第70話 はじまり
「そういえば、ジオさんは王都のパーティに行かれたんですよね?」
「うん、そうだよ。想像してたよりいい人ばかりで良かった」
特訓の合間、ロジャーがふと疑問を口にした。
「もしかしてフォックスデン出身の方とか来られましたか?」
「いや、俺の知る限りではいなかったけど……どうしたの?」
「なら私の勘違いだったようです、すみません。ジオさんからフォックスデンの土地の匂いがしたものですから、つい」
「なに、ジオに匂いが移っただけだろう。住んでいれば土地の特徴が人間にも現れるというものさ」
ただの勘違いだったと、それで会話が終わるはずだった。
雑談に興じる彼らの中で、唯一ジオだけが輪に加わらず、一人思考の海に沈む。
「どうかしたか? 腰が痛むなら私が……」
その様子にいち早く気がついたらルーエが声をかけると同時にジオが振り向く。
「ごめん、ちょっと王都に戻らなくちゃいけないかもしれない」
「王都に? 急ぎのようなら私もついて――」
「いや、ルーエはここに残っていざという時のために備えてて!」
面白いことになったようだと笑みを浮かべるエドガー。
これからなにが起こるのか不安そうなロジャー。
彼は後者の目をしっかりと見つめ、手を握る。
「……今まで頑張ってきた君ならできるよ。生きてまた会おう」
「は、はい! ジオさんもお気をつけて!」
見つめ合い、心での会話を済ませるとジオは平原を駆けていった。
馬よりも遥かに素早く、その背中はあっという間に見えなくなる。
「――誰だっ!」
ジオが去っていったタイミング。
エドガーやロジャーの意識が他方に向けられている時を狙って微かにたてられた足音。
鋭いルーエの声が向けられると、木陰で様子を窺っていたであろう何者かは走って逃げ出した。
「誰かいたようだな。俺たちは全く気が付かなかった」
「あれは……確かトマスとか言うやつじゃなかったか? あぁ、嫌いなやつの名前ばかり覚えてしまって困るな」
「と、トマスさんが? もしかして、特訓のことがバレてしまったのでしょうか……?」
「可能性はあるな」
「い、今すぐ追いかけないと!」
今にも走り出そうとしている青年。
ルーエは彼の目の前に手を出して制止する。
「今から追いかけても無駄だろう。それに、仮に追われても策があるからこそ様子を見に来たんだよ」
・
同時刻の王都。
エドワードは書斎で記録をあさっていた。
「これは……ちょっと違う分野だね。こっちも関係ないし……いやぁ王大変!」
ジオとの会話で得た「暗号」というキーワード。
彼はそれに心当たりがあった。
繋がっている者同士が密かにコミュニケーションをとるため、または仮に繋がりがバレても内容までは知られないようにするため。
暗号は国や時代を問わずに用いられてきた。
だが、暗号によって被害を被る側。
つまり戦争相手の国や政府もまた、その謎を解き明かそうと挑戦し続けている。
エドワードはその知性の戦いの記録を閲覧することのできる身分であり、書斎に籠ってそれを探していた。
しかし……。
「いやもう見つからん! 王諦め!」
かれこれ半日が経過しているが一向に望みのモノは出てこない。
「定期的に係に整理させてるんだけどな……もしかして証拠隠滅的な?」
内部のものにまで協力者がいるのではないかという疑念。
だが、それを考えたところで現実は変わらない。
エドワードは気分転換も兼ねて「貴族名鑑」をパラパラとめくることにした。
ケンフォードでは、有力な貴族たちの家族構成や呼び方などが載っている貴族名鑑というものが発行されている。
パーティでどんな貴族に会うのか、その時になにを話すのか。
様々な用途で用いられる有益な本であるが、ここにはもう一つ重要な情報が記されていた。
どれだけ優秀な協力者であったとしても、国民に広く発行されている書籍の内容までは変えられない。
「えーと……なになに? トマスはトイプー家の長男で……トイプー家は古くから魔物研究をしている家系……?」
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