第9話 風神の継承者 シド

彼が現れた瞬間、私の頭の中は二つの感情が溢れた。安心と疑問。私の親友ユズがギリギリのところで助かった安心と彼は何者なのかと言う疑問だった。確か彼はあのゾンビだらけの映画館、ゾンビシアターで戦っていた。飲み会の日にたった一人だけ自己紹介せずにどこかへ行ってしまった少年。だがそんなことを考えている場合ではなかった。早くこの糸を外して私も戦闘に参加しないと。頭では理解できていても、自分一人だけではどうすることも出来なかった。



「次!左足頼む!」

「分かった!」

この二人、シドとユズは蜘蛛の注意を引きながら脚を切断していった。もう既に8本中4本は切断できている。

ユズは親友を助けたかったが、この人を一人にさせてしまったら自分も危なくなってしまう。そんな思いから先に蜘蛛を倒してしまおうと考えていた。雷神を使い攻撃していたのだが、彼女は起動方法を知らなかったためそのまま攻撃をしている。蜘蛛は一度後方に下がった為二人も一度下がる事にした。

「君、もしかしてA級の起動方法知らない?」

彼は呆れたように聞いてきた。

「え?いや、そんな事誰も教えてくれなかったし...」

それを聞くと彼は持っていた剣を大きく振る。すると緑に光っていた剣の光が消えていった。

「これで解除。そしてこうやって指を刃先においてなぞると起動」

彼は実際に目の前で自分の持っていた武器を起動した。

「俺のは君のとは少し違うけど、風神と雷神は起動の仕方は全く同じだからやってみな」

「う...うん...」

彼女は恐る恐る同じようにやってみた。すると雷神は美しい黄色に光り始める。まるで黄金の剣のように。

「成功したっぽいな。性能は知らないけど、きっとさっきより強くなってるはずだよ」

再び蜘蛛は大きな叫び声をあげる。さっきまでの叫び声とは違い今回は切羽詰まっているように聞こえる。

「俺が突っ込むから、その後のフォローよろしく」

「.....分かった!」

二人は雲に向かって走ってゆく。シドが最初に攻撃しその後ユズがもう一度攻撃する。彼女が攻撃した瞬間蜘蛛は今までで一番大きな悲鳴をあげた。雷神の威力を物語っているかのように。彼女はそのまま残っていた脚を全て攻撃し切断した。彼女の移動速度はさっきより格段に速くなっていた。

「奴はもう動けない!ラスト全力で削るぞ!」

「うん!」

そのまま二人で蜘蛛を攻撃し続けた。蜘蛛は口から糸を吐き出し続けていたが、先ほどまでとは違い彼女の移動速度は格段に速くなっているため蜘蛛の糸は当たらなかった。1分間ほど攻撃を続けていると、蜘蛛は光に包まれて消滅した。光が消えるとメダルが床に落ちる。

「倒した....本当に...」

ユズは自分が倒したことが信じられないようで喜ぶと言うより混乱している。だがすぐに壁に向かって走り出していた。壁に捕まっている親友を助ける為に。

「ミカ!大丈夫!?」

そして雷神を使い蜘蛛の糸を切断してゆく。本人があれだけ暴れても外れなかった糸は雷神を使うと簡単に剥がれた。

「うん...大丈夫...ありがとう」

ミカがお礼を言うとユズは彼女に抱き泣き出してしまった。彼女はさっきまで強敵と本気で戦っていた。その本当の理由は生き残りたかったからである。自分が死にたくないのではなく、親友と帰りたかったから。自分が死ぬのはもちろん嫌。けれど本当に一番嫌なのは親友を失ってしまうことであった。彼女は蜘蛛と戦っている時に何度かミカの方を気にしていた。彼女に別のモンスターが近付いていないか。そしてこの蜘蛛の注意を彼女へ向けてはいけないと必死になって戦っていたのだ。

「えーと、じゃあ俺は街に戻るから。じゃあそう言うことで...」

そしてシドはエネミーのメダルを二人に手渡すとそのまま帰ろうとしてしまう。

「え?嫌ちょっと待って。もう言っちゃうの?」

「俺はあの蜘蛛の叫び声を聞いてここに来ただけだから....ああ、その奥の道を進めば上に繋がってるから...」

彼はそう言い残し颯爽と立ち去ろうとする。するとユズは彼の手を掴んだ。

「待って!せめてお礼を言わせて。助けてくれてありがとう。私はユズ。こっちは親友のミカ。」

「俺は.....シド....」

シドは緊張しているのか二人と目を合わせようとはしなかった。確かに二人ともかなりの美人だが先ほど蜘蛛と戦っている時は普通に会話もしていたのに、急に他人行儀になるのをミカは不思議に思った。

「貴方もしかして....緊張してるの?」

図星なのか彼は目を逸らす。その姿にユズは思わず笑い出してしまった。それに釣られるようにミカも笑い出してしまうが彼女の表情は少し暗かった。彼女の表情が暗くなっている事にユズはきつくことが出来なかった。


