第8話
「いくら聖女さまの依頼でも、平民が貴族を脅しては、ただではすみませんよ。今なら見逃します。ここを立ち去りなさい」
ローリヤが声に怒気を含ませると、リーダーのトビーは明らかにうろたえた。
「それでも、食っていくためにはやらないといけないんだ!」
彼は震える声で「やれ!」と合図した。じりじりと間合いを詰めてくる。
少年と言っても追跡者は五人。城を抜け出したばかりで、旅は始まったばかり。こんなあっけなく捕まりたくない。
どう切り抜けようかと考えていると、頭上から猫がすとんと下りてきた。
レオは私の前に立ちはだかり、仔猫とは思えないほどの大きな声で一鳴きした。
「金色の毛並み。依頼のあった猫さまで間違いない。みんな慎重にいけよ? 危害を加えると猫神さまに祟られるぞ!」
間合いを詰めていた少年たちは一度あとずさりした。
この国では猫は神さまの化身。殺したりいじめたりすると祟られる。
「どうする?」と相談し合う彼らの声に混じるように、新たな猫の声が遠くで聞こえた。
「う、わああっ! に、兄ちゃん見てあそこ、猫の集団!」
ユウジーンが指す方向を見ると、猫がわらわらと現れた。脇目も触れず、まっすぐこちらに向かってくる。
「に、逃げ……だめだ囲まれた!」
猫はなぜか少年たちだけを取り囲んだ。しっぽをピンと立てた猫たちが追跡者たちの周りをぐるぐると走り周り、その輪が徐々に狭まっていく。
彼らは追い詰められた獲物状態だった。
「立場が逆転しましたね。お嬢さま、今のうちに逃げましょう」
「待って」
私はトビーに近づいた。猫を挟んで面と向かい合う。
「食っていくためにはやらないといけないと言ったわね。事情を話してくれるかしら?」
「い、言えるわけないだろ!」
「サンドイッチも、お金も、馬車にある荷物も全部あげる!」
トビーは目を見開いたあと仲間をちらりと見た。しばらく下を向いて考え込んでいたけれど、三毛猫が足に頭をこすりつけるのを見て、頬を緩めた。
「本当に、サンドイッチくれよ?」
「もちろん。事情、話してくれるわね?」
彼は頷くと、三毛猫の頭をやさしく撫でた。
*
「……つまり、レオを連れて帰ると、聖女から褒美をもらえるはずだったのね?」
トビーは頷いた。彼は一番年上で十六歳だと教えてくれた。
サンドイッチを食べたそうにしていた彼は、まず弟のユウジーンや他の子たちに食べさせた。自分は余った分を食べるからいいと言って、先に聖女の依頼内容を話してくれた。
「トビーくん、色々教えてくれてありがとう」
私は集まってきた猫たちと一緒に蒸した鳥のささみを食べるレオの背をそっと撫でた。
「万が一捕まっても、依頼者が誰かは言うなと口止めされているんだ。知らなかったことにしてくれよな?」
「大丈夫。わかってるわ。あなたたちはもう聖女さまと関わらないこと。追っ手がつかないように手配するけれど、しばらくは目立たないように暮らしてね」
トビーたちは何度も首を縦に振った。
「ジュリアさま、猫さま、ありがとうございました」
食べ終えた少年追跡者たちは、私と猫に向かってそろって頭を下げた。ずっと一緒にいると目立つ。彼らとはそこで別れた。
花穂が緑色でふわふわの毛があるエノコログサを手に持ち揺らす。すると、食事を終えた黒猫が頭を地面すれすれに下げた。腰を小さく左右に揺らす。
瞳孔が開いた次の瞬間、黒猫はエノコログサに飛びついた。
「ねこじゃらし、この世界にもあるのね」
私はエノコログサ、別名ねこじゃらしをふりふりと振った。
かわいい。楽しい。ずっとこうしていたい。
猫にうっとりしていると、侍女のローリヤがわざとらしくこほんと咳払いをした。
「お嬢さまは優しすぎます。食料と日用品すべてあげてしまうなんて。おかげで馬車の荷台は空っぽです」
私は彼女に苦笑いを返した。
正直、追跡者が子どもなのは驚きだった。しかも着ている服は破れ、身体は痩せ細っていた。
詳しく事情を聞くと、蝗害で農作物が育たず、食べるものがないと教えてくれた。
路銀も渡そうとしたら、お金ないと旅は続けられないだろとトビーは言って、受け取ってくれなかった。
「私、蝗害を甘く見ていたわ。思っている以上に酷く、猶予がないわ。被害を受けるのはいつも弱い立場の人たち。蝗害を高位貴族は私以上に軽視している。他人事なのが現実よ」
高官たちは、いつか現れる聖女頼みで、何の対策も講じなかった。
早く対処していれば事態はここまで深刻にならなかったのにと悔しくて胸が痛い。
「せっかくレオンさまが婚約破棄してくれたんだもの。私に何ができるか、考えたい。行きましょう」
自分の財産を分け与えるだけでは民のみんなを救うことはできない。
まずは現状をこの目で把握して、自分にできることを探そう。私は立ち上がると馬車に飛び乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます