


「あまりに圧倒的だったからな……無理もない」

「人知の及ばぬ力は人を魅了するのかもしれん」


 おそらくと見られる2人が、どこか諦観した声で言う。

 そこまで言われると実際に会ってみたくなるじゃん。


「あと、声がいい」

「はい?」

「それは、どうでもいい」


 いや、どうでもよくない!

 めちゃくちゃ気になるんだが?


「水没地区はエリア13の端だが、見逃してはくれんだろう」

「足場が限られる分、こちらが圧倒的に不利だな」


 師匠の言葉から水没地区は文字通りの環境と想像できた。

 どんな無人機と交戦するかは分からないが、戦闘は不利なものになる。


「突破は難しい?」

「私たちには困難……というより不可能に近いか」


 どこかで似たような言葉を聞いた。

 そう、奴だ。


 撃破不可能──チュートリアルに現れるオープニング。


 勝利条件も環境も全く違う。

 ただ、似ているだけ。


「へっ……行くしかねぇな」


 奴を突破できたなら、次も挑むだけだ。


「話を聞いていたか?」

「俺だけで行く。迷惑はかけない」 


 不可能だって?

 上等!

 この世界、ティタン・フロントラインはゲームだ。

 最初から諦めるなんて勿体ない。

 どれくらいの困難が待っていて、突破した先に何が待っているのか。

 楽しくなってきやがったぜ!


「ふっ……抜け駆けとは感心せんな」


 腕を組む師匠が不敵に笑う。

 まさか、俺の酔狂に?


「私も同行しよう」

「師匠…!」


 さすが師匠だ。

 嬉々として渦中へ飛び込んでくれる姿に痺れるぜ。

 レールガンがあれば、もう何も怖くねぇ。


「まったく……仕方のない奴だ」


 固く握手を交わす俺と師匠を見て、ヘイズは溜息をつく。

 俺を見下ろす長身の友人。

 でも、知ってるぜ。

 さっきの渋々という声は、付き合ってくれる時の声!


「来てくれるのか?」

「放っておいたら、突破するまで私を放置しそうだからな」


 ゴールデンウィークの二の舞になるつもりはない。

 ちゃんと弁える、つもりだ。

 とは言え、ヘイズも来てくれるなら頼もしい。

 道連れは多ければ多いだけ楽しいからな──


「やると決めた以上は徹底的にやる。前払金を出せ」

「え、いや、それは」

「勝率を少しでも上げる……嫌とは言わせんぞ」


 なんてこったい。

 レールガンとパイルバンカーの購入が、遠のいていく!

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