その後三人は一緒に街へと戻ってきていた。道中ユズはシドに色々話を聞こうとしていたが、どうやらシドは女性と話す事に慣れていないらしくなかなか会話にならなかった。シドはすぐに自分の宿屋に戻ってしまった。彼が泊まっている宿屋は二人とは違う宿屋らしい。ユズの体力を回復させるにはとにかく眠るしかない。二人もすぐに宿屋へと戻ってきていた。

「今日のシドって人強かったよね〜あの時手に入れた雷神っていう武器も凄かったけど〜」

だがユズはなかなか眠ろうとしなかった。興奮で眠れないようだ。

「彼の事、随分気に入ったのね。もしかして惚れちゃった?」

「え?違う違う!そういうのじゃなくて...なんというか...憧れかな?」

「速く回復する為にも、今日はもう寝なきゃダメよ?」

「え〜もうちょっとおしゃべりしようよ〜」

「ダ〜メ!」

ミカは無理矢理彼女を寝かしつける。実は結構疲れていたようですぐに眠ってしまった。

彼女は念の為護身用に雷神を持つと、街へと出掛けていく。




もうすっかり夜で街の明かりがとても綺麗だったが今彼女の心には景色を楽しむ余裕はなかった。

路地裏を通り人のいない街灯の下にやってきた。学校の屋上のような柵があったので柵に片手を載せている。もう一方の手は左耳につけていた耳飾りを触っていた。この耳飾りは彼女にとって一番の宝物である。どこにいく時も必ず付けているトレードマークにもなっている物だった。彼女は一人で思い出していた。今日の出来事を。そして身をもって知らされていたのだ。自分の弱さを。一人で考えていると向こうから誰かがやってくるのが見えた。彼女は護身用に持ってきた雷神を握る。万が一敵だった場合すぐに戦えるように。しかしそこへやってきたのは意外な人物だった。

「あれ〜?ミカちゃん?こんなところで何やってるんだ〜?しかも一人で」

やってきたのは黄色い髪色の女性、クローバーのQクイーン、メイだった。彼女はそのままミカの隣にあった椅子に座る。

「何思い顔してんだ〜?さてはユズちゃんと喧嘩でもしたか〜?」

「別に喧嘩なんてしてませんし...というより、こんなところに一人にでやってくるメイ先輩こそおかしいでしょ。あのもう一人の先輩はどうしたんですか?」

「もう一人?あ〜ツルギのことか。あいつは今ユキ達とご飯食べてるぜ〜あいついつまで経っても打ち解けないからな〜途中で抜けてきてやったんだ〜今頃気まずくて半泣きかもな!まぁでも、そうでもしないと仲良くなれねぇだろうし、いざボス戦の時に連携できなきゃなんの意味もないからな」

「.....そうですか....」

話すことがなくなってしまった。ミカは一人になりたかったので速くどこかに行ってくれないだろうかと思っている。しかし全然動く気配が無いので自分から場所を変えようとしたが、メイの言葉で足を止める。

「さっき飯の途中にシドがきてな〜二人を助けた時に片方の元気がないように見えたって言っててな、私に様子を見てきてほしいって頼んできてたんだよ。」

ミカは混乱した。メイの顔はさっきまでとは違い真剣な顔だった。つまりこの人はなんの理由も無く私に絡んでいたのでは無く、わざわざ私を探してきてくれたのか。そう思うとミカはメイの隣に座った。

「あいつが私に頼んでくるなんて相当なことだろうと思ってな〜それで?何悩んでるんだ?」

「あの.....その前にひとつだけ聞いてもいいですか?」

ミカは自分の胸の内をメイ先輩に話そうと思っていた。しかしさっきからどうしても気になることがあった為それを聞く事にした。

「メイ先輩とシドって前に何かあったんですか?ゾンビシアターの時もシドはツルギ先輩とは話してましたけどメイ先輩とは顔を追わせようとしてませんでしたよね?」

「そうか〜?偶然じゃないか〜?」

「私たちが初めてこの世界に来た時も、シドはみんなと関わろうとしてませんでした。みんなを無理矢理飲み会に参加させていたのにシドの事だけは追いかけようとしてませんでしたよね?」

メイは何も言わずに黙っていた。何かを思い出しているかのように。ミカは自分の考えを話さずにはいられなかった。

「それにさっきも、あいつが私に頼んでくるなんてっていう言葉は仲の良い関係なら絶対に出てこないセリフですよね?」

「あ〜分かった分かった。鋭いな〜ミカちゃん。まぁ私もミカちゃんの胸の内聞き出そうとしてるんだし、私だけ話さないってのはフェアじゃねぇよな」

メイはミカの肩に優しく手をのせた。その目はまるで子供を見る母親のようだった。

「話してやるよ。私たちに何があったのか。ちょっと長いから覚悟しろよ?」


そしてメイは語り出した。ユズやミカがトライ・ランドにやってくる前の事を。自分の二人の弟子の事を。

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