第66話 帰還

 今後の方針を王と共有したジオは、本来であればこのまま王都に残ってもよかったものの、翌日すぐにフォックスデンに戻る準備を始めた。

 ロジャーとの約束……彼がいっぱしの戦闘術を身につけられるようにするためだ。

 シャーロットは王の警備強化のために同行せず、代わりに騎士団員を二人ほど護衛にと渡した。

 村までの旅路に危険なことはなく、一行は無事にフォックスデンに辿り着く。


「お待ちしていました、ジオさん。ご苦労様です」


 まだ朝も早いというのに、村の入り口で木刀を振りながら待っていたのはロジャーだ。

 当初は数回振っただけで辛そうにしていた彼が、今では汗を流しながら軽々とそれを振り回している。

 これならどこだかの国の、球を棒で打つという新興スポーツでも活躍できるだろう。

 肉体もかなり逞しくなっていて、ジオと出会ってからそう長く経っていないはずなのに、見違えるようだった。


「俺がいない間も頑張ってたみたいだね。さすがだよ」

「ありがとうございます。……最近、背筋がぞわりとすることがあるんです。私の気のせいだといいのですが」

「ほう? お前は光属性の魔術が得意なようだし、悪きものの気配を感知する素質があるのかもしれないな」

「い、いえ……そんな大層なものじゃ。でも、そのおかげで修行にも精が出ます」


 ジオはロジャーに対して何か思うところがあるのか、少しだけ表情を硬くしていた。


「とりあえず、お昼過ぎから続きを始めようか。まずはこの前教えた魔術や動きの復習だね」

「はい! よろしくお願いします!」


 ・


「お呼びでしょうか! 団長!」

 

 先生と別れ、王都に残った私は騎士団の面々を呼び出した。

 そこには先日敗北を味わったばかりのジャレッドも立っていたが、落胆した様子はなく、かえって以前より目が輝いている。

 というか……。


「そして、その時ジオ殿……いやジオ先生はこうおっしゃったんだ。『君はまだまだ若いんだし、あまり落ち込まないでください』ってね。僕は今まで、まるで若いことを罪かのように嘆く大人にしか出会ったことがなかった。でもどうだ、先生は若さを未来として捉えていられるのさ」

「な、なんて心の深いお方だ……」

「団長が夢中なのも納得だぜ……」


 一度手合わせしただけなのに、もはや自分が先生の教え子のようなつもりでいる。

 いや、私としては先生の偉大さが伝わるのなら全然良いのだが。

 というか、どうして私が先生にその……好意を寄せているのが団員にバレているのか。

 後でキツく問いただしておかねばならない。

 だが、今すべにことは他にある。


「今回の呼び出しは他でもない、ジオ殿からの依頼だ!」


 団員たちがざわつく。


「あれほどのお方からの依頼? お、俺たちにこなすことができるのか……?」

「何言ってるんだ、ジオ先生が僕たちを頼ってくださるなんて光栄じゃないか!」

「そうだぜ。俺たちの力を少なからず認めてくれているってことだしな」

 

 雑談に興じているのではなく、戸惑いや喜びの反応。

 ここで尻込みせずにいられることが、私が彼らを導いてきた意味だと言える。


「静粛に!」


 彼らは姿勢を正し、次の言葉を待っている。


「近頃、王都で良からぬことを企んでいる輩がいるらしい。その者、あるいはその者たちの詳しい素性は未だ掴めていない。……が、情報が入り次第、私たちは急襲をかける!」


 先生がフォックスデンに帰る前、私の耳元で囁……耳打ちしてくれた。

 彼曰く、貴族の中に王の命を狙うものがいる可能性が高いそうだ。

 協力者とともに犯人を捜索中で、見つけ次第こちらに連絡をよこしてくれるとも。

 そして、急襲をかけて事件を未然に防ぐことで、王だけでなく市民への被害を防ぐことができる。

 私が先生から受けた恩を少しでも返せるように、彼に女として強く成長したことをわかってもらうために、全身全霊で臨むつもりだ。


「総員、本日から一層警戒を怠らないように! 少しでも気になることがあれば私に報告、決して一人で対処にあたるなよ!」


 各々差はあれど、先生に認められたいという気持ちがあるのだろう。

 決意とやる気に満ちた返事が響き渡る。

 実際に情報が得られたのは数日後。

 王都で再びパーティが開かれた日だった。

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