【完結】追放聖女は派兵された 奇妙な勇者と共に   (元タイトル「聖女と勇者の二人旅」)

稲山 裕

零、夢の轍

 夢のわだち





 それは、少女の見た夢の一幕だった。


 目覚めればもう、記憶にさえ残らない儚い映像。


 だが、何度も見ている。


 見れば思い出す。これは以前見た夢だったと。


 本当ならばいつか、目覚めても残ってしまうために未来が歪んでしまう夢。


 予知夢はしかし、誰かの手によって残されない。



   **



「やめて! 村の人達は関係ないでしょう!」


 少女は叫んだ。必死の形相で。


「目撃者だぞ? 関係ないわけないだろう」


 馬から降りた兵士はそう答えた。残酷な事を趣味にしている冷たい瞳で。




「誰にも言わない! この人達は絶対誰にも言わないから! 殺すなら私だけになさい!」


 少女は、話しても通じないとどこかで理解している。


「そんな戯言……通じるかっ! ての!」


 兵士は、近くの逃げ遅れた村の男に、その剣を抜いて斬りかかった。


 剣筋は見事だが、それはあまりにも酷い、理不尽な暴力でしかなかった。




「やめてー!」


 こんなに簡単に人を斬れるものなのかと、少女は震えた。


 恐れと、怒り。


 目の前で倒れた村の男は、息を引き取る寸前だった。


 その傷は、致命傷に他ならない。


 右半身が、縦に割れてしまっている。




 だが、少女はまだ息がある事に賭けた。即死でなければ、間に合う可能性がある。


 それは、癒しの力を持つ者の特権。


 膝をつき、祈るような姿勢で少女は詠唱を始めた。




「血の叫びよ静まりて、在りし天命失すべからず。永遠とわに広がる無限の波の、戻りめ置く玉光を、寄りて御霊みたまよ、癒せ身命」


『――身命癒せ御霊の夜を、光玉置き止め戻る波。無限の高野こうや永遠えいえんの、失すべからじ天命有りて、静まれ叫べ血の神子みこよ』


『――命を癒せ聖霊よ。その夜に光る玉ぞある。置けよとどめよ戻り波。無限に永遠とわに高野に在りし、天命失さず静めたまえ。叫びにて成せ血の神子よ』




 それは三重詠唱。


 記憶に刻まれた祈りを、逆唱を唱え、癒しのイメージと共に二つの順唱を心で読む。


 ただ癒しの力を持つだけでは、成し得ない祈りの極致。




「お、おおおおお。――様! ありがとうございます! ――様!」


 その声は夢にありがちな、情報の欠落を持っていた。


 だが、ばっくりと割れて肋骨と肺まで見えていた右半身は、瞬時に癒えた。治癒が成功したのだ。




「いいから早く逃げるのよ」


 少女は走るように促した。


「は、はい!」


 ここに居ては、また斬られてしまうから。




「余計な事を。もう一度、今度は探して殺さねばならんではないか」


 兵士は、後ろに連なる大軍に手を上げて合図をした。


「酷い……なぜここまでするの?」


「言っただろう。魔族に急襲され、この村共々、――と――は討ち死にしたという話になると……――っているのだ」


 声の情報は、徐々に欠落が増えてゆく。




「そういうセリフ。子供向けの本でよくあるわよね」


「ちっ。ほざいていろ。すぐに殺してやる」


 兵士は不機嫌そうにした。が、それは束の間。


 人殺しの瞬間を思い、気味の悪い笑みを浮かべている。




「本気なのね。私もう、怒ったから」


 少女は、何かの覚悟を決めて立ち上がった。


「――。俺がやろう。君は村人達を護る魔法を。それは、俺には出来ないからな」


 その声の主は、少女の隣で兵士の攻撃を未然に抑えていた。


 腕だけは立つ残酷な兵士が、未だ少女を斬らずにいる理由だった。




「――……。分かった。でも、一瞬で終わらせられないなら、どっちも私がやるから――」


 少女は、戦うつもりでいた。


 怯えず気丈に振舞っていたのは、隣に居た男に頼っていたからではないらしい。


 だが、少女が男に伝え終わる前に、それは起こった。




「雷神招来! 紫電、雷らい轟ごう!」


 男が天に手を伸ばし、強い力を込めて叫ぶと同時だった。


 世界を飲み込んだかのような雷電が、天地を引き裂くように轟とどろき落ちた。


 その瞬間から、音が消えた。




 ――いや。その轟音ごうおんと眩まばゆい光に、人の夢では再現出来なくなったのだろう。


 そしてそれは、あまりにも長い時間続いた。


 極太の稲光が走り続けているせいで、地面さえ割れて弾けた。



 伝説の大蛇。もしくはドラゴン。それが、稲妻の化身となって、うねりながら何度も何度も、天と地を引き裂き続けているような。


 この世の終わりが来るとすれば、こんな現象から始まるのだろう。少女はそう思った。






 ようやく雷が止んだ頃、目の前には丸焦げの荒れ地が広がっていた。


「……あなたねぇ。耳が聞こえなくなったら、どうしてくれるのよ」


「……すまない。――が下がっているから、加減が分からなかった」




「え。――って、自分で――分かってたの?」


「――された人間は、自分の――が分かるらしい。もっと、ずっと前から見ている」


「……わかんないわ。あなたは何者なの?」


「――……と、――が。なぜ――かは、――――ない」






 ほどなくして、夢は突然終わった。


 それは何度か見た夢。


 見た瞬間に、これは前にも見た夢だ。と、思い出す類の。


 だがそれは、誰かの手によって残されない。




 予知夢など、覚えていては未来が変わってしまうかもしれない。


 変わってしまった未来の方が、悪いものになる事があるから。


 そしてまた、その夢は記憶とは別のところへと消えていった。




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