23.新たなる仲間

「それじゃ、おっちゃんも元気でね」

「あぁ、お前さんたちもな。本当、ありがとよ。お嬢ちゃんたちは命の恩人だ。俺なんかが役に立つことなんざ何もねぇかもしれんけどよ。もし何か力になれることがあったらいつでも声をかけてくれよな」


 チェシカたちを町まで連れてきたくれた行商人の男もしばらくはこの町に滞在して、町の復興に協力することにしたらしい。『この町には結構世話になったからな』と。

 ピルッツの町の出入り口。

 見送り人は行商人の男のみ。

 町の防衛に多大な貢献をしたことに、町長や冒険者ギルドからチェシカたちに感謝状などを贈りたいとの申し出があったが、もちろん断った。結果はどうあれ、元々町を救いに来たわけではなくあくまで魔族の動向を探りに来ただけ。人助けは物のついで――とかなんとか理由を付けて。

 チェシカ曰く「感謝状なんてガラじゃないしね」という言葉が偽らざる本音だったが、他の者も納得し特に何を思うこともない。ちゃんと仕事としての報酬はもらったのでそれで充分だった。

 陽が段々と西に傾き始めた時刻。

 今日町を去ることは行商人の男と世話になった兎人族ワーラビットのハクト・ピョン以外には伝えていない。

 町の立て直しで忙しいだろうし、第一、見送りなんて気恥ずかしい、というのが本音だった。

 手配していた早馬車が昼過ぎに到着して、いろいろと出立準備を整えそろそろ出発しようかというその時、


「おーいッ! ちょっと待って欲しいウサァァ!!」


 行商人の後ろの方から白いもふもふ――もとい、兎人族ワーラビットのハクト・ピョンが抱きかかえるように持った金色の錫杖をシャカシャカ鳴らしながら走り寄って来る。

 町の出入り口、チェシカたちの前まで来るとはぁ、はぁ、と息を切らせながら手にした錫杖を杖代わりにして息を整えるハクト。


「わざわざ見送りに来てくれなくてもよかったのに」

「――はぁ、はぁ。いえ、違うウサ。見送りに来たんじゃないウサ」

「じゃぁ、何しに来たの? 町で何かあったとか?」


 ヒュノルの問いにふるふると頭を振るハクト。


「町には何も起こってないウサ。町の皆さんはがんばって町を直しているウサ。ハクトがここに来たのは、皆さんと一緒にハクトも連れて行って欲しいウサ」

「――へ? 一緒に?」

「何でまた? 楽園フォーリングタウンに用事でもあるの?」


 チェシカとヒュノルは不思議そうに首を傾げた。


「違うウサ。実はハクト、白聖術師として修行の旅をしているウサ。ハクトの里では十二歳になったらウサ」

「え!? あんた、十二なの!? 子供じゃない!」

「子供じゃないウサ! ハクトたちは十二歳になったら立派な成人ウサ! 修行の旅に出るのは成人の儀式ウサ」


 人間の子供ほどの身長で、さらに二頭身の身長となれば子供というイメージを取り去るのは難しい。何より――。


「……ウサ?」


 フサフサモコモコの頭を斜めに傾げ、それにならうように細長い耳の先がお辞儀をするようにふにゃっと折れ曲がる。

 一同を見つめるつぶらな瞳は「どうしたウサ?」と問いかけているようで。

 破滅的なかわいらしさを醸し出しておいて、これで大人は無理があり過ぎる。


「――あー、こほん。それでどういうことかな? 修行中のハクトが僕たちについて来たい理由って何?」


 尋ねたヒュノルに簡潔でありながら意味不明な答えを返すハクト。


「ビビッと来たウサ!」

「――ビビッと?」

「そうウサ! ビビッとウサ!!」

「……」


 チェシカのオウム返しのようなつぶやきに、ハクトはうんうんと頷きながら再度、力強く答える。


「さっ! みんな、馬車に乗った乗った! 楽園フォーリングタウンに戻るわよ」

「待つウサっ!!!」


 聞かなかったことにして他の者たちを促して馬車に乗ろうとしたチェシカに対して、可愛らしい見た目とは裏腹に物凄い速さで回り込むハクト。その速さはまさしく脱兎の如くであり"脱兎の癒し手"の名は伊達ではないらしい。


