35.決着

 自分の名を呼ぶ声にゼツナは覚醒する。


「――ナさんッ! 起きて下さいウサっ! ゼツナさんッ!!」

「ハクト? うっ!!」


 仰向けの状態から急に起き上がろうとした為、クラリと視界が揺れる。本来のゼツナならこの程度のことでフラついたりしないのだが。


「大丈夫でウサ? 傷は治したけど危ない状態だったウサ」


 そう話しかけるハクトの声もどこか弱々しい。手にした錫杖にもたれ掛かるようにして座り込んでいる。

 デュークの"気弾"をその身に受けてアバラが数本折れ、それが内臓を傷つけるほどの重症となり束の間気を失っていた。

 気が付いてから自らに【大治癒メガヒール】をかけた後、ゼツナにも二度目の【大治癒メガヒール】を使用した為、都合三度連続で使ったことになるのでさすがに聖神力も疲弊しきっている。


「ハクト、あれは一体!?」


 異様な気配を感じて膝立ちに身体を起こしたゼツナは呆然とつぶやく。


「わからないウサ。さっきまでハクトも気を失っていたウサ。でもたぶん、魔人と――」

「――チェシカ……なのか?」


 二人の視線の先には見ただけで身体が痺れ、動けなくなるほどの圧倒的な存在感ちからを持つ者たちが対峙していた。

 一方は漆黒の翼を広げた頑強な体躯をした四ツ目の魔人。

 もう一方は、背中まで流れる白銀の髪と美の化身と思われるほどに美しい容姿をしているのに、その纏う気配は魔人に似たそれ。背には黒と白の翼。

 二人が知るチェシカとは似ても似つかぬ姿。


「――白銀の者……さま」


 白銀の髪の方を見て、無意識にポツリとつぶやくハクト。

 彼の旅の理由。自らが仕えるべき者。

 ゼツナとハクトが見つめる中、魔人が先に仕掛けた。

 魔人の右腕が黒い影のようになり、大きく手の平を広げながら白銀の者へ向かって伸びていくとその身を握り潰さんとするが、遠目から見ても何かに阻まれて握り潰せないでいる。

 すると魔人はさらに何本もの影の腕を伸ばして、白銀の者をその手の平で掴もうとするが、最初の腕と同じように何かに阻まれて掴めないでいた。

 その様子を見て魔人が苛立たし気に何やら叫ぶのと同時に、その握られた手の中から魔術の詠唱が聞こえ始めると、辺りは何とも言い難い気配が満ちていく。

 それは魔力の高まりだったが、ゼツナもハクトもこれほど凝縮していく魔力を感じたことはなかった。

 詠唱が終わり、白銀の者が魔術を解き放つ。

 その瞬間、遠くに離れていた二人にも感じられた上空からの圧迫感。

 急激な気圧の変化による耳鳴りがしたかと思えば、それを消し飛ばすほどの轟音が轟き、大地から震動が伝わってくる。


「わわッ!!」

「な、なんだッ!?」


 ハクトは思わず耳を畳んで両手で覆ってその場にしゃがみ込む。

 ゼツナはチェシカから渡された剣の柄を右手に握りしめながら、何が起こっても動けるように構えを取る。

 ちょうどそのタイミングで視界が赤く染まり、強い熱波に煽られた。


「くっ!」


 柄を握ったまま腕をあげて反射的に顔を庇う。

 熱波が去った後、腕を降ろして見てみれば、ボロボロの姿になっても宙に漂う魔人と、虹色の光を身体の内に吸い込むようにして現れたチェシカの姿だった。


「ゼツナ! 剣を構えてッ!!」


 チェシカが叫ぶと同時にゼツナに向けて腕を伸ばす。


「ッ!?」


 意図はわからなかった。が、チェシカが魔術の詠唱を始めた時には身体が勝手に動いた。立ち上がり、刃の無い剣の柄を両手で握り正眼の構えをとる。

 チェシカが

 ゼツナは向かって来る眩い閃光の帯を、見えない刃があるかのように受け止めた。


「ぐぅぅぅ!!」


 閃光に目が眩み勢いに身体が後ろへ押されそうになる。だが、四肢に力を入れて耐える。

 そして魔術が収まった時、剣の柄の先に光の刃が生れていた。


「止めをッ!!」


 チェシカの声にゼツナははしる。

 向かう先は怨敵である魔人。

 魔人はゼツナに気付いていないのか肘から先が無くなった腕をチェシカに向けたまま。

 

(――アレで死んでないとするならば殺せないということか。ならば滅ぼせばよいッ!!)


 遠く遠く、異界に在るとされる一族の守護神に破邪の力を借り受ける武装暗技ぶそうあんぎ

 

オン 摩利支天マリシエイ 蘇婆訶ソワカ


「オォォォォォォッ!!」


 ゼツナは光の剣を肩口で担ぐように構えて一気に振り下ろす。


「太刀の三技さんぎ――【巌斬がんざん】ッ!!」


 振り下ろされた光の一刀は、魔人の正中線を綺麗に斬り通していた。

 

「ギィィィィエェェェェェェッ!!!」


 耳をつんざくほどの悲鳴。

 魔術の威力その物を光の刃とした光の剣に破邪の霊気を乗せた一刀は、魔人に致命の一撃となった。

 その身体は一瞬で灰となり、地面の上を風に運ばれて霧散していく。

 その様子を確認したゼツナは。


「――はぁ、はぁ、はぁ……や、やった……。やったぞぉぉぉぉぉ!!!」


 剣の柄を握りしめたまま、両膝を折ってその場に座り込み夜空を見上げて歓喜の声をあげる。


「兄上……みんな。仇は――とったぞ」


 見上げたゼツナの頬には、月光に照らされ銀色に輝く一条。












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