デトネーターズ!!
維 黎
1.プロローグ
とある街から徒歩で二日ほどの距離にある廃村。数年前に魔族に襲われたという。
壁や天井が崩れ落ちているが、出入り口と思われる扉の上の外壁に十字架が嵌め込まれている家屋。元は教会だったのだろうか。
深夜。
一層の不気味さを漂わせる時間帯であれば昼間以上に寄り付く者などいないだろう時刻に。
「――ごめんくださ~い♪ とか言ってみたりぃ?」
不釣り合いな、もしくは場違いなと表現できる声が聞こえる。
不気味な場所に反して明るい口調。
多分に幼さを感じさせる声音。
見た目、十四、五歳ほどの少女。
「やめときなよ、チェシカ。『は~い💓 どなたぁ?』とか返事されたらどうするのさ」
少女の後ろで
人間の姿をそのまま小さくしたような姿ではあるが、男にも女にも見える中性的な容貌。
本来の彼らは草花で織られた衣装を纏っている者が多いのだが、白のシャツに黒のネクタイとサスペンダーで吊った黒のパンツ。まるでどこかのバーテンダーかボーイを思わせるような服装をしている。
「返事して迎えてくれるようなら、お茶の一杯くらいご馳走してもらえるかもしれないじゃない。そう思わない? ヒュノル」
ヒュノルと呼んだ
ショートカットの赤みがかった栗色の髪に大きくつぶらな瞳。
同年代の少女と比べても小柄な身長、将来に一縷の望みをかけるしかない
装いから少女が魔術師であることが分かる。魔術師の素養に
少女の名は"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"。彼女を
彼女はある種の者たちにとってはそれなりに有名で名が知られていた。
どういう種類かと問われれば暴力を生業とする者たち。
冒険者、傭兵、軍人から野盗、海賊、果ては暗殺者などの裏稼業の者たちまで。
可憐な少女の見た目からは想像がつかない苛烈な
爆炎の魔女、煉獄の幼女、紅蓮の天使などなど。彼女を評する
ヒュノルはそんな彼女に『そんなことある訳ないだろ』と心の中で呟いた。
時刻は深夜。
寂びれた廃村の朽ちた教会。
そんな
「そんじゃ、ま……。返事はないけどお邪魔しまぁ~す♪」
開けた扉の先にはちょっとだけ予想外の光景。
魔族と呼ばれる闇の者が二人。
「――増えてるし。もしかして秘密の密会? これからムフフでえっちぃなお愉しみだったり? 本当に邪魔しちゃったのかしら?」
「そんなことある訳ないだろ」
と、今度は口にするヒュノル。
夢魔と呼ばれる人食の魔族。男ばかりを喰らう
男喰種も女喰種も基本は人喰らいではあるが、ごく稀に喰い尽くさずに
「え~と。好みの可愛い娘だったから告って付き合うことにしたとか? で、彼女がOKした――と」
「何言ってるんだい、チェシカ。いくら可愛くたって彼女はもう腐女死なんだから。腐女子だったらギリいけるとは思うんだけど」
いや、無理だろ――と、ツッコミ入れる者は残念ながらいない。
「UUUUURURURUー」
「RiRiRiRiRiー」
二体の魔族がチェシカとヒュノルの存在に気付く。
高位の魔族は別だが、基本的に魔族は人語を介さないし発することもない。
一方の
腐乱している為、肌艶は生前のそれを思わせることは出来ないが、体格と寝間着の衣装から若い娘であることがわかる。チェシカより上、二十歳前後だろうか。
「――依頼人の娘さんに間違いないだろうね」
ぽつりとヒュノルが呟く。
見せられた肖像画とは比ぶべくもないが、寝間着は訊いていた物と合致する。もしかしたら別人という可能性も否定は出来ないが、これから二人――というか実質チェシカがすることは変わらない。
「……」
沈黙したままヒュノルの言葉に応えないチェシカ。
自分の胸元に手を添えて依頼人の娘だろう
(――もしかして憂いている?)
