19.立ちはだかる強敵

 その身はまるで一陣の黒い疾風。

 高速で流れていく左右の景色。

 前方に感じる魔族の気配に一直線に走る。途中に立ち並ぶ木々に掠ろうかというギリギリの回避行動で、ただひたすらに最速で向かう。


(里のみんなの――兄上の仇! 絶対に逃さん!)


 真っ直ぐに向ける視線の先、木々の隙間から一瞬、赤い何かが見えた。


「――!?」


 ゼツナは湾刀サーベルの柄に手をかけ、最速のさらに上を行くがの如く走る。

 唐突に開けた場所に出た。そこに――それはいた。

 粘膜のような物に覆われているのだろう。体表は見るからに粘着性があると思われるほどヌラヌラとテカっている。

 話にあったように全体が赤色で、ずんぐりとした体躯はシルエット的には熊に似てなくもない。

 手足は長く顔はどちらかと言えば魚類に近しいだろうか。ナマズのようなと言われれば、そんな風に見えなくもない。そして――。


「おおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 ゼツナがを見て咆える。

 赤い魔獣の口から伸びた長い舌が、鎖帷子チェインメイルに身を包んだ軽戦士ライトファイターと思われる冒険者に突き刺さり、何かを吸い込んでいるかのように丸く膨らみ、舌の中を通って口元まで運ばれていた。


「太刀の四技しぎ――抜刀【朧霞おぼろがすみ】!!」


 赤い魔獣に向かって真っ直ぐに跳んだ勢いのまま、鞘から抜き放つ横薙ぎの一刀。

 里の達人でさえゼツナのその太刀筋は霞んで見えるほど。

 それを。


 ギィィィィン!


 横合いから大剣グレートソードで受け止める者。


「!?」


 間髪入れず、反対側から重い風切り音と共に、ゼツナの胴を狙った大剣グレートソードの横払いが迫る。

 後ろに跳んでは間に合わない。

 

「くッ!!」


 ゼツナはその場に四つん這いの形で屈み込む。

 間一髪、数本の黒髪を払いながら相手の剣が頭上を通過していく。

 一息つく間もなく全身のバネを使って今度こそ後方へ跳ぶ。

 一瞬の間を置いて振り下ろされた大剣グレートソードの刃がゼツナが先ほどまで屈んでいた場所を打ち据え、盛大な土埃が舞い上がる。

 この一連の攻防でゼツナは相手の力量を知った。

 十分に間合いを取り相手を見る。

 人族ではない。魔族だ。

 フード付きの漆黒の外套マント。その下は板金鎧プレートアーマーに身を包んでいる。両の手には大剣グレートソード。片手で振るうその膂力りょりょくは驚くべき力だ。

 その正体は闇の暗黒騎士――骸骨騎士スケルトンナイト

 この魔族は先ほどのゼツナの一撃を苦も無く受けきった。

 太刀の四技は死技しぎ――必殺の死殺技だ。それをああも簡単に。侮れない強敵だ。全力をもって相対しても勝てるかどうかと思うほどの。

 チラリと赤い魔獣を見れば、干からびたミイラのようになった冒険者の身体をなおも吸い続けている。骸骨騎士スケルトンナイトを目の前にしては赤い魔獣には手が出せない。


「くそっ!!」


 思わず悪態をつく。

 

「ゼツナっ!!」


 追いついて来たチェシカが彼女の名を呼ぶ。


「私はいい!! 赤い奴をッ!!」


 この一連の騒動の中心的な魔族。四ツ目への手がかり。逃す訳にはいかない。

 ゼツナは骸骨騎士スケルトンナイトから視線を外すことなくチェシカに叫ぶ。


「わかったわッ! こいつはまかせ――!?」


 チェシカの言葉が轟音と共に遮られる。

 先ほどチェシカが使った【火炎球ファイアボール】の爆音とは比較にならないほどの振動。思わず振り向いたゼツナの視線の先で、爆炎の中から黒煙の帯を引きながら弾き飛ばされていくチェシカの姿だった。


