おっさん、村へ行く
第47話 馬
教会や貴族の家、夜にはプディングなんていう面白い食べ物を堪能した俺たちは翌日、エドガーのいるフォックスデンに向かうために城下町を出ることになっていた。
宿を出ると、いつぞやのようにシャーロットが待機していた。
しかし、王国内を移動するだけだからか他に団員はいない。
シャーロットは俺たちを視界に入れると、行儀良く礼をする、
「おはようございます先生。昨夜はよく眠れましたか?」
「あぁ、ここの宿のベッドは快適で――」
「快適で夜も盛り上がったというものだ」
「べ、別に何もしてないよ!? そう、ただ話が盛り上がっただけだから!」
「何を言っているジオ。シャーロットほどの歳にもなれば大人の――ぐふぅ!?」
軽く肘で小突いてルーエを黙らせる。
せっかく誤魔化せそうなのに、どうして俺の努力を無駄にしようとするのか。
両親との記憶の薄い俺でも、肉親の情事を聞くのはキツイとわかる。
もちろんシャーロットも成長しているし、おそらく「意味」は理解しているから気まずい思いをさせたくない。
「……くつろげたようなら何よりです。はい」
ほら見ろ。
表情こそにこやかだが、額に青筋が浮かんでいる。
朝から興味のない下品な話を聞かされて怒っているのだ。
「ご、ごめんねシャーロット。今日はよろしく」
「大丈夫です。時間には余裕がありますが、フォックスデンの案内もあるので出発しましょうか」
そういうわけで、俺とルーエ、そしてシャーロットはフォックスデンへ向かうことにした。
今回は馬に乗って行くようだ。
「どれでも好きな馬を選んでください」
「馬か……見るのは子供の頃以来だな」
故郷の村で飼われていたのを見たことはあるが、もちろん乗ったことはない。
目の前にいる三頭の馬は、それぞれ黒、白、茶色に分かれている。
どの馬も毛並みが美しく、日光を浴びて艶めかしすら醸し出していた。
特に茶色い馬が美しく、後ろ足の方……股だろうか。
その部分の流れるような毛に惹かれた。
「俺はこいつにしようかな」
そう言って横から馬に触れようとすると、茶馬は華麗に身を翻して避けてしまった。
「ふふっ……嫌われてしまったようですね。馬は視界が広く、真後ろ以外は見えているそうですよ」
「ほう、視野の広さは生存に繋がるからな。良いことだ」
「そ、そうなんだ……」
馬に触れるのを拒否されたショックに胸が重くなったが、人と人に相性があるように、馬と人間にも相性があるのだろう。
残りの2頭にも嫌われていないといいんだが。
「……そこの黒いのはジオを気に入ってるんじゃないか?」
「え?」
黒い馬を見てみると、彼と視線が重なった。
そのまま二、三秒目を合わせていると黒馬は俺の方に歩いてきて、目を細めて頭を擦り寄せてくる。
「懐かれているみたいですね。どうでしょう、その馬にしてみては?」
俺がこんなに凛々しい馬に乗って笑われないだろうかと思ってしまうが、彼の瞳は優しく、見ていると落ち着く。
「……そうだな、こいつにしようと思う。よろしくな」
黒馬は鼻を鳴らし、軽快な足取りで俺の周囲を駆け始めた。
「それじゃあ私はこの白い馬にします。ルーエさんはその子で良いですか?」
「何でも良い。馬の違いなど分からないからな。それより、この茶色いのはメスじゃないか? 私についてこれるといいのだがな」
「確かに、競争させるなら牡の方が強いらしいですが、その茶馬はかなり力持ちですよ」
「……ふん、そうか」
気に入らない様子のルーエだったが、ひとまず納得したように馬に跨った。
俺もルーエ、そしてシャーロットに続いて馬に乗る。
「お……おお……」
浮遊魔術で浮くのとはまた違う視点の高さ。
身体を使って跨るのに慣れていないからか、やや不安定に感じる。
しかし、そこに不快感はなく、馬が歩くたびに揺れる感覚もまた心地よい。
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