チェシカとはそれなりに長い付き合いではあるがそんな殊勝な心掛けはついぞ見たことがないのだが。
「――胸が大きくたって幸せに生きていけるとは限らないもんねッ! 小さくたって大丈夫だからねッ、あたしッ!」
明るい表情とは裏腹に、視線の先は
「そんなことだろうと思っていたよ、うんうん」
変らぬチェシカに満足そうにうなずくヒュノル。
うら若き女性が魔族に殺されあまつさえ
しかし、チェシカとヒュノルにとっては特に何を思うでもない。二人が棲む世界はもっと――。
「さて、と。それじゃチャチャっと
言語は共通ではないが敵意は相互に理解出来る。
二体の魔族が二人を敵とみなして臨戦態勢になったことを察したチェシカが討伐を宣言する。
食事後の食器を片付けるような軽やかさで、しかし内容は物騒この上ない。
と、まずは
戦いを生業としない者には
依頼人の娘は多少、武道の心得があったと訊く。
小さな体の儚げな存在にも見える
彼女たちを相手にする時、人間だろうと魔族だろうと考えることは同じなようで、
片膝をつき、右手の掌を地面に叩きつける。
「【
詠唱呪文を使わない略式魔術を放つチェシカ。
ヒュノルに届かないどころか、前にいたチェシカにすら届かないほど手前で、
「RiRi!?」
突然のことにおそらくは戸惑いだろう奇声をあげる
一方、
「あー。僕の言葉が理解出来るかどうかわかんないけど、チェシカに【
ヒュノルが忠告をする。
別に親切心を発揮した訳ではない。ただ何となくというかその場のノリというか。
不毛に見つめ続ける
チェシカの耳で揺れる紫水晶のイヤリングの片方には高レベルの
(まぁ、
と、思うもそれは口にはしない。
言ったところで
「URu?」
ヒュノルの言葉を理解したのか、それとは関係なく【
そのまま制止して数秒。
「URUuuRuッ!」
何かを唱えた途端、
「
ヒュノルの焦った声。
肉体という物質に強く縛られる人間では
「もっちろん、逃がさないわよッと!」
対してチェシカの声には焦りは微塵もなく、それどころかどこか楽し気でさえある。まるで釣り糸の先、針に喰いついた獲物を引き上げるかのように。
「【
ぼやけていた姿がはっきりと見えるようになる。
「【
幽体系の存在に大きく影響する
不可視の刃が
略式魔術であっても幻想種の魔族にさえ強烈なダメージを与える系統の術式は、
「UOoooRuooッ!」
断末魔を上げた途端、光の粒子となって消滅する
『娘を喰い殺した魔族を跡形もなく殺してくれ』
とある豪商からの依頼。ただし、チェシカが直接依頼人に会って請けた訳ではない。とある組織を通して受けた
「RiRiRigi……」
昆虫標本のように縫い付けられた
依頼内容も情報も
「――まぁ、だからと言って放っておけないんだけど」
もしかしたら世界のどこかにあるのかもしれない――が。
詮無い事ではある。
今、この場でその方法は無くチェシカもヒュノルも知らないのだから。
「――gi……gigi……gogo……ゴRogiテ……ゴRoギテ」
「!?」
「チェシカ!?」
人語を発することなどありえない。
しかし。
「――わかったわ。けど、ごめんなさい。あたしは
チェシカは厳かに黙して目を閉じる。
大きく息を吸い、吐く。
それを二度三度と繰り返して。
開け 蒼天の
我が願いに応じ
その猛き炎翼を振るいて
すべてを焼き尽くせ
【
聖獣
飛来した炎の波が娘を飲み込み、そのまま上空へと攫って行く。
「チェシカ!!」
ヒュノルの叫びと同時にチェシカは両足を『ハ』の字にして、その場に崩れ落ちるかのようにぺたんと座り込む。
前のめりになる身体を地面に両手をついて支えながら、大きく肩で息をする。
「無茶し過ぎだよ!!
