Ep3-3:コミュニケーション・ブレイクダウン

「……えーっと」


 一郷いちごう恋波こなみはクラスを見渡して……力なく笑った。9割の諦めと、1割の覚悟。今更クラスメイトに醜聞を聞かれたところで、何が変わる?


「あの時、ちょっと話したと思うけど……翔流かけるくんにフラれたの。二愛ニアと一緒にね…… 本当は、夏水なつみの方が良かったって言われて」

「うん…… ちょっと聞いたけど…… それ、わたし悪くないよね?」

「分かってるよ…… 逆恨みしちゃって、ごめん」


 恋波は深々と頭を下げる。夏水はほっと息をいた。話がこれ以上こじれることはなさそうだ。


「もー、ひとつ貸しだからね?」

「……分かった……ありがと」


 ああ、もう、本当に…… 可愛いなぁ。見た目も、性格も。恋波は全てを諦め、敗北を認めた。嫉妬心が崩れ去り、心がすぅっと軽くなる。


 今なら、言えそうな気がした。


「あの…… 四方木よもぎ、さん」


 恋波の声が震えた。クラスメイトに緊張が走った。

 夏水だけ、ぱぁっと明るい顔をして、なんと机に伏せている四方木礼祀れいじの肩を揺すり始める。天野あまの手鞠てまりがびくっと背筋せすじを震わせてだらだらと冷や汗を垂らした。


「ほらっ、四方木くん、四方木くん! 恋波ちゃんがお話があるって!」

「あー…… なんでそんな御機嫌なんだ、お前は」


 ゆっくりと、四方木礼祀が机から顔を上げる。


なんの用だ、一郷?」


 こっちはお前に用なんざねーぞと言わんばかりの気怠そうな態度。触らぬ神に祟り無しと言う格言が恋波の脳裏にまざまざと浮かぶ。

 ええい、なんでそんなキラキラと期待した目で見てるんだ、夏水この子は。あんたがここ最近『四方木この子は咬まないから大丈夫だよ』的なアピールを頑張ってたのは分かっちゃいるが、四方木コイツは一咬みで十字河ゴリラをコロッとヤってるんだぞ……


「あ、あの……ごめんなさい。四方木さんをストーカー呼ばわりしたこと、全部私が間違ってました」

他人ヒトの人生を潰そうとしといて手ぶらで謝りに来てんじゃねーよ。保護者に相談して詫びの入れ方を教わってこい。手前テメーにゃ立派な御両親がいるだろーが」


 鰾膠にべも無かった。

 予想してなくはなかったが、まさか本当に中学生が手土産無しで謝りに来たことを詰められるとは。


 塚井つかい馳夫はせおが、天野あまの手鞠てまりが、ほたかたけるが、矢追やおい文花ふみかが、天を仰ぐ。謝ったくらいで許されないのは分かっているが、ただでさえクラスメイトが行方不明になってる中で、日夜幽霊だか妖怪だかよく分からないものを目撃させられながら、こんなヤクザが詰めるような塩対応をされては心も折れる。


「あ、あのー、四方木くん? わ、わたしが言うのも何だけど、もうちょっと御慈悲を……」


 直接悪口を言わなかったってだけでお目零しを頂いている特権階級の少女が、おずおずとフォローに入る。言いたいことはいろいろあるが、今はこの子の優しさと可愛さにクラスの命運が懸かっている。


「俺はこいつらの保護者じゃねーんだ。困ってんならまず親を頼れ」


 この世界・・・・では、冠婚葬祭をまともにやっていれば、まとも・・・な寺なり神社なりと付き合いが有るものだ。そのつてで陰陽師なり法力僧なりを紹介してもらえばいいだけの話。彼らは礼祀と違って人間の味方だ。生きるために人の心身を喰らう怪異鬼神が相手でも人類の身を守る権利を行使してくれる。何円かかるか知らないが。


「こ、困ってるから謝ってるわけじゃないんじゃないかな!?」


 だよね? と夏水が恋波にすがるような視線を向けてくる。

 恋波は……目を反らしてしまった。反省はしている、しているが、助けて欲しくて謝っているという面が無いはずもない。呪い返しだの3日と生きられないだの、物騒な言葉が頭をグルグルと回る。それを正直に言うのも怖いし、嘘をつくのはもっと怖い。


 礼祀はつまらなそうに欠伸をすると、また机に伏せてしまった。




 クラスに気まずい、絶望的な沈黙が訪れた。




「おはよう! すまない、会議が長引いた! 出席だけ確認するから、席に着け!」


 担任が扉を開ける音が、クラスを強制的に日常へと引き戻す。

 恋波は蒼白い顔をして、夏水はしょんぼり肩を落とし、それぞれ席に座るのだった。

 礼祀はしれっと顔を上げていた。

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