第40話 Dツアーリハーサルにて、アイドル力爆発


「えーテス、テス。聞こえますでしょうか」

『聞こえるっつの。アタシが揃えた最新機種なんだから、余裕だし』


 ワイヤレスイヤホンマイクから、シルヴァちゃんの声が聞こえる。

 俺は今、新企画である『ダンジョンツアー』に向けて、最寄りの中級ノーマルダンジョンに入ダン準備中だ。


 現場には相棒として、悠可ちゃんも同行してくれている。


 使い慣れたフルフェイスヘルメットには、視点カメラとして小型のウェアラブルカメラを装着している。今回の目的は、新企画のダンジョンツアーのリハーサルだ。


『んー、ちょっと声がくぐもってるわね。大地、ちょっともう少しなにかしゃべってみて』


 イヤホンから、再びシルヴァちゃんの声。メットのバイザーを閉めたままだと、やはり声がこもってしまうみたいだ。俺はメットのバイザーを上げた。


「えーテス、テス。これはいかがでしょう?」

『さっきより全然いいわね。なんかしたの?』

「バイザーを上げてみました」

『その方が音的にはクリアーね。そのままでもいけそう?』

「全然問題ないですよー」


 というわけで、俺はバイザーを上げたままで探索することとなった。

 同行してくれる悠可ちゃんはと言えば、いつもの正装、サッカージャージにフェイスガード姿だ。ポニーテールがダンジョンの照明で艶めいている。


 入念にストレッチして身体をほぐしている彼女に、俺は準備OKの意味を込めて、親指を立てた。キラッキラの笑顔が返ってくる。


「悠可ちゃ……いや、『サッカー仮面』さん。行きましょうか」

「はいっ、大地さ……じゃなかった、『新卒メット』さん!!」


 俺と悠可ちゃんは顔を見合わせ苦笑する。

 ダンジョン内ではチャンネルメンバーを、名前ではなくキャラ付けした名前で呼ぼう、ということに決まった。

 身バレを防ぐのと、生配信などの際に本名を呼んでしまうのを避けるためだ。


「ここはまだ『生きダンジョン』みたいですけど、ボス討伐しちゃいますか? それとも最奥部のセイフティゾーンとかまでにしておきます?」

『特に許可とかも取ってないから、セイフティゾーンで折り返しで』

「了解です」


 俺は周囲を索敵しながら、シルヴァちゃんの指示を仰ぐ。

 ここのダンジョンは最奥部まで照明などのインフラが整っているため、『生きダンジョン』ではあるが危険度はそこまで高くない。

 しかし、いついかなるときも油断は命取りだ。『気配感知』などの《ダンジョンスキル》もしっかり発動させておく。


『それじゃ、普段通りに攻略して。ほら、楓乃! アンタは実況役よ! めっちゃ重要な役回りなんだから、集中しろっつの!!』

『はひ!』

「……はひ?」


 現場にいない楓乃さん、シルヴァちゃんは攻略を見ながら実況と解説を行う、という段取りに決まっていた。今は近場に確保した貸しスペースから、機器を使い会話している。

 二人が横長の机に並んで座り、わちゃわちゃと会話をはじめた様子が俺の視界の端に映る。テレビ番組のワイプみたいな感じだ。これは事前にシルヴァちゃんが設定してくれた。


 おぉ、バラエティ番組でよくある、ロケ風景にスタジオの人たちがリアクションするみたいになってるぞ。

 というか楓乃さん、今回は光沢のあるシャツ風のドレスで、艶っぽさがハンパじゃない。襟の切れ目からOPAがこぼれ落ちそうだ! これあとでスクショとかできんのかな!?


 ……じゃなくて。

 なぜか楓乃さんの顔が、少し赤いような気がする。イヤホンから漏れ聞こえる声も、呂律があやしい。……飲んでるのかな?