滝のような大量の汗が流れ落ちて地面に染みを作っていく。
「は、はは……は。ちょ、ちょっと魔力を使い……過ぎただけ、だから。や、休めばへいき、よ」
荒い息を吐きつつもなんとか答えるチェシカ。
改めて彼女のいた場所を見る。
その場には跡形も何も無く。
彼女は確かに言ったのだ。『殺して』と。
聞き違いや気のせいと言われればそれまでではあるが。
チェシカもヒュノルも気にはしない。それだけだ。
二人して曇天の夜空に吸い込まれるように消えた炎を見送る。その炎の様は空へと還る不死鳥――浄化と再生を司る聖獣の姿を思い起こさせた。
「――依頼完了……かな?」
「さぁ。どうなのかしら、ね」
ヒュノルの言葉に座り込み夜空を見上げたまま曖昧な答えを返すチェシカ。
「――いやはや、お見事でございました。さすがはデュターミリア様。これで依頼主様もお喜びでございましょう」
「誰?」
チェシカとヒュノルの後方、まだ原型を留めている家屋内の闇から声が聞こえたかと思うと、ぬるりと影が地を這うように伸びて来て、ヒュノルが見つめる先で人型に盛り上がる。
「ヒュノル様におかれましては、お初にお目にかかります。私は"明けの明星"の影をしております、ハーゲルと申します」
「――あぁ、なるほど。"
若干の嫌悪感を滲ませるヒュノル。
「いやはや、これは手厳しいですな。初対面だというのに随分と嫌われてしまっているようで」
束の間、曇天の雲の隙間から星灯りの光が一条。
全身を黒い包帯のようなものにくるまれた姿が浮かび上がる。
(――まるでミイラだね)
目元だけは晒しているが言い得て妙な表現である。
その男――かどうかも定かではないが、ヒュノルの目の前にいるのにどこが気配が曖昧で捉えどころがない。実体というより虚像と表現すべきか。ただ、チェシカの先ほどの口ぶりからして彼女は最初から気づいていたようだ。
「それで? 僕たちに何か用かな?」
「いえ、要件は済みました。私は単なる見届け役の使いっ走りですので」
「なんだ、監視してたのか。ふ~ん。信用ないんだ?」
「滅相もございません。"
敵対する者は皆殺し。
一部でそんな風に真しやかに囁かれていることは事実だが、何とも物騒な
やるならば苛烈、徹底的にをモットーとするのが彼女だ。見境なしに皆殺すことはないが、囁かれていることを強く否定出来ないことも事実。するつもりもないだろうが。
「それでは私はこの辺りで失礼致します。――あぁ、そうそう。楽園にいらっしゃる"お館様"がお会いしたいと申しておりました。近々、使いの者を寄こすそうですので、お心得おきを」
チェシカは今だ夜空を見上げたまま、右手をハーゲルに向けると追い払うように手を振り「ハウス、ハウス」と呟く。
ハーゲルは出て来た家屋の暗闇へすぅっと吸い込まれるように闇へ溶け込み気配を絶った。
「――よっこい、しょっと――と、とととっと」
「チェシカ! ――もうちょっと休んでいこうよ」
ほぼすべての魔力を使い切ってしまった反動で、けっこうな風邪を引いた感じに似て身体の芯が鉛のように重く、フラフラとして頭もズキズキと痛くはあったが。
「大丈夫よ。さて。じゃ、帰ろっか。とりあえずシャワーでも浴びて冷たいエールをぐぃっと一杯やりたい気分だわ」
「――セリフがモロおっさんだよ、チェシカ」
疲れ切った様子を見せるチェシカだったが、口調からそれほど深刻な状態じゃないらしいとヒュノルはそう判断する。
多少フラつきながらもテクテクと帰路を歩き出したチェシカの横をヒュノルも並んで飛んでいく。
廃村には静寂が戻り、しとしとと雨が降り始めた。
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