第4話 誤解
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
「はぁ……ここは死の山って呼ばれるような物騒な場所じゃないですけど、住んでる年数は合ってます」
ここが死の山だなんて失礼な、とでも言いたげな瞳。
私はなんとかめまいを抑える。
「大丈夫ですか? まだ起きてから時間も経っていないことですし、やっぱり――」
「いえ、お気になさらないでください。さっきの絶望に比べたら屁でもないです」
こうして言葉を発しているのが不思議なくらいだ。
身体も心も自分が死ぬと理解していたのに、私には傷一つついていない。
目の前の彼……ジオ・プライムが一撃でタイラントドラゴンを退けてしまったからだ。
白髪混じりの髪を後ろに流して額を露出させ、眠たげな目は彼がこの死地でリラックスしているのを示していた。
背丈は180くらいで、少し筋肉質なためか威圧感はそれなりにある。
しかし、どこからどう見ても、ただの中年男性。
お世辞にも強いとは思えず、たとえるなら万年窓際のギルド職員といった感じだ。
ボスリーさんの方がよっぽど強そうである。
それなのに、実際には彼は私の命の恩人であり、おそらく……。
「そういえば、レイセさん……でしたっけ? あなたはどうしてこの山に来たんですか? 仮にここが死の山なんて呼ばれているのなら、あなたが来る意味がますますわからない」
「あなたですよ!」
思わず机を叩いてしまう。
ジオさんは心配そうに私をみていた。
「す、すみません。取り乱してしまって……」
「いやいや、お気になさらず。お茶でも飲みます?」
「……いえ、大丈夫です」
手をひらひらと振って陽気に振る舞ってくれる。
そんな相手に馬鹿げた質問をするのは気が引けるが、もう真実を明らかにしたいという気持ちでいっぱいだ。
私は一度深く息を吸い込み、毅然とした態度で言った。
「私がここへ来た理由は一つ。……ジオさん、あなたが先代魔王を倒した勇者……いや、『書の守護者』ですよね?」
「…………なんですか、それ?」
「…………なんですか、それ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
魔王という魔族を統べる存在がこの世にいて、勇者は打倒魔王を掲げているというのは知っている。
だが……え、魔王ってもう倒されてたの?
俺が村から逃げ出した頃にはまだ魔王は存命だったはずだ。
それに「書の守護者」というのはなんなんだ?
確かに俺は少なからず本は読む方だが……守護者というからには、それを守る戦いやら運動やらを行ったってことだろう。
残念ながら自分に思い当たる節はない。
だから、とりあえず話を続けてみることにした。
「いやあ、まさか魔王が倒されていたなんて、これでみんな安心して暮らせますね。おめでとうございます」
「いや、おめでとうございますじゃなくて、あなたがその勇者なんですよね?」
「はい?」
何を言っているんだこのお姉さんは?
……あ、もしかしたら彼女なりのユーモアというやつなのかも。
気付かなかった、現代ではこういう勇者ネタが流行っているのか。
これなら俺も本の中で似たようなのを学んでいるし、極東の国で言うところの「返歌」をさせてもらおう。
「勇者って結構給料良さそうですよね。家なんてヒーローびーろーしてそうで――」
「今そういうのやめてください」
「あ、はい……」
めちゃくちゃ迫力のある視線だ。
これならトカゲに驚くこともなかったろうに。
彼女はどうも真剣らしい。
「それじゃあ、レイセさんは私が魔王を倒した勇者だと思ってるんですね?」
「思ってるっていうかほぼ確定してません?」
「何言ってるんですか、私はここでずっと気ままな暮らしを続けてきた平凡なおっさんですよ。魔王なんて影も形も知りませんし」
人型か異形なのかすらわからない。
「……それでは、この山の麓にあった村が焼き払われたのはご存知ですか?」
「それは……」
言葉が喉につっかえる。
しかし、レイセさんは俺を待たずに口を開いた。
「やはり、近場で火事が起きれば様子を見にいくでしょう」
「そりゃあまぁ、消火の手助けができればと思って……」
麓の村とは一応ながら交流があった。
山から降りてくる俺を見て訝しげな表情を浮かべはするが、誰もが優しく話しかけてくれる、そんな良い村だった。
俺が体調を崩して村の入り口で倒れていたときには薬を貰ったっけ。恩があった。
ということで、あの日は麓で火の手があがるのを確認し、急いで山を降りたのだ。
そして、そこで目にしたのは逃げ惑う人々、村を焼いた――。
「あの村を焼いたのは、魔族を率いていたのは先代魔王その人なんですよ」
「…………はいぃ!?」
あまりに荒唐無稽な話に、またもや気の抜けた声を出してしまった。
だが、それもそのはず。
この山に住んで5年……俺が18の時に麓の村を焼いた犯人は魔王などではない。
――なんの変哲もない、ただの盗賊団だったからだ。
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