 いやいや、まさか。まだ昼過ぎだし。あの楓乃さんが昼間っから酒をあおるようなダメ人間なわけないよな。


「楓乃さん、実況役がんばってください。俺も精一杯、攻略に励みますんで」

『はひ! ありがとうございます!』

「はひ?」


 んー、やはり呂律があやしい。


『私がぁ、ダンジョンツアー実況役の山下楓乃れすっ! 本日はお日柄も良くぅ、絶好のダンジョンツアー日和となりましたぁ!!』

『こんのバッカノ!! あれだけ飲むなっつったのに!!』

「やっぱり飲んでたんかいぃぃっ!」


 楓乃さん、やっぱり飲んでた。昼間から酒をあおるダメ人間になってた。往年の名作ラノベみたいなあだ名つけられてるし。

 ……しかしなぜだろう、俺の中ではむしろ好感度が上がった。

 誰だって昼から飲みたいときあるよね!


『だってぇ……緊張するんれすもん』

『だからぁ、本番で緊張しないようにするために、今日練習するって話でしょうが!?』

『ごめんなさいぃぃ……』


 ガチめに説教される楓乃さん。

 凹んでぴえんな楓乃さんもカワエエのう……。


『ったく、世話の焼ける……まぁいいわ。大地と悠可は気にせずサクッと行っちゃって。難易度は本番とは比べ物にならないと思うけど、あくまでもリハーサルだから』

「「はーい」」


 俺と悠可ちゃんの返事が重なる。

 二人、視線で合図を送り合い、さっそくスキルの《超速行動》を発動させ、最高速でダンジョンを駆ける。


『こ、これ、大地さんの視点映像っ、やば、ゆ、揺れる……っ!』

『と、とんでもないスピード感じゃん! うわ、やばっ、画面揺れすごっ、臨場感やばっ!』


 探索を開始すると、ちらほらと楓乃さんとシルヴァちゃんの声が流れ込んでくる。移動中のため、画面を確認する余裕はない。


 俺は撮れ高的な良し悪しがわからず、普通に攻略を進めていくほかない。


「サッカー仮面さん! この調子で行きましょう!!」

「はいっ!」


 俺の呼びかけに、悠可ちゃんがキラキラした笑みで応えてくれる。

 フェイスガードでは、魅力的な笑顔がまったく隠しきれていない。


『ちょ、楓乃っ! アンタいったん向こう行ってなさいっ!! そのまま画面見てたら絶対吐くからっ!!』

『う……っ、お、お言葉に甘えて……』


 楓乃さんが具合悪そうに、ワイプ画面からはけていった。どうやら、俺の視点カメラの映像で酔い、吐き気をもよおしてしまったらしい。

 楓乃さんてば、まさかエロゴージャスカワイイだけじゃなく、ゲロイン属性すらも我が物にしようとしているのか!? ……それって需要あるの?


「――大地さんっ」

「おわっ!?」


 名前を呼ばれ、振り向くと。

 俺がワイプ画面に集中し足を止めてしまっていたためか、悠可ちゃんが超接近してこちらを覗き込んでいた。小顔でキュートなプリティフェイスが、ほぼ零距離で俺を見つめている。


 え……目の中に流星群があるよ? 瞳のキラキラがもはやユニバースだもの。


「ふふ、わたしだけがこうして大地さんとダンジョンに潜れるってことは……わたしが一番、アピールするチャンスが多いってことですよねっ?」

「あ、え」


 ずい、ずずいぃとキラキラな瞳で迫ってくる悠可ちゃん。

 待って待って、この距離からそんなに踏み込まれると誤ってちゅーしちゃうから。いやむしろ謝ってからちゅーしちゃうから。

 アレ、それって故意じゃね? 事案じゃね?


「楓乃姉さまもシルヴァちゃんも、大地さんと悪夢級ナイトメアに潜る探索力はないですもんねっ? この企画、わたしの独壇場ですっ!」

『コ、コラー悠可! 堂々と抜け駆けする気かぁー!?』

「ふふ、わたし張り切っちゃいますっ! 楓乃姉さまとシルヴァちゃんへの、わたしなりの宣戦布告ですっ!!」


 シルヴァちゃんの叫びを意に介さず、悠可ちゃんはキラキラの笑みを崩さぬまま、俺にぎゅっと抱き着いてきた。


 あ、甘々あまあま気持ちエェ……!

 なんなんだこの、尊い生き物は……っ!!


「大地さんと一緒に高難易度のダンジョンに潜るの、楽しみですっ!」


 抱きついたまま、見上げるように言われ。

 俺の鼻から、血が垂れた。


 ……こんな可愛さに、俺みたいなのが耐えられるわけ、ないお。


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