「ち、違うウサ! 今のは無しウサ! 皆さんと一緒に行きたい理由は、村の最長老でもある大婆様からのお告げがあったからなんだウサ!」

「お告げ?」

「そうウサ! 大婆様は占星術師様でもあるウサ!」

「――それで、何てお告げがあったの?」

「忘れたウサ」

「急ぐわよ、みんな。街に戻ったら対策を練らないとね」


 再び馬車へ歩き出すチェシカ。


「わー、わー、ま、待つウサ! あ、いえ、待って下さいウサ! たぶん、思い出したウサ!」

「たぶん?」

「違いますウサ、違いますウサ! 絶対ウサ! もう完璧に思い出したですウサ!!」


 再びチェシカの前に回り込んだハクトは、土下座一歩手前――頭を地面にこすりつければ完成という恰好で叫ぶ。

 真後ろには馬車が迫っている。これが最後のチャンスになるだろう。


「え、え~と――」

「……」

「た、たしか――『天地騒乱起こりし時 白銀の者現れん その者 天を割り 地を砕く者なり』だったウサ」

「――へぇ」

「!?」

「なんだか物騒な臭いしかしないお告げでございますね」

「――――」


 ハクトが言った大婆様のお告げとやらを聞いた四者四様の反応。

 チェシカはその口元を意味ありげに歪め、ヒュノルは目を見開いて驚き、ミヤミヤは不吉な気配を感じ取り、ゼツナはおそらくよくわかっていない。


「お告げとやらはわかったけど、やっぱりあんたがついて来たい理由がわからないわね」

「大婆様はハクトに言ったウサ。"白銀の者"様を探してお仕えするようにって。"白銀の者"様は魔族を倒すお方だからって。それでハクトは魔族に関することを調べながら旅をしているウサ。きっと"白銀の者"様は魔族がいるところに現れるウサ」


 そしてジッとチェシカを見つめる。


「町の冒険者の方から聞いたウサ。チェルシルリカ・フォン・デュターミリアという人間の人族は、魔族の専門家だって。え~と。"でもんすぽんさー"って呼ばれてるウサ?」

「――なんであたしが魔族を後援しなきゃいけないのよ」

「あれ? 違ったウサ?」

「違うわよ」

「あの、よろしいでしょうか? デュターミリア様」


 チェシカとハクトの会話にミヤミヤが割って入って来る。


「ん? どうかしたの?」

「いえ、どうという訳ではないのですけれど、そのうさちゃんに一緒に来ていただいてもよろしいのではないでしょうか?」

「うさちゃん!?」

「――どういうこと?」


 ハクトの驚きとチェシカの疑問の声。


「今晩のおかずに――」

「ひぃぃぃぃ!!」


 その瞬間、ハクトは頭を抱えて馬車の下に潜り込む。


「――ミヤミヤ?」

「もちろん冗談ですわ」

「その細目じゃ、本気か冗談かわかんないのよ」


 チェシカは溜息をつきつつ「それで?」と本題をうながす。


「もう少し彼の大婆様のお話を伺いたく存じます。なにか魔族に関する動向の参考になるようなことが聞けるかも知れません。あとは単純に彼の聖術師としての能力はとても有用です」

「――ハクトを?」

「駒だなんて滅相もございません。戦場だけが聖術師の活動の場ではございませんし、むしろ戦いの後にこそ彼の力が必要になるかと思います。ピルッツの町のように」


 チェシカはミヤミヤの本心を見極めるかのようにジッと彼女の顔を見つめた。

 ミヤミヤもまた当然のようにその視線を受け止める。 

 しばらくの沈黙の後。


「はぁ。いいわ。ハクトには一緒に来てもらいましょう。本人の希望でもあるわけだしね。でも、もう一度言っておくけど、彼を今回の件に巻き込むつもりはないから」


 チェシカの言葉には沈黙で答え、ただ恭しく頭を下げるミヤミヤ。


「ハクトぉ、大丈夫よ。さっきのはただの冗談だから。出ておいでぇ」

 

 その場にしゃがんで馬車の下を覗き込む。


「――本当ウサ?」

「ホント、ホント」

「ハクトを食べないウサ?」

「何言ってるの。命の恩人なのよ、ハクトは。そんなひどいことするわけないわ。ほら、出て来て。あたしたちと一緒に行きましょう」

「――わかったウサ」


 そう言うとおっかなびっくりな状態で、ハクトは馬車の下からゆっくりと出てくる。


「さて。それじゃ出発しましょうか。おっちゃん、それじゃ、元気でね」

「あぁ、お嬢ちゃんもな」


 少々ほったらかし状態になっていたにも関わらず、怒りもせず律儀に彼女たちの出発を待っていてくれた行商人に挨拶をして早馬車に乗り込むチェシカ。

 今回は早馬車ということで、前回の行商人の幌馬車とは速度が全然違うので並走して走るのも大変だろうということで、もう一度馬車に挑戦することになったゼツナだった。

 全員が乗り込み、御者の掛け声と共に馬車はゆっくりと動き始める。

 

「そういえばハクト」

「ウサ?」

兎人族あんたたちって集団を好む種族じゃなかったっけ? さっきもって言ってたじゃない?」

「あぁ、それはウサね――」


 何故か声を潜めるハクト。


「実はハクトは――対兎たいうさ恐怖症なのでウサ。だから兎人うさびととは一緒に行動出来ないんでウサ」

「――あぁ、そうなんだ」


 大変そうでいて割とどうでもいいような内容だったので、なんとも中途半端な返事しか出来ないチェシカだった。

 ちなみにゼツナはというと、またしても吐くことになったので結局、前回同様並走することになった。












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