第77話 巻き戻り

 シャーロット率いる王直属の騎士団。

 彼らはパーティを楽しむ貴族たちの警護にあたっていた。


「せっかくジオ殿と出会って勉強できたのに、それを活かすのがこれじゃあ意味がないですよ」


 不貞腐れたようにジャレッドが呟く。


「まぁそう言うな。強くなるのは大切なことだが、使い道がない強さこそが平和を作る」


 周囲の騎士たちは首を回したり欠伸をしたり、各々退屈を紛らわせようとしているようだった。

 だが、そんな中でもシャーロットは眉ひとつ動かさず気を配っている。

  

「団長は良いじゃないですか。ジオ殿とデートしてるし、普段から親しげで」

「なっ!? どうして私が先生とその……出かけたと知っている!?」

「いやいや、かなり噂になってましたよ。あの堅物の団長が女の顔をするなんてって……」

「それ以上言ったらお前の端正な顔が腫れ上がることになるぞ?」

「…………はい」


 顔に皺を刻む表情しかできないと思われていた彼女にも弱点があるということで、近頃は騎士団の面々から揶揄われることが増えてきた。

 当然、シャーロットがそれを許すはずもないのだが……彼らが打ち解ける要因になっているのは確か。


「……ま、僕たちが手伝えることがあれば言ってくださいね。団長とジオ殿お似合いですし」

「おにっ……お前、あんまり揶揄うと――」


 訓練メニューを倍にしてやろうか。

 シャーロットはそう言おうとしたが、突然城の外から聞こえた爆音、揺れに言葉を止める。


「なんだなんだ!?」

「グラスが倒れてしまいましたわ!」

「……おや、なにか余興が始まるのかい?」


 会場の貴族たちは驚きこそすれ、危機感は覚えていない。

 しかし、外の様子を見に行った城の兵士の「魔物が襲ってきた」という言葉を聞いて、歓声は悲鳴へと変わった。


 ・


「ふむ。雑魚はこのくらいで良いでしょう」


 城下の裏路地で大量の魔物を召喚していた男……ナイトリッチは呟いた。

 彼が床や壁面に描いた紫色に光魔法陣からは、おびただしい数の魔物が召喚されている。

 そのほとんどがスケルトンや蛇型の魔物で、ケンフォード周辺に出現する魔物よりも凶暴だった。

 呼び出された人ならざるものたちは何かを感じたのか、ことごとくが路地を出て人を襲い始める。


「この程度の魔物でも陽動はできますね。あの牧師も動く頃合いですし、作戦の第二段階を開始します」


 ナイトリッチは両手を腰のあたりで広げる。

 ボタンが外された黒いジャケットがたなびき、その身体が浮遊する。

 そのまま滑らかに空へ昇っていき、人々を見下ろせる程の高さまでくると動きを止める。

 次の瞬間、低級の魔物を召喚した時とは比べ物にならない規模の魔法陣が地面に展開され、怯える人々が苦しみ倒れだす。


「30人いれば復活はできるでしょう」


 丁寧に舗装された道の一部分が盛り上がる。


「……さぁ、蘇りなさい。ブラッドウルフよ」


 石が粉々に砕け散るとともに、紅い獣が勢いよく飛び出した。

 ブラッドウルフは飢えを満たすかのように数人の人間を喰らうと高く跳躍し、建物を伝ってナイトリッチに近づいた。


「やはり名ありともなれば、誰が主か理解できるようですね」


 両者の視線が重なる。


「お前は今から私とともに城を襲撃するのです。血を啜り、肉を喰らい、王の骨までしゃぶり尽くすのです」


 獣は天を仰いで叫んだ。

 その声は仲間を呼ぶものではなく、殺意に身を任せた絶叫だった。

 魔物から追われ、魔法陣に力を奪われて。

 人々は高所にいるナイトリッチやブラッドウルフには気がついていない。

 ――ただ一人を除いて。


「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 鎧がぶつかる音。

 吹き出す炎の熱気が近づいてくる。

 王国騎士団長・シャーロットは槍を構えてナイトリッチに接近した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る