第6話 vs盗賊

 この世界に盗賊という、人間とも魔族ともつかない種がいることは知っていた。

 まだ学校に通えていた頃……その時期に近所のお姉さんが将来のためにと教えてくれたのだ。

 しかし、実際にそれを目の前にすると、予想以上に醜いものだった。

 怒りや悲しみよりも先に嫌悪感が強くあらわれる。


「お前は引き続き村に火を放て! そっちは……ないとは思うが周囲に目撃者がいないか警戒を!」


 何かを盗むことを生業としている以上、反撃は想定内なのだろう。

 盗賊達は全員が常に武器を手にしていた。

 それよりも驚かされたのはその統率力。

 てっきり盗賊というのは皆、自らの利益を最優先にするのだと思っていた。

 目的のためなら仲間割れも辞さないと。

 だが目の前の彼らはどうだ。

 頭領と思われる男がテキパキと指示を出し、部下は黙々とそれに従う、いわば一つの生き物となっている。

 だから、俺が見つかるのも時間の問題だった。

 部下の1人が頭領の元へかけていき、耳打ちする。


「……なに? 侵入者だと?」


 ゆっくりとこちらへ振り向く。

 村の入り口に立っていた俺と頭領とでは十数メートル離れていたが、彼の視線が俺をまっすぐに射抜いているのは明白だった。


「……見てしまったか」


 どちらもその場から動いていない。

 だから声など聞こえるはずもないが、何の効果か彼の声は俺に鮮明に届く。

 盗賊の首領とは思えない、芯のある冷たい声だった。


「お前達がこの村を……って聞くまでもないよな」

「あぁ、答えるまでもない。だがあえて答えるとすれば、この村の滅びは不可欠だったのだ」

「不可欠?」


 その言葉の意図を読み取ることができない。

 思考の海に沈むには時間が足りない。

 目の前にいるのは人の命を奪うことに何の躊躇もない人間。

 考えていれば、自分の命もすぐ――。


「――ッッ?!」


 脳が命令を出すより先に身体が動いていた。

 ほんの半身身体を逸らしただけだったが、それは間違いなく俺の命を繋ぐ行動だった。


「……ほう、あれを避けたか。ただの冒険者ではないようだな」


 言葉を返すことができない。

 あの瞬間、首領は俺の心臓に貫手を放とうとしていた。

 槍のように鋭い手は心臓の手前、薄皮一枚の差しかないほどに迫っていたのだ。

 俺が奇跡的に避けられたのは、山に入ってからの数年間、毎日のように魔物と戦ってきたからだろう。

 本能が命を手放さないよう動いたのだ。


「俺は冒険者じゃない。あの森に住んでるんだ」


 背後を指差す。

 正直俺は、少しは強くなったんじゃないかと思っていた。

 だが、それは甚だ見当違いだったみたいだ。

 あんな卑劣な盗賊にすら殺されかけるなんて。


「なに……? 今、あの森に住んでいると言ったのか?」

「あぁ、数年前からな」


 その言葉に男はこめかみをぴくりと動かし、突然大笑いし始める。


「ははははははははは! 何を言い出すかと思えば、自分を大きく見せるにはやりすぎだ!」


 やはり何が言いたいのかわからない。

 外の世界と山の中とでは、既に円滑なコミュニケーションが取れないほどの文化の違いがあるのか。

 視線をずらすと、いつのまにか彼の部下達も攻撃の機会を窺っていた。

 数でも不利だし、きっと俺はこいつらに勝てないだろう。

 でも、そんなことは関係ない。

 あの時は逃げることしかできなかったが、今は違う。

 戦えるのだ。

 たとえここで死んだって、俺は最期まで抗ってやる。

 武器は山で拾った小ぶりの剣が一本。

 それと己の肉体に命を預け、俺は飛び出した。



「はぁ……はぁ……」


 身体の至る所から血が流れ、息も絶え絶え。

 瀕死というのにこれほど似合う状況はないだろう。

 口の中が乾いて仕方がない。

 立っているのもやっとで、少しでも楽になりたくて座り込む。


「いや、こんなはずでは……なかったんだけどな」


 目の前には白髪の美丈夫が横たわっていた。

 口元からは血が流れ出し、貫かれた腹部のものと合流して水たまりを作っている。


「…………」


 彼は俺を見つめているが、どう返せばいいのか。

 俺と盗賊との戦いは三日三晩に及んだ。

 最初は避けるのに精一杯だった首領や部下の攻撃にも段々と適応し、気付けば2人だけの戦いになっていた。

 一日が経過して、放たれていた火が、降り出した雨によって鎮火された。

 また一日が経過して、頭領が本気を出すと言って漆黒の魔法を使い始めると、またもや防戦一方となる。

 それからは時間の感覚も忘れるほどの激戦。

 もう一度戦うことになれば、勝つのは俺ではないだろう。


「俺は……聞いているか?」


 昔話が始まりそうな雰囲気だ。

 村を焼き払った外道の話など聞いてやる義理はないが、母親が自分のいない時に死んだのを思い出し、不憫に思って視線をくれてやった。


「……すまんな。俺は生まれてから今まで、永遠に終わることがないと思えるような戦いに身を投じてきた。略奪や殺し、なんでもやってきた」

「……この村もな」

「この村は……そうだな。人間から見ればそうだろう。だが、俺たちにとっては未来を繋ぐ行動だったんだ」


 未来を繋ぐ……彼らも生きるために仕方なく村を襲ったというのか?

 だが、それならば火を放ったり殺す必要はないはずだ。


「そんな目をするな。お前は強いな……。なぁ、俺は間違っていたのか?」

「…………」

「……お前に友はいるか?」


 予想外の質問に面食らってしまう。


「その顔は否定の意だな。そうか……お前も独りだったか」


 男は震える手を動かし、俺の手に重ねる。


「名前は……なんというのだ?」

「…………ジオ。ジオ・プライム」

「……良い名だ。最近……思っていたんだ。自分に、肩を並べられる友がいれば……もしか……した…………」


 もしかしたら。

 その後に続く言葉を聞くことは叶わなかった。

 息を整えて辺りを見回すが、やはり誰一人生きている者はいなかった。

 むしろ、誰かに見られれば自分が犯人だと思われてしまうかもしれない。

 俺は重い身体を引きずって、山へと引き返していく。

 山の入り口には、数日前にはなかった本の山があった。

 ……きっと、殺された村人達が持っていたものだろう。

 彼らの生きた痕跡が残っていたことに少し嬉しくなり、悲しくもなる。

 俺は本を拾い集め、家に持って帰ることにした。

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