第12話 リリー

鶏の声が聞こえ始める頃。ついに、約束の作品が出来上がった。

「お、終わったー!稼働テストもクリア、後はレインに納品するだけだ!」

 やり遂げた達成感で、つい小躍りしたくなる。うんうん、流石ボクだ。360度どこから見ても可愛いぞぅ!

「おはよう、ハルカ。寝室にいないから来てみたけれど。その様子だと、また徹夜したのね?全く。身体に悪いわよ」

「ああ、おはようスミレ。よく眠れたかい?ボクはこれから寝るけど」

「貴方と違って、ちゃんと寝てるもの。朝ごはん、食べてから寝る?すぐ用意できるけれど」

「そうしようかな。あ、コーヒーにミルク、うんと甘くしてね」

 スミレが台所に行くのを横目に、作品を納品用のケースに移動させる。今回は丈夫にするために、5体は重めなんだよね。馬車に詰めるの大変かもしれない。搬入はスミレにも手伝ってもらうけれど、分けて持っていた方がいいかなぁ。レインにも、スミレがいることを伝えておかなきゃ。

「あ、そうだ。レインに電話しておかないと」

 都合のいい日を、聞いておかなくちゃ。今かけても出るだろうか?

 スキップでもしたい気持ちを抑えながら、電話をかける。

『お電話ありがとうございます、フラワーショップアウターです』

 数回のコールの後、レインが出てくれた。花屋の朝は早いんだねぇ。

「やぁ、元気かい?ハルカおにーさんだよ」

『あ、ハルカ。おはよう、こんな朝早くにどうしたの?』

「ふっふっふ、実はね。キミのお店で働く子が完成したんだ!それで、納品はいつがいいか聞こうと思ってね」

『できたの、本当に?嬉しい。予定を確認するね、ちょっと待ってて』

 電話越しに紙を捲る音がする。手帳でも開いているのだろう。レイン、ボク以上に予定がいっぱいだよね、きっと。

『おまたせ。えっと、水曜日は大丈夫?一日空いてるの、そこしかないの」

「うん、大丈夫だよ。あ、そうそう。今回納品数が多いから、ボクの助手も一緒に行くよ」

『助手さん?うん、分かった。楽しみにしてるね』

「ありがとう、じゃあまた水曜日に」

 受話器を置く。ふぅ、無事納品できるように準備しなきゃね。でも、まずは朝ごはんを食べてからだ!

 

 水曜日。朝から降っていた雨は、気にならないくらいに弱まっている。馬車に荷物をめいいっぱい積んで、レインのお店に向かう。御者はスミレだ。ボクより馬を扱うの、上手だからね。流石ボクの、自慢の助手だ。二十分ほど馬車に揺られて、レインのお店に辿り着いた。

「おはよう、ハルカ。来てくれてありがとう」

 お店の前で、レインが待っていてくれた。心なしか、以前より背が伸びたような?

「やぁやぁ、ご機嫌麗しゅう!元気だったかい?」

「うん。ちょっと仕事が忙しかったけど、風邪はひいてないよ」

 そういう彼の目には、隈が浮かんでいる。あまり寝れていないのだろう、少し心配だ。

「その人が、ハルカの助手さん?」

「ああ、まだ会ったことなかったよね。ボクの自慢の助手、スミレさ」

「ごきげんよう。ハルカから貴方の話は聞いているわ。気軽に、スミレと呼んでちょうだい」

「初めまして。僕はレインです。よろしくね、スミレ」

 うーん、二人が並ぶと目の保養だなぁ。やっぱり綺麗なものは、いくらあってもいい。

「早速だけど、運ぶわね。お店の中でいいかしら?」

「うん、スペースは空けてあるよ。僕も手伝うね」

 レインにも手伝ってもらい、六体分の箱を運ぶ。小さな花屋の中いっぱいになったそれを、丁寧に開封する。

「わぁ。すごく、すごく綺麗」

 取り払われた箱の中から、少女の人形が現れる。春の花をイメージした、柔らかなピンク色の髪。日差しに照らされた、草木の色をした目。店番用の一体のみ、識別のために長い髪をしている。目の色とお揃いのエプロンワンピースも、気合を入れて仕立てた一品だ。

「どうだい、気に入ってくれたのなら嬉しいな」

「うん、すごく綺麗。ハルカ、ありがとう。今から一緒に働くの、すごく楽しみ」

 レインは一体一体確かめるように、その手をそっと握る。その仕草は、とても優しい。

「レイン、この子たちに名前をつけてくれるかい?」

「僕がつけていいの?」

「もちろん!」

 名付けは、いつもクライアントに任せている。その方が、大事にしたくなるだろう?

「ふふ、実は考えてあるの。とっておきの名前」

「おや、それはいいね。聞かせてくれるかい?」

 髪の長い一体を見つめながら、レインは答える。人形たちに、言い聞かせるように。

「リリー。君たちの名前は、リリー。リリーはね、六月の誕生花なの。素敵でしょう?」

 リリー、ユリの花か。花屋で働くこの子たちのことを考える。うん、ぴったりな名前だ!

「素敵な名前だね!じゃあ、それで登録するから、ちょっと待ってね」

 背面から中を開け、名前を登録する。この子たちが、リリーという名前を認識するように。

「よし、これで大丈夫!じゃ、起動するね」

 電源を入れ、しばらく待つ。六体のリリーたちが、瞬きを始める。

「はじめまして、レイン。わたしの名前はリリー。素敵な名前をありがとう!」

 最初に話し始めたのは、店番個体の001番。他の個体よりもコミュニケーションに特化させた分、起動時のアクションも早かったようだ。

「はじめまして。僕のところに来てくれてありがとう、リリー。これからよろしくね」

 他の機体も遅れて挨拶を始める。レインは、一体一体に丁寧に挨拶を返す。本当に生きている人と、同じように。彼女たちを扱う彼の目は、とても嬉しそうで。この仕事、やって良かったなぁ。こんなに満足感のある仕事も、中々ない。

「無事起動したね。説明書もあるから、渡しておくね。お仕事は、人間に教えるみたいに教えたら覚えていくよ。最初時間かかるかもしれないけど、一回やったことは忘れないから」

「うん、わかった。一緒に頑張っていくよ。ありがとう、ハルカ。スミレも、雨の中来てくれてありがとう」

 自分に話しかけられると思っていなかったのか、珍しくスミレが驚いた顔をした。スミレにも声かけてくる人、あんまりいないもんね。

「お礼を言われるほどのことでもないけれど。ふふ、気遣ってくれてありがとう、レイン」

「今後は、リリーの定期メンテナンスをしにくるよ。最初のうちは二週間一回ボクが来るけど、途中でスミレにバトンタッチすると思う」

「スミレもお人形、作るの?」

「私は軽いメンテナンスができるだけよ。でも、修繕箇所を見落としたりはしないから安心して」

 スミレには、簡単な修理ができる程度には技術を学んでもらっている。ボクの作品は精巧だから、流石に優秀なスミレでも一から作るのは難しいようだ。

「無事に納品もできたし、そろそろボクたちはお暇しようかな。何かあったら、遠慮なく連絡してね」

「うん。今日はありがとう。二人とも、気をつけて帰ってね」

 花屋を出ると、虹が出ていた。レインに見送られて、店を後にする。

 これからどうか、リリーに幸せな日々がありますように。

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