第115話 荒廃

「もう大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……悪いな、本当に」


 落ち着いた後、今にも死んでしまいそうな顔をしていたハナオカをみんなで慰めた。

 おそらく、大蛇を倒した後に手に入れる箱を開けさせることこそが、このダンジョンなりハナオカ誘拐の犯人なりの真の目的なのだ。

 魅了の魔術がかけられていたことも、この説の信憑性を増させている。

 ようやく自力で歩けるようになったハナオカだが、やはりまだ精神的ショックが大きいようで、フラフラと歩くことしかできていない。

 一面不毛の地となってしまった世界を見回していると、遠くに少しばかり建物があるようだったので、とりあえず俺たちはそこを目指して歩くことにした。

 吸う空気すらも乾いていて、この世界に何があったのか、全く想像もつかない。

 そもそも、ここは俺たちの元いた世界なのだろうか?

 他の世界があるとは聞いたこともないが、荒れ果てた様子を見ると、現実逃避してしまいたくなる。

 20分ほど歩き、だんだん建物が近づいてきた。

 木造の貧相な家が二つあり、老人が焚き火をしながら本を読んでいるのが見える。


「あの、すみません」


 読書に夢中で俺たちに気付かない老人に向かって挨拶をしてみる。

 彼は一度、チラリとこちらへ視線をやると、すぐに読書へと戻り、やがてもう一度、目を見開いてこちらを見た。


「あ……あなた方は……?」

「えっと、何から話したら良いのかわかりませんが――」


 老人が動揺していることは、声が震えていることから容易に想像できた。

 できる限り不信感を与えないよう、俺は順を追って、丁寧に説明する。


「――すると、あなた方は過去の世界から来たのかもしれませんな……」

「か、過去の世界?」


 あまりに突飛な発想に、思わず声を裏返してしまう。


「まだこの世界に他の大地が……カグヤノムラと呼ばれていた場所以外の土地があり、自然が栄えていた時代といえば……百年前でしょう」


 俺たちは言葉を失った。

 ただ一人、老人だけは俯き、読んでいた本の文字をなぞるように、弱々しく指を動かしている。


「……何があったのか、私たちに聞かせていただけませんか?」


 ミヤの問いに老人はゆっくりと頷き、震える声で話始めた。

 ――百年前のある日のことだった。

 なんの変哲もない一日、何か特別なことがあったとすれば、数日後にカグヤノムラは祭りを開くことになっている。

 月に一度、月の神に感謝を捧げるための祭り。

 人々は祭りに備え、各々支度を進めていた。

 ただ一つ、数日前から村でも指折りの花火師が行方不明だということが人々の心を乱していたが、もともとその男は放浪癖があるようで、あまり気にもされていなかった。

 何事もなく、平穏に祭りを終える――はずだった。

 その日、村の上空に巨大な石が出現した。

 石という表現も、岩という表し方も、どちらも正確ではない。

 天から降る石……月がそのまま落ちてきたのかと錯覚するほど大きな石が降ってきたのだ。


「……人々はそれを天降石と呼び、恐怖しました。天降石は、数時間をかけてゆっくりと、我らの世界に到達しようとしたのです」

「そ、それでどうなったんですか……?」


 そのまま天降石が地表に激突したのであれば、今俺たちがいる地は存在していないはず。

 であれば、誰かがこの危機を救ったのだ。


「……ちょうどその時、村にはとてつもない力を持つ魔術師様がいらっしゃいました。しかし、その力を持ってしても天降石は破壊できず……」


 ちょうど俺たちがカグヤノムラにいた頃に、天降石が落ちてきたのだろう。

 その時期に村に滞在していた、絶大な力を持つ魔術師。

 俺は背筋がゾッとしたが、老人の次の言葉によって、さらに戦慄することになる。

 

「魔術師様は……ルーエ様は、自らのお命と引き換えに、なんとかこの地だけはお救いになられたのです」

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