「チェシカァァァ!!」


 叫んだ瞬間、骸骨騎士スケルトンナイトが間合いを詰めてくる。

 右上段からの袈裟斬り。

 ゼツナはギリギリを見切ってバックステップで躱しつつ、踏み込む為の距離をとる。

 足が地に着いた瞬間、今度は彼女が間合いを詰めて打突を放つ。

 骸骨騎士スケルトンナイトが左の大剣グレートソードを斜め下から振り上げて腹の部分で受けると、そのままの勢いで打ち払う。

 ゼツナはもう一度下がって距離を取る。

 ギリッと唇を嚙みしめるゼツナ。

 チェシカの事は心配だが骸骨騎士スケルトンナイトから目を離す訳にはいかない。彼女のことは信じるしかない。


「フー」


 湾刀サーベルを正眼に構えて大きく息を吐く。

 ゼツナが今しなければならないことは、目の前の骸骨騎士スケルトンナイト斬り倒すこと。それ以外の思考は捨てる。

 骸骨騎士スケルトンナイトはだらりと両腕を下げて両剣とも刃先が地に触れようかという位置。

 しばらくの静寂。

 どちらも動かない。

 だが、は不意に訪れた。

 ガシャン、と。

 赤い魔獣が冒険者の身体を吸い尽くした時、身に着けていた装備が地面を叩いた音。

 ゼツナと骸骨騎士スケルトンナイトは同時に前に出る。

 剣の間合いリーチ骸骨騎士スケルトンナイトに分があった。今度は骸骨騎士スケルトンナイトが右の大剣グレートソードで打突を放つ。

 ゼツナは大剣グレートソードの打突を湾刀サーベルで打って軌道をずらしつつ、打った反動を利用してその場で骸骨騎士スケルトンナイトに一瞬背を向け、身体を捻りながら振り返って剣の威力と速度を増加させる。


(奴の二刀は攻防一体。左の剣は防御の為攻撃はしてこないはず!)


 遠心力で増加されたゼツナの一撃が骸骨騎士スケルトンナイトの首元に迫る。


(どれほど強かろうと、魔族とて首を落とせば生きていられまいッ!!)


 風を纏ったかと思うほどの唸りをあげるゼツナの渾身の一刀を。

 骸骨騎士スケルトンナイトは後方へ跳ぶことで回避してみせた。


「なんだとッ!!」


 驚愕の叫びが漏れる。

 着地した骸骨騎士スケルトンナイト板金鎧プレートアーマーがガシャンと音を立てる。

 そう。骸骨騎士スケルトンナイトは重い板金鎧プレートアーマーを着込んでいるのだ。その状態で後方へ跳ぶ。簡単ではないが出来ないことはないだろう。しかし、である。

 ゼツナの神速とも言える一刀を躱してとなると、驚かずにはいられない。


「――化け物め」


 空虚な暗闇しかない伽藍洞の瞳をした骸骨顔では、ゼツナの言葉を聞いてどう感じたのか感情の色はわからない。

 何か思うところがあった訳でもないだろうが、再び骸骨騎士スケルトンナイトの方から仕掛けてくる。

 大剣グレートソードが振るわれるたびに、空気を切り裂く重い音が鳴る。

 右の次は左。

 左の次は右。

 一刀を紙一重で躱して攻撃を仕掛けるも、必ずもう一刀で防御される。

 二刀を同時に振ることはない。

 骸骨騎士スケルトンナイトとゼツナの剣は対照的だった。

 二刀の剛剣と一刀の柔剣。

 力と技、重さと速度。

 速さを補う為の攻防一体の剣。

 威力を補う為の一撃必刀の剣。

 

(今のままでは真正面からの攻撃は届かぬか)


 ゼツナは正眼の構えから、下段の構えに変える。距離を保ったまま間合いは詰めずに。


「太刀の二技にぎ――【影身かげみ】」

 

 下段の構えから逆袈裟に振り上げて斬撃を飛ばす"地奔じばしり"を、振り上げた状態からもう一度振り下ろすことで再び"地奔じばしり"を放つ二連撃。


(躱すか、それとも――)


 骸骨騎士スケルトンナイトは二本の大剣グレートソードを十字に構え、二連の斬撃を受け止めた――瞬間、鉄が軋むような甲高い音を立てる。

 どちらも完全に受けきることは出来ずに上段の一撃は右肩を、下段の一撃は左ももの部分に当たり、ローブを切り裂きはしたが、板金鎧プレートメールは浅い裂傷を与えただけで、それ以上のダメージを与えることは出来なかったようだ。


(堅い――が、やはり速度には対応出来ないようだな。ならばッ!)

 

 ゼツナは一気に勝負を決める為に武装暗技ぶそうあんぎで自らを強化する。


オン! 我が身に宿りしは風雷の守護神なりッ! 疾風迅雷ッ!!」


 自己暗示による身体強化。黒の民の秘術。

 細胞の一つ一つが活性化し、熱を帯びて来るような感覚が身体を包み込んでいく。


「フッ!」


 息を吐いて一気に間合いを詰める。

 先ほどまでの戦いよりも深い間合いへ。

 骸骨騎士スケルトンナイトの迎撃の一刀が振り下ろされてくる。

 速度と剣筋を見切って、振り下ろされる方の腋をかい潜って背後を取り、漆黒のマントごとその背中に斬りつける。

 ダメージが板金鎧プレートメールを通った感覚。だが、痛みを感じていないのか骸骨騎士スケルトンナイトは腰を捻って後ろを向きつつ、その反動で大剣グレートソードを振り払う。 

 ゼツナは一度下がってその一撃を躱すと、怒涛の連撃ラッシュを繰り出した。


「おおおおぉぉぉ!」


 上下左右、縦横無尽に湾刀サーベルを振るう。

 骸骨騎士スケルトンナイトは再び両剣を十字に構えて、嵐のような連撃ラッシュが終わるまで耐えきるつもりのようだった。












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