おっさん、街へ行く

第10話 街へ行く

 それから数日、ついにレイセさんの街へ行く日がやってきた。

 ルーエと共に山から降りると、山道に絶対に近付かないように待っている人々の姿が目に入る。


「おはようございます」


 とりあえず右手を挙げて挨拶をしてみると、やはり迎えに来てくれていたレイセさんはペコリと頭を下げ、背後にいる二人は恐る恐る後に続いた。


「お久しぶりです、ジオさん。えっと、こちらは私が受付をしているギルドの冒険者の方々です。護衛はいらないと言ったのですが、一応……」


 今しがた紹介された冒険者二人に目を向けると、慌てて視線を逸らされてしまう。


「いきなり嫌われているようだな?」

「あはは……そうかもね」

「腹が立ったらいつでも言うといい。私が街ごと消し炭にしてやるから」

「お気遣いありがとう」


 思考回路が物騒だな。


「おい、本当に死の山から降りてきたぞ」

「見た目は完全に普通のおっさんなのに、まじかよ?」

「とんでもない美人連れてるし、凄まじく強いんだろうな」


 ひそひそと話をしているつもりなのだろうが、完全に聞こえてしまっている。

 本来ならおっさんと言われることに悲しみの一つでも覚えるべきなのだろうが、夜なべして作った服が「普通」に見られていることが少し嬉しかった。

 残念ながら強くはないが。


「ジオと言います。よろしく」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「おお、お願い……します!」


 こちらが出した手も力強く握ってくれたし、いい人たちじゃないか。


「あと、レイセさん」

「はい?」

「こいつの名前なんですが、これからはルーエと名乗らせることにしましたので、よろしくお願いします」

「この名は他でもないジオが付けてくれたものでな、敬意をもって呼ばないと、即引き潰すので覚えておくといい」

「あ、はい……」


 ルーエが身体から魔力を出したり引っ込めたりして脅すせいで、レイセさんはかなり怯えているようだった。


「こら、あんまり力を見せびらかすと碌なことにならないぞ? できるだけ抑えてくれ」

「むぅ……ジオが言うならそうしよう。よかったな、人間」


 聞き分けはいいのであった。

 だが……。


「見たかよあの魔力の質。俺は戦士職だけど、あの人の格が違うのは理解できたぜ……」

「それを諌めることのできるおっさん……何者なんだ……?」


 背後で勝手に勘違いをして俺を過大評価する彼らの誤解を解くのは難しそうだ。



「えー、死の山近辺にはいくつかの村や街、国があります」

「そうらしいですね」


 幼い頃に母親から聞いた気がする。


「街道に沿ってそれらが点在しているのですが、まぁなんていうかこの山……ジオさんのお宅に近づこうとする人はいませんよね」

「はあ……」

「ちなみに私の治める国は――」

「ちょっとストップストップ!」

「ああ、そうだったな……」


 ルーエがポロッと自分の正体をバラそうとするのを止め、レイセさんに続きを話すよう促す。


「その中でも、やはり一番賑わっているのはイミヤ王国です。そして、次に栄えていると言えるのが、私たちが今向かっているマノルーチですね」

「ふむ、つまり今までの人生を小さな村や山で過ごしてきたジオにとって、初めての経験になるということだな?」

「そうなりますね」

「ちなみに通行証などは必要なのか? 確か国には通行証がなければ入れないと聞いたことがあるが、マルノーチは……」

「ご心配なく、通行証の類は必要ありません! 入り口で兵士のチェックはありますが、私たちと一緒にいるので顔パスです!」

「顔パス……なかなか良い響きだ」


 突然会話に入り込んできたルーエが色々と質問しているのだが、半分くらい話が入ってきていない。

 ……あれ?

 もしかしてルーエの方が俺より全然常識ある?

 俺も何かしら聞いた方が良いだろう。

 頑張って捻り出せ……。


「あ、あ! レイセさん!」

「子供みたいに勢いよく挙手してどうしたんですか?」

「あの、私、全くの無一文でして……。その、どうすれば……?」


 精一杯悩んだ結果出てきたのが金銭問題だ。

 正直、街に何があるのか全く見当もつかないから仕方ないね!

 なかなか良い質問ができた気がするのだが、レイセさんはクスッと笑っていた。


「心配はご無用です。ジオさんはマルノーチに来てくださるんですから、当然諸々の費用は全てこちらが持ちますとも!」

「そういうことだ! 大船に乗ったつもりで過ごせば良いわ!」


 レイセさんと、なぜかルーエが胸を張る。

 ほとんど揺れないそれと、大きく揺れるそれが、両者の言葉の安心感を表しているようだった。


「……ジオさん、今めちゃくちゃ失礼なこと考えていませんでした?」

「滅相もない!」


 考えが読まれていた。

 まさか、心を読める魔法なんかがあるのか……?


「ないない。今のは百人いたら百人が同じこと考えてるから心配しなくて良いぞ」

「……そうか」

「…………」


 横目でちらりと確認したが、レイセさんうっすら怒っているような気がする。

 俺は大きいのも小さいのもどっちも好きだけどね!

 そもそも女性と関わる機会がここ数十年なかったからね!


「……なぁ、俺たちって必要だったのかな?」

「レイセさんの護衛ができるってんで気合い入れてきたけど、現実見せられてかなりガックリきてるわ……」


 冒険者の二人はもはややる気もなくトボトボ歩いているだけだし、かなり自由な道中となっていた。

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