おっさんと模擬戦
第42話 闘技場
エドガーという小説家はフォックスデンという街にいるらしい。
フォックスデンは城下町からは遠く、どちらかというと国外に近い場所に位置していると。
「出発は明日ということにして、今日はこの宿をお使いください」
シャーロットのお言葉に甘えて、出発は明日にしてもらった。
マルノーチの時とはまた一味違う、天井から大きな灯りが吊り下げられている豪華な宿だ。
今日はゆっくり宿で休息を取って、美味しいものでも食べて――。
「あぁ、先生に一つ伝え忘れていたことがあります。今日はこれから、私と模擬戦を行なっていただきたいのです」
「……模擬戦? 誰と誰が?」
唐突に死の宣告をされて頭がついていかない。
「私と先生が戦います」
「……絶賛衰え中のおじさんと日々全盛期の騎士団長が戦うって言った? 大丈夫そう?」
「もちろん、先生にとって私は実力不足かもしれません。ですが、ですが私も全力でぶつかるのでぜひ!」
どうしてか会話の意図が正しく伝わっている気がしない。
「……そもそも俺とシャーロットが戦う意味がわからないんだけど?」
「騎士団の中には、名門貴族の出身ゆえにプライドが高い者が多いのです。その大半は私が叩きのめし……教育したのですが、中にはまだ貴族でもない私に懐疑的な目を向ける者もいます」
「つまり、自分の上に立つ者が何処の馬の骨ともしれないおっさんを連れてきたと不満に思っているのだろうさ。おそらく、いずれはジオに指南役も頼みたいのだろう?」
「その通り。なので、今のうちに先生のお力をお見せしていただければと」
言いたいことは大体理解した。
要するに、「俺に教えるなら俺より強い奴じゃないと嫌だ!」という若者がいるのだ。
だが……。
「……俺がシャーロットに勝てる気がしないんだけど?」
「あ、魔術はなしでお願いします。魔術を使われれば戦闘が一方的過ぎて、流石に八百長を疑われてしまうかもしれませんから」
「話聞いてたかな!? 魔術なしだったら俺が勝てる要素なくない!?」
筋力とか日に日に落ちてるし、俺は剣術など学んだことがない。
独学の剣技が通用するのは相手が野生の魔物だったからだ。
「ふふっ。相変わらず先生は謙遜しますね。では、行きましょうか。すでに闘技場で団員が待っています」
どんなに言ってもシャーロットとの戦いは避けられないようだ。
拒否権のない俺は、今から拒否反応を起こすかのように痛む体の節々に頭を抱えながら彼女についていく。
闘技場は城下町のすぐ外にあった。
戦いという娯楽自体は大衆に広く受け入れられているが、仮に戦士たちが蜂起した時、城下町にあると危険だという理由で門の外に設置されているらしい。
大きな円形の建物で、高い壁に囲まれた闘技場。
中に入ってみると、中央には大きな丸い戦闘エリアがあり、それを取り囲むように観客席が設けられている。
観客席には段差が付いていて、上階に行くほど広範囲を見渡せるが、下階では間近で戦いを見ることができる。
会場の熱気を楽しみたいのか、それとも本気の戦いを楽しみたいのかで確保する座席が変わりそうだな。
「今日は貸切にしてありますので、存分にお力を振るってくださいね」
彼女のいう通り、広い観客席に対して埋まっているのはほんの一部分だけだ。
彼らは鎧ではなく私服を身につけているが、シャーロット率いる騎士団のメンバーなのだろう。
シャーロットはこちらに気を配りながらも自らの戦闘準備を着々と整えている。
「さて、それでは一戦お願いしても――」
「まずは僕と戦ってもらいましょうか」
シャーロットの言葉を遮って、客席から一人の男が飛び降りてきた。
「ジャレッド、何の真似だ」
「何の真似だ……とは? 私は由緒あるフィッシャー家の次男です。そんな私に、素性もわからない男の戦いを見ていろと? そうして時間を無駄にするくらいなら、代わりに私が彼を倒して差し上げます」
ジャレッドと呼ばれた金髪の青年は、切れ長の目で俺を睨みつける。
フィッシャー家が何かはわからないが、貴族の次男坊なのだろう。
階級的には……ミドルクラスってやつなのか?
長男ではないから相続はできないようだが、貴族としてのプライドは持っているのだろう。
「あなたのような人間に僕が負けるはずがない。騎士団の強さを見せてあげますよ……おじさん?」
ジャレッドは細身の剣を取り出し、軽く素振りをしている。
「……おいジオ、ムカつくのはわかるがくれぐれも殺すなよ」
「いや、全然気にしてないんだけど!? 彼のいう通り俺はおじさんだし、そもそも戦うつもりも――」
「はぁ、しょうがないですね。それでは先生、肩慣らしということでジャレッドにお灸を据えていただけますか?」
「……シャーロットって昔からそんなに人の話を聞かない子だったっけ?」
あれよあれよという間に俺とジャレッドが戦うことになってしまった。
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