第100話 おっさんとおっさん
料理は美味しかったし、少し薄味に感じる料理もあったが、それはそれでありというか、身体に染みていく気がした。
一点だけ、ミヤを捨てた家族に起こった不幸というのだけが引っ掛かるが、今さら考えるだけ無駄だと思って諦めることにする。
満腹になったあと、俺は腹ごなしにもう一度温泉に入ることにした。
てっきりルーエも付いてくると思っていたが、意図は不明だがミヤを捕まえて部屋に残るようだ。
つまり、一人の時間である。
「あぁ〜……最高だ……」
別に、誰かと一緒にいる時間が嫌いなのではない。
しかし、定期的に一人でのんびりすることが、精神面を回復させることは確かだ。
「お、先客がいたか」
湯に浸かって10分ほどが経過した頃、更衣室の戸が開く音がして、続いて男の声が聞こえる。
先客、というのは俺のことだろう。
振り返ると、巨大な爆弾を詰め込んだような腹を揺らす中年男性が立っていた。
これはあれだ、多分酒の飲み過ぎだ。
「どうも。もう温まりましたし、お邪魔なら出ていきましょうか?」
そう言うと、男は手を横に振りながら豪快に笑う。
「いいっていいって。むしろ一人じゃ寂しいから話し相手になってくれよ」
「はぁ、わかりました」
男が湯に入ると、水の重みが増すような感覚になる。
「あんた、酒は飲めるかい? さっき貰ってきたんだよ」
「飲めますよ。いただいても?」
「あぁ、もちろんさ」
酒を注いでやり、二人で盃を持ち上げる。
男は、ぷはぁ、と幸せそうだ。
「最高だねぇ。見たところ、あんたもカグヤノムラの人じゃないんだろ?」
「あ、実はそうなんですよ。あなたもですか?」
笑い方の時点で薄々勘付いてはいたが、やはり村の外部の人間らしい。
彼も観光だろうか。
「そうそう。最近仕事仲間が事故にあっちゃって、俺も精神的にやられちゃってさ。それでこうして、下見がてらに癒されにきてるってもんよ」
「それは、嫌なことを思い出させてしまって……」
「あんたのせいじゃないさ! でも、謝ってくれるなら今日は付き合ってくれよな?」
「望むところです!」
男同士の握手をした後、俺たちは世間話を続けた。
もちろん、自分の状況というか、巷での噂を言うと良い印象にはならないだろうから、適度にぼかしてだ。
男はカグヤノムラの出身ではないというのに、かなり細かいことまで知っているようだった。
数日後に、月に一度の祭りがあるらしい。
月の神に感謝の祈りを捧げるため、というのが祭りの起源らしく、村人の気合いも入りまくりだそうだ。
目の前の男も、その祭りが目当てで来たと言っている。
村についての知識量を考えると、かなり前から目をつけていたのかもしれない。
その後もしばらくの間、生産性はないがストレス解消にはなる話を続けた後、夜も更けてきたので解散することにした。
「まさかこんなに盛り上がるとは思いませんでした。楽しかったです」
「こっちのセリフだ、ありがとな!」
「お祭りの当日も会えたら、その時はよろしくお願いします」
「あぁ……そうだな」
心底残念そうな顔をしている。
「いやぁその、当日は昔の知り合いと穴場で楽しむことにしててな。あんたも呼んでやりたいんだけど……」
「あぁ、そういうことでしたか。いえいえ、お気になさらず」
俺にルーエという同行者がいるように、彼にも友人がいるのだ。
それは当然のことだし、邪魔をしようとは思わない。
むしろ、彼が名残惜しそうな、俺を友達と認定してくれたような雰囲気があって嬉しさを感じている。
長い山での生活もあって、友と呼べる存在はいないからな。
強いて言えばエドガーさんくらいか。
ともかく、俺は太った男に会釈すると、晴れやかな気分のまま浴場を後にした。
部屋に帰ると、ルーエが妙に手際良くお茶を淹れてくれたのだが、俺がいない間に何があったのだろう。
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