第11話 トラックでござる。エルフでござる

 私はフェンリルが封印されているという噂の森に向かっている。

 なお危ないので、プニスケはエリザベートに預けてきた。迷惑かなと思ったけど、大喜びで引き受けてくれた。

 プニスケもピエールと遊べるのが嬉しいらしく、ぷにぷに跳びはねていた。

 うぅ……私もスライム同士が仲良くしてるところを眺め続けたい。

 気持ちを切り替えよう。チャンスはいくらでもある。今はフェンリルに集中だ。フェンリルだってモフモフで可愛いはずだし。


「それにしても、街道に沿って進めば迷わないで済むのはありがたいけど……徒歩で三日は遠いなぁ。電車やバスとは言わないから、せめて馬車くらい欲しいよ」


『目指している森の近くには、小さな村が一つあるだけです。道も舗装されていないと冒険者たちが言っていました。たまたま行商人と一緒になるような偶然でもない限り、馬車は望めないでしょう』


 ナビコは正論で私の希望を打ち砕く。

 そこそこ大きな町と町なら、馬車の定期便が走っている。荷物や郵便と一緒に、人間を何人か運んでくれるらしい。

 ラーネットシティも〝そこそこ〟の範疇に引っかかっていて、ほかの町へのアクセスは悪くない。

 けれど私が向かっている先は、人口百人にも満たないような村しかない。定期便なんかないのだ。


「チャリでも召喚するか……けど、この街道が舗装されてるとはいえ、しょせんゴツゴツした石畳だし。自転車はむしろ疲れるか。なんとか楽したい……あ、そうだ。昔、アマゾーンで自動車売ってたよね……試してみるか……!」


 アマゾーンでこの世界に品物を召喚するには、私の魔力を使う。これまでの経験から、大きくて重いものほど、大量の魔力を消費すると分かっている。

 自動車を召喚するには、とてつもない魔力が必要のはずだ。

 私は意識を集中し、欲しい車のイメージを浮かべる。

 悪路を走るなら四輪駆動。揺れを小さくするため、できるだけ大きな車がいい――。

 その私のイメージに、ノイズが流れこんだ。


「な、に……?」


 そして私が欲しかった車とは別のものが目の前に出現する。

 その車体を見て、緊張してしまう。

 なぜなら、私がこの世界に来る原因になったトラックだったから。


「いすゞ……エルフ!」


 私はその名を口にしながら後ずさる。


「あの……先日はご迷惑をかけたでござる……お詫びをしたくて、召喚に割り込ませていただいたでござる」


 女性の声だ。しかし周囲に人の姿はない。


「エルフが、喋った……!」


 いくらここが異世界とはいえ、デタラメすぎる。

 耳が尖った種族のエルフなら喋ってもいいんだけど。トラックのどこから声が出てるんだ? しかも、どうして語尾がござる?


『シロハ様。これはなんですか? エルフと仰いましたが、シロハ様がいた世界のエルフは鉄の塊なのですか?』


 ナビコが質問攻めにしてくる。


「いや、待って。私も状況が分からん。確かに私の世界でこれをエルフと呼んでるけど、耳が尖ったあのエルフとは無関係で。いや、名前の由来にはなってるんだろうけど、たんにそれだけで……ええい、君は何者だ!」


「拙者はあなたをひいてしまったトラックでござる。魔王であるあなたと接触したのが切っ掛けで、自我に目覚めたでござるが……その直後に電柱に突っ込んで、廃車になったでござる。そして精神だけがこちらの世界に飛ばされ、あなたの魔力によって車体を取り戻せたでござる。あなたをひいてしまった罪滅ぼしと、新しい車体をくれたことへの恩返しをさせて欲しいでござる」


「なるほど……トンデモ展開に戸惑ってるけど、なるほどと納得しておこう。あと私をひいたのは気にしないで。こうして転生できたし。そもそも自動車は自分の意思で動かないからね。あ、電柱に突っ込んだって言ったけど、運転手は無事だった?」


「はい。軽傷で済んだでござる」


「そりゃよかった。もう二度と事故を起こさないよう気をつけて欲しいよ。さて、せっかくのトラックだ。これで森に向かうとしますか」


 私は一応、運転免許を持っている。

 けど、たまにレンタカーを運転するくらいで、そんなに自信があるわけではない。

 それにトラックの類いは、軽トラさえ運転したことないぞ。


「オートマか……ならいけるかな? あれ、鍵は?」


「シロハ様そのものが鍵でござる。そのまま始動スイッチを回していただければ、エンジンがかかるでござる」


 私は言われたとおり、スイッチを捻る。

 エンジン音が聞こえてきた。

 と同時に、


「ああん♡」


 なんか色っぽい声がした……。

 もう一回スイッチを捻ってエンジンを止める。


「ん♡」


 またエンジンをかける。


「あん♡」


「……ここ捻ると気持ちいいの?」


「はい……なので、あまり強くしないで……恥ずかしいでござる……」


『シロハ様の世界のエルフってエッチなんですね』


 濡れ衣だ。この子が変なだけだよ。

 エッチなゲーム作ってるエルフって名前の会社がかつてあったらしいけど、トラックのエルフはエッチじゃないはずだよ。


「ところでシロハ様。アクセルはゆっくり踏むでござる」


「……なんで? まさかアクセルも敏感なの?」


「いえ。今の私はシロハ様の魔力を燃料にしているでござる。なので急加速を繰り返すと、シロハ様が疲労困憊するでござる」


「そっか! この世界、ガソスタなさそうだもんね! 教えてくれてありがとう。燃費のいい運転を心がけるね」


「ちなみに拙者はディーゼルエンジンなので、もしガソリンスタンドを見つけても、ガソリンではなく軽油を入れるでござる」


「了解。全ての車がそうやって口頭で教えてくれたら、ガソリンと軽油の入れ間違いがおきないのにね」


 たまに軽自動車だからと軽油を入れちゃう人がいるらしいけど、エンジンが壊れるから駄目だよ。

 原付バイクに原油を入れるために油田を掘り当てるのはOKかな。お金持ちになれるからね。


 それじゃ、忠告に従ってアクセルを優しくオン。


「んっ♡ ……もう少しくらい強く踏んでもいいでござるよ……はあ、はあ……」


「結局アクセルも気持ちいいんかい!」


『シロハ様がいた世界のものって……』

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